僕は不思議な少女に恋をした

こが

第1話

高校生の夏のある日、世界は荒廃してしまった。隕石が直撃しただとか能力者が現れて滅ぼしたとか、そんな話をみんなしていた。


僕もその話を漠然と信じていたし、荒唐無稽な話だとしてもそれを信じる以外に出来ることもなかった。


何事もなく学校から帰宅しいつものように寝て起きたら、外が見たこともない景色になっている。信じられなくても信じる以外にないだろう。


だからその日から何もかもを受け入れて生きていこうと決めた。


テレビはもう映らないけどラジオは何とか生きていたようで、近くの地域以外の情報もそれなりに入った。


どこも同じようにいきなり世界が変わってしまったらしい。そして世界と同じように人もかなり消えてしまっていた。


家族がいなくなり悲しみに暮れる人、生きる気力を失い死を選ぶ人、こんな世界だから生きていこうとと奮起する人。


色んな人たちがいた。学校の中という狭い世界から外に出て、否応なしに大きく変わった世界での生活を強いられて初めて知った。


こんなに世界が変わったのなら、もう簡単には驚くことはないだろうと思っていた。


宇宙人が現れようとも、超能力者に出会おうとも、それはあり得ないと思っていた。


だけど出会ってしまった。


海の上で踊る、花のように綺麗な女の子と。


その少女に見とれていると、その少女も僕に興味を持ったのか目があった。そして気づいたら目の前に立って僕の顔を覗き込んでいた。


彼女は言った。何をしているのと。


色々と言いたいことはあった。君はどこから来たのか、どうやって海の上にいたのか、いつの間に僕の目の前に来たのか。


だけど僕の口から出た言葉はどれでもなかった。


君に見とれていた。


その言葉に彼女は笑った。とても楽しそうに。そしてくるくると風に揺られる花のように踊り出す。なんだか僕も楽しくなった。


彼女は言った。お礼に素敵なところに連れていってあげると。


僕の手を取り、いたずらを仕掛ける子どものような屈託のない笑顔見せる。


そして次の瞬間僕と彼女は海の上に立っていた。今までいた海岸も見当たらないほど遠い場所。


下を見てみると大きな黒い影が泳いでいる。


しかし不思議と恐怖は感じなかった。


彼女と居れば大丈夫、何が起きてもなんとかなる、そんな気分だった。


僕が凄いと言うと彼女は胸を張り得意気な顔をしていた。


しばらく景色を堪能すると彼女は帰ろうと言い出す。僕も頷き元いた場所へと戻る。


夢だったのかと思うほどの一瞬で戻り、彼女も消えていた。


しかし少し濡れた靴と彼女に暖められた手が夢じゃないと教えてくれていた。


次の日から毎日同じ時間に海岸に向かい彼女と会うようになった。


たわいのない話をした。学校てはこうだったとか、ラジオが少し楽しくなってきたとか、そんな雑談。


もっぱら僕が話し彼女が聞く。僕の話を表情豊かに聞いてくれる彼女に惹かれていくのにそう時間はかからなかった。


僕は不思議な少女に恋をした。


でも伝える勇気はなくて。この関係が壊れてしまうと思うと一歩が踏み出せず、毎日想いだけが募っていった。


彼女も僕のことを好きならいいのに。そんなことばかり考えるようになった。


二ヶ月もすれば外はやたらと冷え込むようになった。


冬にはまだ早いが、学者が言うには世界が荒廃したのが原因だろうとのこと。


機材も壊れてしまい中々調査が進まず難航しているとラジオで報道していた。


僕は彼女に会いに行く。服を着込み寒さに凍えながらも、会いたいという気持ちは一向に冷える事はなかった。


僕が着込んでいても彼女は夏の頃から姿は変わらなかった。


雪が降りだし海が荒れても、僕の話を聞いて彼女は屈託なく笑う。


それから数日、外はついに大雪に見舞われ視界も定まらないような危険な状態になっていた。


世界の終わりが近い。ラジオからはそんな声も聞こえてくる。


それでも僕は彼女に会いに行く。彼女も僕を待っていた。


僕が口を開く前に彼女は言った。時間が来たと。もう会えるのは今日が最後だと。


何を言っているのかわからなかった。いいや、ただ理解したくなかった。


薄々わかってはいた。彼女は人間ではないのだろうと。


人間には海の上に立つことも、瞬間移動することも、この気温、猛吹雪の中で相手に声を届かせることも、何も出来ない。


彼女は続ける。今までありがとうと。最後にとっておきを見せてあげると。


彼女は前みたく僕の手を握る。


世界の音が止まる。


音だけじゃない、何もかもが止まっていた。


荒れ狂う海も、激しく舞う雪も、頬を打つような轟音を奏でていた風も全てが。


僕と彼女の回りだけ、何もかもが止まっていた。


彼女は言った。世界をこうしたのは私。でもあなたに会えて楽しかった。元通りには出来ないけど少しだけもとに戻してあげる。


僕は彼女に言った。好きだ。行かないでくれと。


言いたいことや聞きたいことはあったけど、僕が選んだ言葉はそれだった。


今伝えなければもう届かないと思ったから。


彼女はきょとんとしていたがすぐに笑顔になった。


そして彼女は僕に近づき、唇を重ねてくる。柔らかく、そして甘い匂いがした。


気づけば僕はベッドに寝ていた。外はいつものように元気な子供たちの声が聴こえる。


部屋を出て居間に行くと両親がテレビを見ながら何かを話している。政治がどうとか、事件が物騒だとかそんな話を。


朝食を食べて学校に向かう。肌寒くなり、そろそろ厚着が必要かと感じる何事もない平和な日常だった。


いつもなら真っ直ぐ家に帰るのに、今日は海岸沿いを歩きたくなった。


見慣れた海を眺めていると、不思議と涙が出そうになった。


訳のわからない感傷に浸り、一人で今日あったことを話す。


回りに誰もいない海岸、それでも何故か話したくなった。


おかしくなったのかもしれない。でも毎日こうやって、誰かに語りかけていたような気がする。


ふと海を見ると、誰かが踊っているように見えた。


瞬きをするとそれは消えてしまい、錯覚だと思うことにした。海の上に人が立っているわけがない。


満足した僕は海岸を後にする。


しかし誰かに呼ばれたような気がして振り返る。そこには誰もいなかったけど、小さな花が咲いていた。


冬の季節にこんなところに咲いていたらすぐに枯れてしまう。


僕は優しく掘り返し、家で育てることにした。


何の花かはわからないが、この優しく甘い香りのする花を。

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