美味しい桃

山田沙夜

第1話

 一ヶ月ぶりだね。玄関先で失礼するから、気を遣わないで。元気そうでよかった……

 はい。愛想のないレジ袋でごめん。

 その桃、五月に亡くなった伯母さんの香典返しなんだ。化粧箱入りで送られてきたの。大きくて形もよそゆき、いい匂いでしょ。一個五〇〇円とか六〇〇円とかしそう。自分ではとても買えないわ。

 さすがにすごく美味しいんだよ。


 亡くなった伯母さんのこと、わたしすっごく嫌いだったから、亡くなったら「嫌い」という負の感情から解放されるかと思ったけど、案外そうでもなくて、伯母さんの嫌いだったところを、あれこれとどんどん思い出されてきちゃって……

伯母さんが嫌い、を明確に認識しちゃった。

 根はいい人だってのはわかる。

「あんたのことを思ってんだから」って言葉に悪意は潜んでいなかったというのもわかる。けど、悪気がなきゃいいってもんじゃないよね。

 思い込みが激しくてね。要らないことばかりの伯母さんのいろいろを断るのがたいへんだった。父の姉だから、母は我関せずオーラを発散しまくるし。

 亡くなったことで、安心して自分をごまかすことなく、「伯母さんが嫌い」を晴れ晴れと肯定しちゃった感じで、それはそれですっきり落ち着いちゃった。

 従兄弟? わりに疎遠だから、今のところ好きも嫌いもないかな。

 でも伯母さんの思い出は速やかに薄れていってほしいいとは願うよ。

 桃は美味しくいただくけどね。

 そんなわけだけど、召し上がってくだされ。

 じゃ、また。体調が戻ったらどこかにごはんを食べにいこうね。


  noteより転載(2019/7/22 投稿)

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

美味しい桃 山田沙夜 @yamadasayo

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る