11話 誰もが主人公として
俺は紫藤に向かって、エナメルバッグを振り上げる。
振り上げる途中、エナメルバッグを水たまりに当てて、すでに後ろに下がっていた紫藤の顔めがけて水を
細い線となった雨粒が落ちていく中、掬いあげた水は散り散りに分かれていく。
一斉に前へ飛んでいく水しぶきとなり、そのうち数滴分の飛沫が紫藤の目に向かっていく。
――初心者と経験者の一番の差は、「ギア」を使いこなせるかどうか。
――「ギア」さえ起動させなければ、戦いの経験の差は大きく埋められる。
俺はアバターを前のめりの体勢にして、紫藤からスマートフォンを奪いに全速力で走る。
アバターが加速するにつれて、地面を蹴る力が大きくなり、濡れた地面の水しぶきは高く跳ね上がっていく。
だが、紫藤は左手で差していた傘を前へ向けて、真正面から飛んできた水しぶきを防いだ。
そして、華奢な手で押し出すようにして、水色の傘を俺のほうへ投げた。
飛んできた傘が、俺の視界を覆い隠した。
対戦相手の姿が見えなくなった。
俺は左足を蹴り上げて、水色の傘を視界の外へ弾き飛ばした。
傘を蹴飛ばしてから、視界が開けるまで、タイムラグはほんの一秒。
紫藤は俺にスマホ画面を向けて、親指でホームボタンを長押ししていた。
「ビックリしたよ、レキトくん。瞬殺するつもりだったのに、ちゃんと戦えてるんだからさ。
……まあ、このゲームに入ってくるのは、『選ばれた』挑戦者だけだもんね。初心者と言っても、そう簡単に勝てるわけないか」
紫藤のスマートフォンのイヤホンジャックが輝きはじめた。
次の瞬間、輝いていたイヤホンジャックから、バイオレット色の光線が飛びだした。
「でもね、当たり前の話だけど、『Fake Earth』に参加してるプレイヤーはみんな選ばれてる。君と同じように、アーカイブ社に認められたものがある。このゲームの主人公は、君だけじゃないんだから」
イヤホンジャックから放たれた光線は波状に揺れて、美しい螺旋の形を描いていく。
螺旋状の光線は収束していき、光の刃を形づくった。
切れ長の目を細めた紫藤は、手帳型のスマートフォンを振った。
バイオレット色の光の刃が、端末上部のイヤホンジャックから輝いていた。
透き通っていた雨粒は地面に衝突する前、バイオレット色の光に染められる。
雨雲の影が落ちた地上が暗い中、紫藤に降りそそぐ雨粒はキラキラと光った。
暗めのブルージュの髪はしっとりと濡れる。
濡れた髪を光り輝く雨粒が艶やかに照らす。
光の雨の中心にいる紫藤は、舞台でスポットライトを浴びた女優のように美しかった。
――スマートフォンの電力を刃に変えるギア、《対プレイヤー用ナイフ》!
――近づいて戦うのは確実にヤバい!
俺は紫藤にエナメルバッグを放り投げて、制服のズボンからベルトを引っ張りだした。
片手でバッグを払った紫藤の顔を狙って、ベルトの留め金が当たるように振り抜いた。
「ギアを使い慣れてないから、身の回りの物を武器代わりにする。君らしい模範的な戦い方ね、レキトくん。
けど、この世界において、想像されることは、簡単に対応される。そんな普通の攻撃、私にはかすりもしないよ」
紫藤は体勢を低くして、向かってきたベルトの下へ潜り込んだ。
ハイヒールを履いているとは思えないクイックネス。
紫藤は唇を結ぶと、すかさずベルトを引っ張り、俺を前へグイッと引き寄せた。
切れ長の目は、俺の目を凝視しつづけている。
濡れた地面に映るバイオレット色の光が急接近する。
――ギュウォォォン!!
紫藤は力強く踏み込んで、対プレイヤー用ナイフを振り抜く。
体勢を崩された俺の目の前で、バイオレット色の光が駆け抜けた。
留めていた学ランの襟のホックが真っ二つに切断される。
アバターの首の皮膚が裂ける。
傷口から飛び散った血は、雨粒と同時に落ちて、濁った色の波紋が音もなく広がった。
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