1-4 迷路必勝法

「おっと、そうだ。中央塔にたどり着く方法を思いついたぜ」

 エルは前足を止めて首をあげ、シィーに話しかけた。町を歩き始めてからすでに、一時間と少しが過ぎていた。

「おい、シィー。迷路には必勝法があるんだ。知ってるか?」

「エル、迷路は勝ち負けじゃないから、とは言わないよ」

「うるせぇな。いいか、見ろ」

 そう言ってエルは右前足を城壁にぺたりと付け、そのまま三本足でそろそろと歩き出した。

「壁に右手をつけたまま行けば、必ずゴールまでたどり着けるんだ。昔、本で読んだぜ」

 シィーはくすっと笑って、地面に捨てられている金属片を拾い上げた。手のひら大の錆びた釘だ。テントを地面に打ち付けるためのペグのようだった。

「それじゃ、その方法で、この迷路を解いてごらん」

 シィーはしゃがみこんで、乾いた土の上に大きな円を描いた。円のすぐ内側に〈入口〉と書き、真ん中に小さな星を描いて〈出口〉と書いた。それだけの図だった。

 エルはその図をじっと見て、しばらく円に沿ってぐるぐると目を回し続けた。いくら回ってもその視線は、真ん中の星にたどり着かなかった。

「いや、これは……こいつは驚いた」

 と目を丸くして言った。

「右手法が使えるのは、スタートとゴールがにあるからだよ。僕たちが目指してるのは、塔」

「じゃ、どうすりゃいいんだよ?」

「別に、急がなくてもいいでしょ。塔は、逃げたりはしないよ」

「いい加減にしねえと、俺が逃げるぞ」

 エルは悲痛な声を挙げた。視界の低いエルにとって、同じような壁の中をずっと歩き続けるのは、シィーや町の住民たちよりもストレスの溜まる体験のようだった。

「それは困るなあ」

「だったら何とかしろ。お前さんは俺よりもずっと物知りなんだろうが」

 エルは恫喝するようにシィーを睨みつけた。自分の提案があっさり否定されたことで、ずいぶん機嫌を悪くしたようだった。

「大丈夫。僕はこういう迷路の解き方も、キャロルに教わったから」

「ほほぉー。さすがは優秀な博士様だな。どうやるんだ」

 シィーは立ち上がって答えた。

「地元の人に聞く」


 ところがシィーの解き方も、とは言えなかった。

 通りすがる大人に、この町の地図はありませんか、と尋ねても、誰もが首を振るだけだった。地図という言葉が何を指すのか、そもそも知らない大人もいるようだった。

「どうして地図を作らないんですか?」

 とシィーが煉瓦職人に尋ねると、

「町の地図なんて作っても、それが出回るころには、もう町の形が変わってるからさぁ」

 と、筋肉質の中年職人は皮肉な笑みをうかべた。

「道順が変わるほどに、ですか?」

「そうだよぉ。みんな自分の家が欲しいだろう。煉瓦は作っても作っても中央塔に持っていかれるから、そのへんの城壁を壊して石材を工面してくるんだぁ。だから、今まで道だったところが壁になったり、壁だったところが道になったりする」

「法律で取り締まったりはしないのですね」

「そりゃ、中央塔建設委員会も、取り締まれるものなら取り締まりたいだろうけどねぇ」

 煉瓦職人は笑って手を開いた。

「やっぱり法律ってのは、ひとのさがには勝てないものだからねぇ」

「そのようですね」

「とにかく、中央塔に行きたいのならぁ、地面にあるわだちに従っていくといいよ」

 煉瓦職人が地面を指すと、乾いた地面ではあまり目立たないが、たしかにあちこちに車の通った跡ができているのが見える。ときどき二輪車の引いている荷台が通った跡のようだった。

「焼いた煉瓦を毎日車で中央塔に運ぶだろう。だから中央に向かう轍がどんどん深くなっていく。古い情報は雨季のたびに流れるから、轍は常に最新情報ってわけだぁ」

「わかりました。ありがとうございます」

 とシィーは礼を言い、その言葉に従って轍に沿って歩きはじめた。

 車の跡はまず、近くの門に続いていた。何重にもなった城壁にはそれぞれの門と門番がいて、誰もが退屈そうに屯所に座っていた。最初の門でもらった許可証を見せると、彼らは手で中に入るように促した。最初の門番は比較的、仕事熱心な部類だったようだ。

 いくつかの門を抜けると、轍を追っていくのも徐々に難しくなってきた。とにかく道路に物が散乱しており、この間まで車が通ったらしき場所に、瓦礫が積まれたり、露天が立ったりしていた。身体の小さなシィーと、さらに小さなエルでは、ちょっとした荷物の山を乗り越えるのも一苦労だった。

「ウンザリするな、こりゃ」

 とエルがつぶやくと、

「そう悪いことでもないよ。こうやって迷いながら歩けば、色々なことが分かるんだ」

 とシィーは答えた。

「ほぉー。どんな色々だ」

「たとえば、壁と門番はべつに住民を分離してるわけじゃない、ってこと。内側に行くほど身分の高い人が住んでるのかなって思ったけど、少なくとも厳格な制度としては、そういうものは無いみたいだ」

「どうしてそう言える」

「つながってるから。ほら、そこの角に置いてある壺は、さっき2番目の門番のところから見えたものだよ」

 シィーが指したほうを見ると、路上に水を溜める土焼きの壺がひとつ置かれていた。同じような壺はそこら中に置かれているが、シィーはその細かい形状のひとつひとつを覚えているようだ。

「確かにな。住民が勝手に壁を壊しちまうくらいだからな。じゃ、なんのために門番なんているんだ」

「ひとつの仮説は、彼らの守るものが門の内側の空間じゃなくて、建築物としてのだから、ということ」

「そいつは妙だな。普通は町を守るために城壁があって、その出入り口として門が作られもるんだろ。ところがこの町のやつらは門を、町自体よりも大事にしている。ここの門には、何か重大な秘密があるってことか?」

「僕の考えでは」

 とシィーは足をとめて、周囲の壁を見ながら言った。積まれた煉瓦の隙間に白い砂が溜まり、日を反射してちかちかと光っている。

「きっと、ここの人たちは、建物が大好きなんだろうね」

「ふむ」

 しばらく沈黙が続いた。ふたり合わせて六本の足が、砂を踏む音がリズミカルに鳴った。

「深い答えを期待した俺が馬鹿だった、ってことか?」

「どうだろう。内部を詳しく調べてみないと、まだ分からないよ」

「俺の?」

「町の、だよ」

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