担任
「先生って先生っぽくないよね」
「どういう意味だよ、あ、ほら僕教えるの上手でしょ」
「…」
私は目を細める。私はくるくると椅子を回す。男の顔が再び目の前に戻ってくる。
「皆、先生は黒板と会話してるって言ってるよ、あと板書が読めないって」
「ええっ、ひどいな。ほら、見て。丁寧に書いたよ。」
(紙上には、ミミズのような字が這っている。)
「サイン、コサイン、タンジェント」
男の顔は得意気である。
「サイン?え?これサインですか?」
私は裏紙と男の顔を交互に繰り返し見る。
「サインに見えない?」
男は何故か先程のミミズのような字の上からまたボールペンで強く書いていく。
(紙上ではミミズのような字が重なって、それが呪い札の文字の如く憎しみを発している)
「なんて書いてあるか分かんないんですけど」
私は冷淡に言い放つ。
「しょうがないな、本気出すよ」
男は新しい紙にまたサインと書く。
(今度はsとiとnの間が離れ、見やすくなっている)
「ああ、ましになった」
「よし、じゃあ今度からこれで書くよ」
そういう男の今書いている書類はいつものミミズのような字に戻っている。
はあ。私はやれやれという気持ちでため息をつく。椅子に座ったまま、足を動かして、窓際まで移動する。窓際にはシクラメンの鉢が2つ並んでいる。
「知ってますか?シクラメンの花言葉ってあまり良くないんですよ」
「ええっ知らないよ、僕が来る前からそこに置いてあるんだ。でもなんか愛着湧くよね」
(そういう割に目の前のシクラメンは斜め45°傾き、根が土から露出している。土にダサいデザインの鉛筆が刺してある)
「何ですか、この鉛筆。」
「ああ、それ。土に空気を入れると良いらしいから、刺してる」
「ふーん」
私は男の机の横の机に鉢を持っていった。男は気にせず、採点をしている。
「もうこれ死にそうだよ」
私は鉛筆で土をぐさぐさ刺しながら、言う。
「え、そうなの?でも僕が来る前はね、もっとしゅんとしてたよ。僕が鉛筆でぐさぐさしてたらね、なんと、復活した。」
何が面白いのか、男はツボにはまって一人笑い続けている。私は鉛筆で土を刺し続けるのに飽き、また椅子をくるくるする。教材類が入った棚、冷蔵庫、電子レンジ、窓、パソコン、ぐちゃぐちゃしたプリント類。視界が移り変わっていく。
それは今はもう遠くなってしまった。3年間私が見続けた、高校において最も愛着のある景色、コンピュータ制御室内の景色だった。
手のひらの雑感たち tkrt@くれ @tkrt21
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