第6話カメのやさぐれ冒険記(2)

そして放課後。集団下校する小学生のごとく連なって、ぞろぞろと駅前のカラオケ店へと足を踏み入れる。こんなにたくさんの誰かと一緒に歩くなんてずいぶん久しぶりのことで、慣れない歩幅と歩調に歩きにくさを感じた。受付をすませると、流石に二桁人数で同じ部屋に入るとあまり歌えなくなるとのことで、僕らはひとまず5人ずつの3グループに分かれて、それぞれ違うカラオケボックスへと向かう。

ちなみにグループ分けに際してまぁ一悶着あったわけだが、当然余り物の僕は、捨て猫がごとくメイングループ4人に拾われていった。一応僕にも友人を誘うという選択肢があったのだが、というか実際誘ったのだけれど、「戦死報告を楽しみにしている。」とすげなく断られてしまった。くそぅ…陰キャめ…

「また後でそっちの部屋にも遊びに行くね!」なんて約束がそこらで交わされた後に、各々が好きな飲み物をドリンクバーで仕上げると、受付で案内された番号の部屋へと入室する。

「さぁ!歌うぞー!」

「ちょっとアイ、ジュースこぼすなよー。」

クラスのリーダーの女の子が体当たりするかのように押し開けた扉から聞こえてくるのは鼓膜だけでなく体全体を震わせるかのような爆音。今までは、頭蓋を突き抜けて思考にまで入り込んでくるようなこの音量があまり得意ではなかったのだけれど、今回ばかりは余計なことを考えなくて済むと考えると、たまには悪くないなと、そう思えた。


「次はこの曲にしよう。」「一緒に歌おうぜ。」「ちゃんと歌えるかな。」

楽しそうに肩を組みながら、恥ずかしげに踊りながら歌う4人をぼーっと眺めつつ、追いやられた思考の端で、落ち着いた筈の心のもやもやが、まるで余震のように唐突にぶり返す。

「これはもはや病気だな…」

たははと力なく笑う僕に「ほら、君も歌いなよ。」とマイクとリモコンが差し出される。

むしゃくしゃしていたところにちょうどいい。せっかくカラオケに来たのだから、歌わねばもったいないだろう。

たまには思いっきり歌ってやるかと、リモコンを手に取り予約した曲は、普段は聞かない、人気ヴィジュアル系バンドの最新曲。

「お!いいね!私これ好き!」

「俺まだ聞いてねぇわ。どんな曲?」

始まる会話をバックグラウンドに、よしとひとつ気合を入れてマイクのスイッチを入れる。

淑やかに始まるイントロに、湿ったドラムがリズムを刻む。次にキーボード、ベース、ギター。最後にボーカルが音楽に飛び込んだところから、この曲は一気に加速する。唸るようなベースと泣き喚くギターに合わせて、僕は胸に溜まった重たい空気をぶちまけるように声を上げる。時にしとやかに、時に狂ったように激しく、まるで嵐の中の海を行くように、不規則な波の連続を乗り越えていくように。不安定な情緒に乗せて、現実なんてクソ食らえと、真っ黒な感情を歌う。

どれだけため息をついても、ぼやいても。本を読んだって胸の内にどっかりと居座って退かなかった真っ黒な靄が少しずつ和らいでいくようで、なるほど存外音の殴り合いも悪くないと、僕は楽しげに笑う。

そんな折にフラッシュバックする光景。イヤホンを片耳に挿しながら、「ロックとは魂の発散なのだよ。」とドヤ顔で語るサキさんの顔が思い出されて、せっかく和らぎ始めていた靄がまたどっと増える。もうどうにでもなれと、リズムと曲調に身を任せて、僕は魂を叫ぶ。

曲の最後はイントロの逆をいくように、ボーカルが消えて、キーボードが抜け、ベース、ドラムがフェードアウトした後、寂しげなギターが駆け抜けてひと段落。

「ふぅ…」とひとつ、満足げに息を吐いて、マイクを置いた僕を出迎えたのは、ぽかんと口を開けて絶句する皆の顔だった。

ええっと…なんかやらかしたかな…?

焦る僕は必死に考えを巡らすけれど、てんで検討もつかない。

けれど一瞬の後、冷や汗をだらだらと垂れ流す僕を待っていたのは、

「す」

「す?」

「「「「すごーーい!!!」」」」

予想に反した喝采だった。

「めちゃめちゃうまいじゃん。」

「こんな特技どうして黙ってたのよ~!」

ポップコーンが弾けたみたいに盛り上がる室内。その断片たちを聞き取るに、どうやら僕は存外、歌が上手いらしい。

なんだ…やらかしたわけではないのか…

なにか致命的な失敗をしたわけではないと悟ると、急に足から力が抜けて、僕はへなっとソファーに座り込んだ。

「普段どんな歌歌うの?」

「ねぇ!次これ歌ってよこれ!」

その後今までの扱いとは打って変わって皆がこぞって話しかけてくる注目の的。テーマパークの着ぐるみみたいになってしまい、褒められているとわかっていても蜂の巣みたいに皆から突かれるのはどうしても苦手で。また普段褒められ慣れていないからか、かけられる賞賛の言葉がどうしてもこそばゆくて、「飲み物を取ってくる。」と言い訳して、僕は逃げるように部屋を後にする。

部屋の扉を閉めようとしたところで、「あ、私も。」と女の子の1人がコップを手に立ち上がったので、そのまま扉を抑えておく。

「ありがと。」という感謝の言葉とともにウインクをひとつ飛ばしてくるお茶目な子は確かヒメさんといっただろうか。

部屋の中に手を振る彼女の横で扉を閉めると僕らはドリンクサーバーへと歩き出した。

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