14話 最悪の雨

 爆破されたビルのフロアから煙が上下に広がっていく。

 瘴気のような煙は雨雲に重なるだけではなく、地上にも覆いかぶさり始めていた。

 真っ赤な炎は雨風で消えそうにない勢いで燃え上がっている。

 揺らめく火先は上のフロアへ少しずつ侵食していた。


 俺は警報音の鳴っているスマートフォンを見る。

 ロック画面の地図に表示された俺と紫藤のコインは、リアルタイムでタクシーが走る分だけ移動していた。

 親指を画面に当てて地図を動かしてみると、爆破されたビルの位置に2枚のコインが並んでいる。

 2枚のうち1枚のコインには亀裂が入っていた。


 次の瞬間、3度目の爆発音が響きわたる。

 俺たちの乗っているタクシーのリアガラスはミシミシと音を立てて震えた。

 亀裂の入っていたコインが粉々に砕ける。

 画面の地図からコインの破片は少しずつ砂になって消えていく。

 爆破されたビル内に残ったコインに、上から降ってきたコインが1枚積み重なった。


――

――桁違いの破壊力を持つプレイヤーに、自分の居場所がスマホで晒されている。


 そして、ロック画面の地図には、8枚のコインが俺と紫藤の周辺に散らばっている。

 残り7人のプレイヤーはどれくらい強いのか、相手の情報はプレイヤー名しかわからない。


 運営がプレイ前に説明しなかったルールが、あとどれだけあるのかもわからなかった。


「……『自分の知ってることだけが、世界のすべてじゃない』。こういうところも現実世界と同じか。紫藤さん、今までよく生き残ってきましたね」


「スマホの位置情報だけだと、お互いの強さはわからないから、運良く狙われなかっただけよ。ゲームクリアできるチャンスでも、ゲームオーバーになるリスクは怖いでしょ? だから、今日はいつもと明らかに何かが違う。

――スマホの警報音が鳴り終わるまで5分間、私たちは協力プレイでいかないと、たぶん2人仲良くゲームオーバーになるよ」


 紫藤は人差し指でスマホ画面を軽く叩いて、「《リカバリーQ・・・・・・》」と小声でつぶやく。

 そして、手帳型のスマートフォンを俺に向けると、真っ白な光線がイヤホンジャックから放たれた。

 秒速5センチくらいのスローペースで、放たれた光線はじわじわ近づいてくる。

 俺は思わず身構えたが、紫藤が攻撃する気ならナイフで刺してくることに気づき、避けずに座ったまま待つ。


 謎の光線がアバターの肩に当たった瞬間、全身が芯から温まっていくのを感じた。

 後頭部に残っていた痛みも和らぎはじめた。

 光線を浴びていくうちに、対プレイヤー用ナイフで斬られた傷口が薄くなっていく。

 肩の傷の治りが一番早く、逆に肩から離れている部位ほど治りは遅い。


 レーザー治療を彷彿とさせる、

 俺は肩を触ってみると、傷口は完璧に消えていた。


「よし、これで治った。いますぐホームボタンを2回押して、《対プレイヤー用レーザー》を使えるようにして、レキトくん。2人で一緒に行動してたら、数の差で狙われにくくなるって思ったんだけど、どうやら厄介なプレイヤーがもう来ちゃったみたいだからね」


 切れ長の目でバックミラーを見て、紫藤はホームボタンを2回押す。

 真っ白な光線が消えた直後、バイオレット色の照準点が俺の肩に浮かびあがった。

 俺はロック画面の地図を確認する。

 1枚のコインが車道から俺たちに近づいてきている。

 200、150、100メールと急速に距離を詰められていく。


 小型タクシーが、俺たちの後ろを走っていた。

 後部座席の窓からは、バンカーリング付きのスマートフォンを持った手を出していた。

 不気味なくらい深爪の親指はホームボタンを長押している。

 俺たちに向けたイヤホンプラグは光り輝いており、「マゼンタ色の光の球体」がどんどん大きくなっていた。


 プレイ開始から30分も経たないうちに、2戦目が始まろうとしている。

 何の会話をすることもなく、いきなり対戦相手はチャージ技を撃とうとしている。

『Fake Earth』は対戦時間に制限がない、地球全体をステージとした、ルール無用のコインを奪い合うゲーム。

 この世界に「安全」と呼べる場所はどこにも存在しない。



――ザァァァァァァァ!!



 突然、夕立が来る前兆の音がした。

 土砂降りだった雨は止みかけていたはずなのに、空から勢いよく落ちてくる音が聞こえてきた。

 目の前が急に明るくなっていく。

 雲の切れ間から一筋の光が差し込んだように、濡れたアスファルトがキラキラと光りはじめる。


――雨音と矛盾する、雨上がりの光景。


 嫌な予感がした俺は空を見上げる。

「それ」を目にしたとき、思わず自分の目を疑う。

 落ちてきているのは「雨」ではなかった。



 



 街路樹から信号機までレーザー光線は貫いていった。

 後ろを走っているタクシーの車体も破壊した。

 俺たちの乗っているタクシーのサイドミラーも撃ち落とされた。

 色とりどりの水飛沫があちこちで上がる。

 傘を差していたサラリーマンが背中から撃ち抜かれるのが見えた。


 やがてレーザー光線の雨は止み、濡れたアスファルトの色は元どおりに戻る。

 後ろのタクシーの窓から出したプレイヤーの手は下がって、深爪の親指がバンカーリング付きのスマートフォンのホームボタンから浮いた。

 濡れたアスファルトに向いたスマートフォンのイヤホンプラグから、「マゼンタ色の光の球体」が放たれる。

 派手な水しぶきが爆発音とともに上がった直後、横転した後ろのタクシーは対向車線を越えた先のコンビニに衝突した。


 俺はアバターの胸に手を当てる。

 心臓の鼓動が手のひらにはっきりと伝わった。

 赤色のスマートフォンを見ると、追いかけてきたプレイヤーのコインに亀裂がミシミシと入っていった。

 ほかにも周辺にあった8枚のコインのうち、3枚のコインが粉々に砕けている。

 画面の地図からコインの破片が少しずつ砂になっていく。


――たったいまの攻撃で3人のプレイヤーが一気にゲームオーバーになったらしい。


 紫藤は1万円札を財布からつかみ、タクシーの運転手に急いで降ろすように叫んでいた。


 俺は親指をスマホ画面に当てる。

 対プレイヤー用レーザーが来た方向に、プレイヤーを示すコインは見当たらなかった。

 親指を上から下へ滑らせて、100メートルずつ地図の位置をずらしていく。

 1キロ分スクロールしたところで指を止める。


「……2人なら数の差で狙われにくくなる、か」


 俺はため息をつき、スクエア型眼鏡をかけ直す。

 赤色のスマートフォンの警報音はまだ鳴り止まない。

 親指と人差し指をくっつけて、スマホ画面に当てる。

 2本の指を広げて地図を拡大する。


 50が同じビルの中に集まっていた。



『Fake Earth』裏ルール1

【スマートフォンが警報音を鳴らしている間、プレイヤーの位置情報は、ロック画面の地図に『コイン』となって表示される】

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