ブレイブメンロード
「恐怖」とは、最も純粋で美しい。
言葉としては広義に思えるが、最も単純かつ原初的なものだろう。
私は人間ほど敏感に恐怖を感じる生き物はいないと思っている。
もちろんここでの「敏感」というのは「本能的嗅覚」ではなく「論理的感覚」の恐怖に対してだ。
世間には多くの恐怖症が存在しているし、身近に言えば何もないはずの夜道を不気味に感じて恐怖することもある。それらは「論理的感覚」的な恐怖だと思う。
人間が恐怖するものとは何か。
自身の尺度や理解を大きく超えるもの、あるいは超常的なものだろう。
「説明のつかない正体不明のもの」というのは「経験に基づく論理的――説明可能な――感覚」という人間が生きていくために培ってきたものを否定する。
いわば、落とし穴に落ちるような、平衡感覚の崩壊である。
ホラー映画は演出によって恐怖を増長させるが、その根本は「自分の尺度や理解を大きく超えるもの、あるいは超常的なもの」である。
だが、エンタメ性を重視する場合は「解決できない」という最大の恐怖要素を弱める必要がある。
「怪物に追い掛け回された果てに解決策を見つける」だとか「恐怖体験を超えて日常に戻る」というストーリーは、あくまでエンタメのカタルシスを重視したものだ。
そもそもを言ってしまえば、恐怖にカタルシスなど存在しない。
それを踏まえて、ヒトコワの場合はどうだろうか。
先程、恐怖にカタルシスは存在しないと書いたが、ヒトコワは基本的にカタルシスが存在しない。より実感的な恐怖、現実的な恐怖を味わうことが出来るだろう。
そして、その恐怖の根本は「自分の尺度や理解を大きく超えるもの」である。
日常生活において、理解できないものは存在するだろう。
『探偵!ナイトスクープ』であった「テープの回」のようなものは特に恐怖心を煽られる。「何の目的でそんなことをしているのかわからない」という事実が自分の平衡感覚を乱していくのだ。
もちろん、そこに解はない。
蓋をして忘れ去らなければ、恐怖心は何度でも蘇ってくる。
あくまで恐怖に連想しやすいものを例に取り上げたが、人によって恐怖の対象は違う。怪談を好む人はいるし、ホラーを好む人もいる。
ここまで書いてきて、くれぐれも間違えてほしくないことが一つだけある。
「恐怖」は、必ずしも忌避するべきものではないということ。
これは恐怖を否定するのではなく、恐怖を見つめてみようという取り組みだ。
「ホラーは苦手だが好き」な私だからこそ見えるものがあるだろうと思ったのだ。
さて、ここまでを含めて、最初に立ち返ってみよう。
「恐怖」とは、最も純粋で美しい。そう書いた。
ここまで恐怖について書いてきたが、ここからは「最も純粋で美しい」という部分について書いていこうと思う。
さて、では「純粋」という単語について書いておこう。
私にとって「純粋」とは、凄惨で残酷な言動に対する免罪符だ。
誰しも、子供の頃に、虫を殺したことがある人は多いだろう。
短絡的な言動をとってしまうことだってあっただろう。
それは「純粋」だったからだ。だが、決して「無垢」ではない。
純粋が臓物を塗りたくった血みどろの風景で、優しさに包まれて笑う少年少女。
それが、純粋だった私たちだ。
また、純粋だった私たちは「恐怖」に対して大人よりも敏感だった。
暗い場所が怖くて、トイレに一人ではいけなかったというのはよくある話だ。
私も、大人は暗くてもトイレに行けてすごいと思っていた記憶がある。
そも純粋とは、言い換えればニュートラルだ。混沌というべきか。
私たちが純粋さを徐々に失って生きていく生き物だ、というのはまた今度書くが、私たちが多く共通して色濃く思い出すあの頃の記憶は、恐怖だと思う。
喜怒哀楽の度合いや価値観は変わるが、恐怖に対してはあまり変わらないだろう。
それは、恐怖とは解決されない限り、延々とまとわりつくものだからだ。
話が少し逸れたが、改めて明言すれば、私にとって「純粋」とは醜である。
だからこそ恐怖は「純粋で美しい」のだ。
多くを学び、経験した私たちは「論理的感覚」の上に立っている。
恐怖はそれらすべてを押し流していく。論理で武装した人間が丸裸にされる。
「本能的嗅覚」の感じる恐怖と何ら遜色ない恐怖を感じることが出来る。
誰もが抱える最も強い感情であり、人間が動物的になる瞬間を提供するたった一つの強烈な感覚。それが恐怖だ。
外連のない、私たちの中に最も強く根付いた、けがれのない美しいモノだ。
だから私は、恐怖を最も純粋で美しいものだと思う。
これは余談だが、論理的感覚、つまりは平衡感覚を重視する人間ほど、恐怖しやすいように思う。
そして、ここまで書いた私が最も好きなホラー映画は『ジェーン・ドウの解剖』だ。
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