6 恋する乙女は分類する part1

×××


さて。

諸君、私は先輩が好きだ。


けれど、どこかの戦争狂の少佐のように、愛するものの、あらゆるすべてを好きと言い切ることはできない。

何故かって、愛する先輩本人にそれを封じられてしまったからである。


しかし、今考えても、全くひどい話である。

好きなものは好きじゃダメなのだろうか。


……ダメなんだろうなぁ。それが先輩だから。

先輩はいつだってマジレス(真剣(マジ)でレスポンス(返答))人間なのだ。

そんなことを言いでもしたら、

「『好きなものは好き』と言ったって……そもそも、その『好きなもの』とやらを、まともに説明もできないのに。そんな、定義さえもあやふやな対象を、君はどうして好きだと言い張れるの?」

とマジレスしてくるに違いない。

ああ、言いそう。言われる場面が目に浮かぶ。


そういえば、最初に会った時も、適当に振った雑談にマジレスで返されてびっくりしたっけ。

「猫好きですか?」って聞かれたら、好きでもなんでもなくても、とりあえず「ああ、まあ、好きだね」とでも言っておけばいいのに。

「優しいんですね」って言われたら、心にも思ってなくても、社交辞令で「ああ、うん、ありがとう」とでも感謝しとけばいいのに。

「好きじゃないよ」

「別に優しくもないよ」

だなんて、あんまりにもマジレスで返されるからびっくりして、

……あんまりびっくりしたものだから、私はきっと、そのびっくりのせいで先輩を好きになっちゃったのだ。

告白してからも、先輩は、思いがけない返答や展開で私をびっくりさせ続けていて、

「ああ、やっぱりこの人は、あの時私が恋に落ちた人なんだ」ということを、私はいつだって突きつけられている。


「これでやっと、この恋が終わる算段が付いた」と思った瞬間、

そんな風に、頭をよぎった考えに思いをはせながら──



×××


「はい本題、本題ですね! というわけで、合意も取れたところで始めます!」

閑話休題、レッツ本題。

私は頭を切り替えた。

これが終われば、先輩から告白の返事がもらえる。

つまり、叶わない恋に悶える灰色の学校生活の終わりだ。

それはきっと素敵なこと。

……そのために、私は頑張っている。


未来への展望が開けた私は、再度、ばさっと、今日のために用意したノートを床に開けてみせた。

まっさらな見開きに、『私は先輩が好き』という堂々たる文字が躍っている。

何度見ても、味のある良い字である。自分の字だけど。


片手の指で水色ペンで強調された「先輩」部分を指しながら、私は先輩の気を引くために片手を演説風に広げた。

「とりあえず、メインの論点はここですよね。先ほどお話ししたように、今日はこの『先輩』という部分を、私なりに解釈して定義します」

「……うん。よろしく」

先輩が頷いたのをみて、私は勢いづく。


「とりあえず、ざっくりと、私から見た『先輩」のジャンル分けをしてみました」

「ジャンル分け?」

「私から見た『先輩』の中のジャンルです。……あ、カテゴリ分けって言ったほうがあってるかな。こう、私が好きな『先輩』を、カテゴリに分類してみたんです」

「カテゴリ……分類……」

また左側に首をかしげる先輩に、私はぴっと人差し指を立てて、左右に振る。

(ちなみにこれは私流の『まだ考えを固めるには早いです、これからですよ』のポーズなのだが、うちの猫にも友人にもあまり通じたことはない。でもよくやってしまう)

