第2章 Game Start
第7話 現実世界:藤堂頼助→ゲーム:遊津暦斗
雨が降っていた。
雨粒たちは緩やかな速度で落ちていた。
分厚い雲から、中空へ低空へと落ちていき、真っ白に舗装された道路の水たまりに衝突した。
雨粒たちは砕け散って、落ちた水たまりの一部となった。
楕円の波紋が水たまりに広がった。
その波紋が消えるや否や、新たな雨粒が波紋を作り、また水たまりから消えることを繰り返している。
気がつくと、俺は仰向けに寝転がり、細かく降りそそぐ雨を浴びていた。
後頭部がズキズキと痛む。
ゲームへの転送に伴う、脳への負荷の結果だろうか。
息を吸って、ゆっくりと吐く。
両手を握っては開き、アバターが思いどおりに動くかを確かめた。
歯の裏も舌でなぞってみる。
自分の顔にかけてある眼鏡のレンズについた水滴を拭う。
「……ここが凛子のいる世界か」
俺は道路に手を突いて、アバターを起こそうとした。
現実世界の自分の体よりも重たい。
両腕を前に振って、勢いよく起こそうとすると、上半身は予想以上のスピードで動いた。
思わず全身を触ってみる。
スポーツか何かで鍛えたのか、筋肉で腕や足は硬かった。
アバターは紺色の学ランを着ていた。
腰から30センチの位置には、星印のついたエナメルバッグが放り出されていた。
――ビビッ。
目覚めたタイミングを見計らったかのように、上着のポケットが振動する。
左手をポケットに突っ込むと、真っ赤なカバーの付いたスマートフォンが中に入っていた。
新品のフィルムが画面に貼られている。
スマホカバーを外して、端末の裏面を見ると、「地球のロゴ」が筐体に彫られていた。
誰かとのプリクラは貼られていない。
俺が親指でホームボタンを押すと、休止状態で暗くなっていた画面が光った。
【
記載されていたのは、この世界での「プレイヤー名」と「プレイヤーID」。
この手の中にあるモノが、プレイ前に、運営から注意事項として説明のあったゲーム専用のスマートフォンと考えて間違いないだろう。
参加したプレイヤーが全員に配られ、「ゲームクリアの条件を満たす」あるいは「ゲームオーバーになる」、そのどちらの場面にも出てくる、ゲーム内の最重要アイテム。
とくに画面下に埋め込まれたコインは奪われても壊されてもいけない。
「たしか『プレイヤーはスマートフォンと一心同体』だったな。……ってことは、『スマートフォンの画面が割れたら、プレイヤーにもダメージが入る』ってことなのか?」
俺はスマホ画面を人差し指でなぞる。
今ここでスマートフォンを落として、画面が割れたらどうなるのかを検証してみたかったが、それよりも先に調べなければいけないことはたくさんあった。
真っ赤なスマホカバーをつけ直して、上着のポケットにスマートフォンをしまう。
周囲に建てられた高層ビルと高層ビルの間を、冷たい風が吹き抜ける。
コンクリートビルの窓の1つ1つのその奥からは、「人間」の気配を感じ取ることができた。
この世界では、あらゆる「風景」はハリボテではない。
雨粒、風、水たまり。
そして、この世界で「生きている」者たちがいる。
「……現実世界を完璧に再現したゲームか」
俺は濡れた髪の水滴を払い、星印のついたエナメルバッグを引き寄せる。
頭の中に「コマンド」が表示された気がした。
「はなす」、「どうぐ」、「そうび」、「しらべる」……。
その中から「どうぐ」を選択したつもりになると、口元が少しだけ緩むのを感じた。
▼赤色のスマートフォン(新品。本体・ケースともに赤、裏側にプリクラなし)
▼朱色のペンケース(HBシャーペン2本、消しゴム1個、赤ペン、詰め替えの芯入り)
▼アーカイブ社製の英和辞典(紙質にこだわったのか、分厚いのに軽い)
▼アーカイブ社製のキャンパスノート(合計5冊・ドット入り罫線ノート)
▼ライムミント味のフリスク(残数7個以上・期間限定商品)
▼ワイヤレスイヤホン(Bluetooth接続? 説明書がないため、使い方が不明)
▼筒状のメガネケース(スチール製・レンズ拭きクロスあり・海外ブランド物)
▼ペットフードの袋(ハムスター用・400グラム)
▼ポールスミスの長財布(通貨25573円、学生証・カードキーあり)
このゲームで操作する、アバターの遊津暦斗は、「普通の男子高校生」という設定らしい。
エナメルバッグの隅々まで調べてみたが、拳銃やナイフなどゲームマスターやプレイヤーと戦う武器は持っていなかった。
制服のズボンのポケットにも糸くずしか入っていない。
専用のスマートフォンを除いて、ゲーム攻略に役立ちそうなアイテムは1つもなかった。
街の中のアバターたちは傘を差して、各々がランダムな行動を取っていた。
赤信号の前で貧乏ゆすりをしている男。
俯いてスマートフォンをいじりながら歩く男子中学生。
黒いパンストが破けているのを気にしているOL。
同じ行動を繰り返しているアバターはいない。
1人の人間として、それぞれが自由に生きているように見えた。
――「不気味の谷」を超えたというようなレベルではない。
――本物の人間とまるで区別がつかない。
俺は立ち上がり、星印のついたエナメルバッグを肩にかける。
金具のファスナーを端から端まで閉じる。
「ライムミント味のフリスクケース」をポケットに突っ込む。
そして、雨の中のオフィス街を見回す。
背後を振り返ると、現在地はよく知っている場所にいることがわかった。
「初期転送位置は『東京』か。かなりまずいな」
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