『芸は身を助く』ということ

 芸は身を助く。そんな言葉がある。

 もちろん、その芸とやらをどこまで拡大して解釈できるかにもよるが、少なくとも、お金に出来る程度のもの。それは身を助けるのに結びつきやすい。

 となると、それ以外の芸は使えないのか。これは違う。

 例えば、音楽をやっていたり、物書きをしていたり、役に立たないことは大変に多い。だが、それも立派な芸だということは誰もが知っている。


 では「芸は身を助く」とは何か。

 私は人間生活に必要な成長ではないかと思うのだ。

 一時期流行った言葉に「好きなことで生きていく」というものがある。

 この言葉は、自分勝手の免罪符として横行したような気がしないではないが「芸は身を助く」という言葉にとって大切な要素を説明している。

 それは、大体の場合の芸は好きなものである、ということだ。


 例えば、一芸を手にしようと探してみても上手くいかない。

 「芸を探す」という前提があるから「これは私には合わない」だとか「100あるうちの1つの芸」といった具合に適当になる。これでは上手くいくはずがない。

 だが、好きなものを芸とした場合は「自分に合っている」上に「自分が好きなもの」という愛着が湧く。下手の横好きにせよ、「好きこそものの上手なれ」にせよ、続けていけるのだ。

 もちろん、好きなものを芸とする場合、大きな壁が存在する。好きなもの故にある自尊心と、先達と才能に溢れた者たちである。

 先達はその経験から、才気あふれた者たちはその才能から圧倒してくる。

 その壁を前にして堪え続けられる人間など多くはない。冷静に考えて、その壁の前で立ち往生を続けるぐらいならば、もっと有意義な時間の使い方をするだろう。現代社会はそれほどに忙しいのだから、当然のことである。

 そうやって自尊心が傷つくのを避けていく。


 だが、そこで踏みとどまることが出来たならば、既に芸は身を助けているのだ。

 物事を成すために必要なものは何か。広い視野と忍耐である。

 つまり、好きなことを続けていくということは、何かを成そうとする力を養っている。そしてこれは、「好きなことで生きていく」ことに繋がっていく。

 「好きなことで生きていく」という言葉では、少々語弊がある。

 先述したが「自分勝手の免罪符」的な側面がある。そうではない。

 「好きなことで生きていく」という言葉の本当の意味は「好きなことで培った力を用いて生きていく」だと思う。それはまさしく「芸は身を助く」である。

 その果てに継続が力となって成功を収めるかもしれない、というだけの話だ。


 先程立派な芸と述べた音楽や物書きは、役に立つことの方が少ない。

 だが、そこで培ったものは、必ず生活において活きてくる。

 仮に仕事で活きることはなくとも、自身の生活を落ち着かせるために活きることはある。何故音楽を聴くのか、何故本を読むのか、何故物語を書くのか。そう問い続ければ、それが自身のライフワーク、あるいは平穏なひと時だという答えに辿り着くだろう。


 本来「芸は身を助く」という言葉には、金銭的な意味合いが含まれるが、重要なのはそこではない。世の中に金を稼ぐ方法はごまんとある。自由に使える金はないに等しいとしても、アルバイトで食い繋ぐことも出来る。

 ならば、どこで「芸は身を助く」のかと考えると、生活である。

 そこにあるのは、人間的成長である。


 どれも詭弁だと言われてしまえばおしまいだが、詭弁も語れぬ世の中になってしまえば、それこそつまらない。詭弁を敢えて信じたことで身につく力というものは、少なからずある。

 私だってかれこれ10年ほど書き続けている。芽は出ていないが、この「書く」という行為によって多くの視野を手に入れた。言葉にする力を手に入れた。考える力を手に入れた。

 すべては多くの詭弁に奮い立たされた結果である。

 だが、これらの力は真実である。嘘から出た実に等しい。


 詭弁は実に雄弁である。

 それこそ「芸は身を助く」だとか「好きなことで生きていく」だとかを、詭弁だと一蹴することもできる。だが、その多くの言葉たちに支えられて人々は生きていく。

 言葉は毒にも薬にもなるが、毒もまた薬となる。反対に薬もまた毒となる。

 ただそれだけのことだ。

 

 そも、芸は突き詰めてしまえば「なくても良いもの」である。

 だがそれは、私たちの生活の彩りになりうる。

 食事において素材の味だけでは味気ない、だからこそ調味料を入れて味を調える。

 調味料がなくとも問題はないが、あった方が良い。

 芸とは、いわば私たちの生活にもたらされる調味料だ。

 それが、私たちを、その生活を、より良いものにしてくれるのだ。

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キーボードブルース 星野 驟雨 @Tetsu

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