化学部は毒劇物に耐性があるって本当ですか?
竹槍
化学部は毒劇物に耐性があるって本当ですか?
「あれ? なんか知らない奴混ざってない?」
「ああ、うちのクラスのバケ部の奴だわ」
十二月二十五日、部室たる生物室でナマ部こと生物部のクリスマスパーティーが開かれていた。
「おい石川、お前バケ部だろ、なんでちゃっかり混ざってんだ」
「細けえこと言うなよ藤江、もとは同じ科学部なんだし」
本来生物部以外は立ち入れない空間に混ざり込んでいたのは、隣の化学部の石川であった
「んー? どした?」
「あ、部長! すいません、うちのクラスのバケ部の奴が勝手に入り込んでて……」
「ああ。ま、いいんじゃない? 化学部とは持ちつ持たれつだし」
「まあ……部長がそう言うなら……」
生物部部長、川越の判断に藤江も引き下がる。部長の言うとおり、もともと生物部と化学部は科学部が分裂して発足した部活動で、部室が隣同士と言うこともあり、なにかと付き合いが深いのである。
「これはこれはいらっしゃい」
それを見るや、音もなく石川の横にやって来た者がいる。生物部一年きっての問題児、大堀だ。
「まあまずはこれでも飲んでって」
そう言って彼は黒いラベルの張られた小瓶を差し出した。
タバスコの瓶のような形状、真っ赤な内容物、「心臓の弱い方は使用しないでください」という注意書き。
「何これ、デスソース?」
Youtuber御用達でお馴染みデスソース(部長私物)である。ラベルはタバスコの三百倍の辛さを謳っており、舐めれば最期しばらく味覚が機能しなくなる逸品である。
これは何を隠そう奇人変人の少なくない生物部のクリスマスパーティーである。ただのクリパであろうはずはない。先日行われた文化祭の打ち上げにおいては、ノリに乗ってしまった一部上級生が飲み物を全部混ぜたカクテルモドキにスナック菓子を多量に投入した結果、近所のスーパーの食品売り場で材料を調達したとは思えないおぞましいものが出来上がってしまった。
なお、制作に加担した者は皆完成品を一口ずつ飲まされる羽目になった。無論飲めたものではないため、どんな事態が発生したかは容易に想像がつくだろう。
哀れな石川は、そんな魔境に足を踏み入れてしまったのである。
「ふーん、行ってみっか」
しかし石川は大した葛藤もなくデスソースを少し多めに手のひらに取ると一口に舐め取った。
「うーん、辛いか?」
そしてその反応は明らかに辛いと思っている風ではなかった。
だがその程度生物部からしてみれば予想の範囲内。デスソースは飲み込んでからが本番である。味覚を焼き尽くすような痛みが食道から舌へ襲いかかるのだ。
既に女子を含む生物部員十数名が犠牲となっている。
しかし、いつまで経っても彼は悶え苦しむ様子を見せない。
「おー、結構来るね」
その代わりに、なんとも反応に困るリアクションを取るばかりだ。
「マジかよ……」
「結構な量いったよね」
これにはさしもの生物部員も驚きである。しかしこの直後、石川から更に驚くべき発言が飛び出すのであった。
「まあ俺水酸化ナトリウム食ったことあるし」
水酸化ナトリウム、化学式にしてNaOH。言わずと知れた強アルカリの代表格で、当然のことながら劇薬である。
「え? 食って……どうなったの?」
「いや、胃酸で中和されたのか大したことはなかったよ。胃酸のPhが上がったせいか消化不良にはなったけど」
「何それ……」
「まあ、先輩にカプサイシンそのものを食った人も居るし」
爆弾発言の数々に、あの大堀が思わず呟く。
「……化学部には毒劇物を摂取しなくちゃいけないルールでもあるのか?」
「そういうわけじゃないけど化学室って危険物ばっかだから。あ、俺そろそろ帰るわ」
唖然とする生物部の面々を残して、石川は化学室に帰って行った。「あるからって食うか普通」などとは誰も言わなかったが、皆同じ事を考えていることは明白だった。
そして大堀はこの日、プレゼント交換会で貰ったローストビーフとローストポーク、そしてペヤングソース焼きそばの超超超大盛りを、生物室に置き忘れたまま帰宅した。
化学部は毒劇物に耐性があるって本当ですか? 竹槍 @takeyari
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