第6話 藤堂頼助のゲームに対する考察
【はじめに】
この考察はゲームを始めるにあたって、自分の頭を整理するために行う。
俺が『Fake Earth』に参加する目的を再確認し、その上で運営のルール説明と質疑応答で与えられた情報を分析することで、ゲームの攻略を円滑に進める――成すべきことを成し遂げるための思考実験である。
【本論】
〈①目的〉
まず、俺の目的は「クリア報酬」ではない。
俺には生き返らせたい人など1人もいない。
高校生の身分で、アーカイブ社のブラックカードもいらない。
はっきり言って、月になんか遠くて行きたくないし、高級レストランでの食事はチマチマしていて面倒臭いし、ハリウッド俳優の顔に整形すれば、鏡を見るたびに自分が自分じゃない気がして、1週間もしないうちに気が狂うことになるだろう。
人生を賭けてまで、手に入れたい代物とは思わない。
ほかにも賞金1億円を得るクリア方法があるようだが、私利私欲に目がくらんで、他人の人生を犠牲にするなんてもってのほかだ。
それでも俺は『Fake Earth』に挑戦する。
俺は挑戦しなければならない。
忘れたくない思い出も、未来を自由に生きる権利も失うリスクを背負って。
ゲームオーバーになったと思われる凛子を現実世界に帰すために。
人間の脳のデータを集めるために、大勢の人たちをクリア報酬でおびき寄せて、さらにゲームオーバーになったプレイヤーのアイデンティティーである記憶を奪う、アーカイブ社の人体実験に付き合ってやる。
〈②問題点〉
凛子をゲームから救出するにあたって、もっとも大きな問題は「彼女を見つけるヒントが何もない」ということだろう。
このゲームのプレイヤーのアバターは、現実世界の姿と異なっている。
そして、ゲームオーバーになれば、生まれた頃からの記憶をすべて消されて、アーカイブ社が作った記憶を植え付けられるルールだ。
さらに『Fake Earth』は「現実世界を完璧に再現したゲーム」と説明されている。
このアーカイブ社の謳い文句が本当に正しいのなら、「ゲームの舞台は地球上すべての空間」であり、「NPCは世界総人口である約70億人もいる」ということだ。
こんな中から、外見どころか中身の記憶も別人となった人を探しだすのは、限りなく不可能に近い至難の業だろう。
もしものために凛子が手がかりを残していれば話は別だが、負けず嫌いのあいつがゲームオーバーになったときに備えて、何らかの保険をかけているとは考えにくい。
そもそも俺を巻き込まないために、あいつは一人でゲームに参加したのだ。
後から俺がゲームに参加することは想定していないはずだ。
〈③解決策〉
じゃあ、凛子を『Fake Earth』から現実世界へどうやって連れ戻すのか。
これについては、答えは簡単だ。――このゲームそのものを終わらせてしまえばいい。
『Fake Earth』は、ゲームマスターを活動停止にすれば、サービスが終了して、ゲーム内のプレイヤーは1人残らず、現実世界へ強制転送されるルールである。
つまり、極端なことを言えば、俺がゲームマスターを倒さなくても、誰かがゲームマスターを倒しさえしてくれれば、凛子をゲームから解放できるということだ。
ただし、このゲームはゲームマスターを倒したプレイヤーが存在していない。
これまで100万を超えたプレイヤーが参加していながら、誰もゲームマスターを倒せていないのが現状だ。
もちろん戦う以前の問題として、ゲームマスターを見つけられていないプレイヤーが大半だろう。
約70億人ものアバターがいる中で、「誰かのアバターに変装している」という特徴しかないゲームマスターを見つけるのは、世界中の国家が総力を挙げても難しいレベルのはずだ。
だが、俺は「何人かのプレイヤーはゲームマスターを見つけた」と踏んでいる。
アーカイブ社は「プレイヤーの脳の研究」を目的としている以上、できるだけ多くのプレイヤーにゲームに残ってもらう必要があるからだ。
それゆえに彼らがもっとも避けたいのは、ゲーム攻略が進まないせいで、「ギブアップ」を選択するプレイヤーが出てくることだろう。
途中でゲームを投げ出さないように、きっとゲームマスターを見つける機会は用意されている。
勘のいいプレイヤーなら、ゲームマスターを見つけられるくらいの難易度が保たれているはずだ。
もっとも、それでもゲームマスターは倒せていない。
全世界の中からゲームマスターを見つけた優秀なプレイヤーが何人も挑戦しているのに、第2000期の参加者が集まるまでゲームは続いている。
何より、あの凛子がゲームクリアできていないのだ。
現時点では情報が少なすぎて、何も言えないに等しいが、ゲームマスターと戦うことは「人間がAIにチェスを挑むこと」と同じレベルの難易度だと認識したほうがいいだろう。
〈④今後に向けて〉
