8 恋する乙女は『からだ』を語る part1

「では、3つ目の分類に入る前に、そもそもの最初の2つ……『からだ』と『こころ』について、もう少し説明しますね」

ふぅ、といったん息を吐いて、私は改めて、筆箱からペンを取り出した。

先輩はフェンスに寄り掛かったまま、首を30度ほど傾けた。

「……3つ目、引っ張るね?」

「違いますー、最初の2つの概念をちゃんと定義してからじゃないと、3つ目の話がすごい説明しづらいんですよ」

「そういうものか」

「そういうものです」

納得したんだかしないんだか、先輩はふぅんと喉を鳴らしてまたストローを咥える。

まぁ、拒まないなら語らせていただくだけだ。

私はペン先をくるっと回して、そのまま紙面を指し示した。

「というわけで、まずは1つ目の『からだ』からです!」


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①からだ

=先輩の物理的な身体に紐付いた『先輩』概念。

例)顔、髪、指など

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「ここに書いてあるとおり、『からだ』は、物理的な身体に基づく部分です。中でも一番わかりやすいのは、いわゆる外見の部分です。顔とかですね」

そう言って、私は自分のほっぺたをちょっと引っ張った。

顔の造形にはさほど自信はないが、ほっぺの柔らかさにはちょっと自信がある。


「ちなみに、ご存知かもしれませんが、少女漫画とかでは、顔とか見た目はけっこう大事なポイントでして。一目惚れが発生するときとかも、突飛な状況じゃない限りは、たいてい外見が原因になります。イケメンと顔を合わせた主人公が、『あっ……睫毛長い(きゅん)』『こんな綺麗な人いるんだ……(どきっ)』的なモノローグを挟むときは、大体外見きっかけのフォーリンラブですね」

「……とりあえず、モノローグの選抜方向で、君の好みはなんとなくわかった気がする」

「えへ。まぁ一目ぼれ以外でも、なんだかんだ言って主人公の恋する相手は大抵外見がいいことが多いです。地味だったりファッションセンスゼロだったり……と、一般的に漫画の中ではマイナスとされがちな要素を背負ってても、『よく見れば顔がいい……』『よく見ればスタイルがいい……』的な展開にはされがちですねぇ」


もちろん稀にそうじゃない大人気漫画もありますし私も好きですが、一般的には珍しい方ですねー……と補足もしつつ、私はカチカチとシャーペンの上部を押した。

そのまま、ぐりぐりとノートの空きスペースにイケメン風の絵を描きつつ、ちょっと、トゲトゲしたオーラを周りに配置する。

それを覗き込んだ先輩が、なにか言いたげに首を傾げた。

「……これは?」

「性格が悪いイケメンです」

「性格が悪いイケメン……」

「心の目で見てください。とりあえずこれはイケメンです。たとえ私の画力が足りなくてイケメンに見えなかったとしても、これはイケメンなんです。いいですね?」

「……いいです」

「よかったです。……こほん」

勢いで押し切ったあと、先輩の妙に静かな瞳に若干気恥ずかしくなり、咳払いとともに本題に戻る。

「恋する相手が、嫌味ったらしかったりコミュニケーションスキル皆無だったり腹の中真っ黒だったりする、いわゆる性格が悪い人間だと、ほぼ100%顔がいい設定になってるといっても過言ではないと思います。少なくとも、一般的な『イケメン』じゃなかったとしても、主人公の好みには掠る外見に設定されてるんじゃないですかね。つまり、内面のマイナスを外見のプラスで打ち消してるわけなんですねー」

「そういうもの?」

「そういうものです。……まあ、性格悪いイケメン問題に関しては若干補足もあるんですが、あとで『こころ』の話題のところでちゃんと説明しますね。まあ、とにかく、何が言いたいかと言うと」

ふぅと一度息を吐き、私は大事な一言を、重苦しく宣言した。


「『恋愛においては、見た目超大事』ってことですね……」


「……なんで辛そうな顔してるの?」

発言後の若干無言の時間中、私の表情をしげしげと眺めていた先輩が、しれっとした顔で聞いてくる。

「いやぁ、これ、外見に自信がある人以外にはちょっと落ち込む事実ですよ」

一般論としてもわかりきってはいる事実だが、自分で口に出すと気が重い。

自分は自己紹介通り、セクシーを投げ捨ててスレンダーを取ったような体型の人間であり、小顔だしスタイルは悪くないと信じたいが、まぁ……その……そこまで……あんまり……自分の顔面が好きではない。

顔周辺に関して自信があるものといえば、先程も言ったとおりほっぺの柔らかさくらいである。

対して先輩の方をちらりと見やると、そこには、牡丹の花が満開に綻んだかのような愛らしい顔が──……


はぁ。

はぁ、である。おわかりだろうか、この「はぁ」が。


大抵の人間は、真顔になると印象が悪くなる。

それがわかっている顔面自信無いマン&ウーマンは、ニコニコと愛嬌をふりまくことで、なんとか印象をマイナスからプラマイゼロまで持っていこうと努力をするものだ。

それがなんですか。

先輩の、この、無表情で、愛想ゼロで……それなのにプラス方向に印象がぶっちぎったみたいな愛らしいお顔は。

先輩の顔は、無表情だろうが間違いなく満開の牡丹のように美しく麗しい顔だが、とりあえず顔が花に例えられるというのは相当なことですよ、普通。

我々とは違う。

顔面に自信がないから、友達と自撮りなど取る時は必死になってキメ顔を演出する一般JKとは顔の次元が違うのだ。

これにため息の「はぁ」が出ずしてなんだというのだろう。

先輩への感嘆のため息と、自分への憂いのため息が混じって、私の口からは非常に重い「はぁ」が吐き出された。


「………………」

先輩はなんとも言い難い表情でこちらを見つめている。

おそらく、いきなり黙り込んだ上にため息を吐き出した私を怪しんでいるのだろうが、こればっかりは許してほしいとしか言いようがない。

そして私も私で、ある事がどうしても我慢できなくて、しずしずと静かにお伺いを立てた。

「ちなみに、今どーしても言いたいことがあるんですけど、これは先の方の話の展開のネタバレなんですよ……でも、言ってもいいですか……?」

「ネタバレとか気にしてるのは君だけなので、君がいいならどうぞ」

あっ、先輩、さっきの褒め言葉を拒んだ件でちょっと根に持ってますね?

でも、やっぱりどうしても今この瞬間告げたくて、私はぐっと拳を握り、自分史上一二を争う真剣な面持ちで切り出した。

「これはとても大事な話なんですが」

「うん」

「本当のほんっとーに、心から大切な、真剣な話なんですが」

「うん」

「私は先輩の顔がめちゃくちゃ好きです……」

「………………」


「そっか、ありがとう」

若干の沈黙があったが、先輩はそう言って、微かに笑った。

ふわりと柔らかく、春風が桜の花をくすぐるかのように爽やかで優しい表情だ。

「……真顔もいいですけど、やっぱり笑ってる顔も最高にいいですね!!」

「ありがとう。でもずっと笑ってると疲れるから、真顔も笑顔もどっちもいいんだったら真顔の方に戻すね」

「ああっ」

目の前で真顔に戻っていった先輩になんとも言えない感情をいだきつつ、すんすんと嘆いてみせる。

まぁ、そういうわざとらしいことしてみせても、先輩はやっぱり特に反応しないわけだけど。

悲しい。

私はまた違う色のため息を付きつつ、ふと言い漏れたことを思い出して、そっと言い足した。


「まぁ、『恋愛には見た目が大事』とか言っちゃいましたけど、もうちょっと正確に言うと、この『からだ』には見た目以外も含みますんで、一応ご注意です」

「……例えば、声とか?」

「そのとーり! あと、匂いとかもですね。声も匂いもどっちも目に見えないので『見た目』には入りませんが、一応、物理的な体の構造から発生するものですから」

「うん……そうだね」

「ちなみに、ネタバレを避けなければ、ここで私から、もう一、二個ほど秘めた思いをお伝えすることも可能ですが……」

「うーん、なんとなくさっきの流れで予想がついたから、今はいいや。天丼はいいかなって」

「そうですか……」

てんどん?と疑問に思いつつも、ここでツッコむとまた話がそれるなと思い直した。

「まぁとにかく、『からだ』というのは、肉体そのもの以外にも『対象の肉体から発生する物理的な事象を含みます』ってことですね」

そこまで言い切って、私はもう一度深呼吸した。

それからぴっと指先を空に向けて、注目を得るために、ぐぐいと先輩の前に差し出す。


「はい。というわけで、ここまでで、大体の『からだ』に関する説明をしてきたわけですが。なにか質問とか所感とかありますか?」

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