『Fake Earth』はコンティニューのないゲームだ。
もしもゲームオーバーになれば、最初からやり直すことができないハードモード。
取り返しのつかない事態を招かないためにも、ゲーム内で起きていることを的確に想定し、あらかじめ対策を練っておく必要がある。
よって、ゲームのルール説明を踏まえて、プレイ時に想定されることを考察しておく。
向こうの世界で想定できる事態は、全部で3つだ。
(ⅰ)複数の巨大な勢力ができている。
(ⅱ)「運営」がプレイヤーのゲーム攻略を妨害している。
(ⅲ)ゲームクリア後のシナリオが用意されている。
(ⅰ)複数の巨大な勢力ができている。
『Fake Earth』は第1999期までの参加者が存在しており、現在のゲーム空間には20万人以上のプレイヤーがいる。
彼らの中には協力して、ゲームクリアを目指そうとするプレイヤーが出てくるはずだ。
さらに複数の相手に対抗するために、同じように「仲間を集める」という選択をするプレイヤーも増えていくだろう。
やがて幾つものギルドができあがり、組織同士の潰し合いをして、より勢力の大きいギルドに成長していく。
彼らの中にはギルドの運営のために、プレイヤーを無差別に襲って、集団でコインを奪う連中がいてもおかしくはない。
(ⅱ)「運営」がプレイヤーのゲーム攻略を妨害している。
『Fake Earth』はクリアした人数が1000人にも満たない。
賞金1億円を手に入れるだけなら、他プレイヤーのスマートフォンを壊して、画面の下に埋め込まれたコインをゲームセンターの両替機に入れるだけでクリアできる仕組みなのに、ゲームクリアをしたプレイヤーの割合が0.01%を切っている。
この0.01%以下というのは、単純計算で「プレイヤーが2人いれば1人はクリアできる」ルールを考えると、あまりにも低すぎる。
これは運営がプレイヤーを妨害し、簡単にクリアできない状態にしている可能性がある。
たとえば「ゲームセンターの両替機を壊しまわっている」、「プレイヤーのふりをして、他プレイヤーのスマートフォンを奪っている」など、『Fake Earth』の世界に積極的に介入している可能性を考慮すべきだろう。
(ⅲ)ゲームクリア後のシナリオが用意されている。
『Fake Earth』は、ギブアップしたプレイヤーにはふたたび参加することを認めていない。
しかし、他プレイヤーのコインでクリアしたプレイヤーには、『Fake Earth』へ戻ってくることを許可している。
どうしてアーカイブ社は、他プレイヤーのコインでクリアをして、現実世界に脱出したプレイヤーの記憶を消さないのか。
人生は過去に戻ることができないにもかかわらず、運営がやり直しとも取れる行為を禁止しないのか。
おそらく「プレイヤーが1回クリアすること」には、重要な意味がある。
現実世界に戻っても、ゲームの続きが行われている。
もしくは所持金ゼロで見知らぬ国に飛ばされるなど、クリア後のシナリオが用意されていることを想定すべきだ。
【おわりに】
今回の考察は、運営のルール説明と質疑応答で不自然な部分を掘り下げただけだ。
これからプレイしたときには前情報が少なすぎたせいで、想像できなかった事態が起きている可能性が高い。
ゲームマスターを見つける手がかりもなければ、戦いの鍵となる『ギア』についても、何1つわかっていないに等しい。
現実世界と似た仮想空間が舞台になっているが、実際には未知の領域に足を踏み入れることと変わらないはずだ。
けど、俺はこのゲームの本質だけは理解しているつもりだ。
『Fake Earth』はシステムと戦うゲームだ。
プレイヤーは制作者の意図を超えなければいけない。
運営が想像できなかった『バグ』を起こし、この世界の常識を覆さなければいけない。
俺は必ず成し遂げる。
凛子を助けだすために、人の命を弄ぶ『Fake Earth』をぶっ壊してやる。
リセット禁止?
コンティニュー不可能?
クリア率0.01%以下?
どれだけ難易度が高くても、『Fake Earth』が「ゲーム」という形式を取っている以上、プレイヤーには「勝利条件」が用意されている。
ゲームマスターが強敵だろうが、運営が初見殺しの罠を仕掛けてこようが、攻略不可能なゲームは存在しない。
いかなる手段を用いてでも、『Fake Earth』をこの手で終わらせてやる。
あのとき凛子は俺の手を引っ張ってくれた。
今度は俺があいつの手を現実世界まで引っ張ってやる。
そのためにはシステムの裏側を考えろ。
命を賭けることを躊躇わず、目に映るものを観察し、奴らが油断した瞬間を瞬くな。
プレイヤーは常に限界まで挑戦し、最善の戦い方を見つけてきた。
正攻法で勝てなくても、攻略できる裏技は必ずある。
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