ぱっと言葉では説明しづらいが、これは、昨晩深夜、告白後一向に下がらないハイテンションを抱えながら、自分なりに頭を捻りに捻った大真面目な方針である。


もう少し話を聞いてほしい。


「これでも結構頑張って考えたんですよ。人が人を好きになるときって、どういう部分に着目するかなーっていうのを、こう……書物とかで研究しまして」

「書物……」

「あ、少女漫画のことです」

ちょっと見栄を張って、堅めにかっこよく言ってみました。


さて、昨晩の私は、自室の少女漫画(単行本、雑誌ごちゃまぜ)を漁りながら、

『主人公が相手を好きになるとき、あるいは相手が主人公を好きになるとき、彼らはどういう部分を好きになったと描かれてるのか?』

……ということを調べまくったのである。

それを参照しながら、『実際私は先輩のどこを好きになったのか?』を言語化しようと思ったからだ。

おかげさまで、自室の本棚に詰まった約800冊分の少女漫画たち……の半分は、メモの付箋でいっぱいになった。

あと半分は、途中で力尽きて寝落ちたために未着手なのが反省点だが、それはいったん置いておこう。恋する乙女でも睡魔には勝てない。


「で、100冊くらい仕分けたくらいから、なんとなく、『人が人を好きになるときって、なんか傾向があるなー』って思ったんですよ。だから、傾向ごとにカテゴリで分けて、カテゴリごとに話していった方がわかりやすいかなって」

「……なるほど、傾向、かぁ」

「まあ、主に物語の中から拾ってきた内容なので、偏りあるかもしれませんけどー.......」

そこまで言って、若干言い訳混じりに、えへへ、とちょっと苦笑する。

「私の場合は先輩が初恋なので、他に比べる例がなくて困っちゃって。私のバイブルこと少女漫画たちに頼らせてもらったんです。あと、今日の休み時間とかに、何人か友人にも実体験聞いてみたりしたんですけど、やっぱ実量的には少女漫画の参考数が増えちゃって」

「…………うん?」


先輩が、そこで眉をひそめた。

あからさまに「疑念があります」と書いてあるようなその表情に、私は思わずびくっとする。

心臓に悪い。

「……あれ、なんか引っかかるとこありました、今の?」

「…………いや、いい。本題から外れちゃうから、あとで聞かせて」

「え? いや、気になりますよ」

「僕が、個人的な思い込みを覆されたことによって違和感を感じただけであって、今の流れ自体には関係ないことだから」

「そ、そうです? ……あっ!」

とある可能性に思い至った私は、慌てて口を開いた。

「ももももしかして、漫画とかの創作物と現実は違うだろって話ですか? いやいやでもでも先輩、少女漫画は確かに創作物ですけど、読者の共感を生んできゅんきゅんさせるものなので、ある程度は読者が「わかるわぁ、こんなふうになったら恋しちゃうよね」って納得感を生むように作られてるものなんですよ。確かに多少読みやすいように感情の変化とか筋とかは現実よりもわかりやすくなってるかもしれませんけど、だからこそ論点を整理するためには便利というか、創作とはいえ参考資料としては優秀じゃないかなって思ってっ」

「いや、そこは関係ない」

「あえっ」

先輩に真顔ですらっと否定されて、思わずオタク特有の早口になりかけていた私も、一瞬で真顔になった。

というか、先輩のツッコミで慌てて口を閉じたせいで、勢いあまって唇をちょっと噛んだ。痛い。

そしてこういうのは、興奮して語ってるとき自体は何とも思わないが、冷静にツッコミを入れられるとちょっと恥ずかしいものである。

「じゃあ、どの部分でしょう……」

「あとで尋ねるから、あとで聞かせて。今は人が人を好きになるときの傾向の話。ね?」

「はい……」

恐る恐る声を上げた質問もはじき返され、私は力なくうなずいた。


私はそこで唐突に、3日前の我が家の猫の姿と、その時の自分の気持ちを思い出した。


3日前、我が家は新しい猫じゃらしを通販で買ったのだ。

私は、その猫じゃらしを、我が家の猫の目の前で、喜び勇んで振ってみた。

すると彼女(うちの猫は誇り高きメスである)はまず、無言で、しずしずと、猫じゃらしが入っていたダンボールに潜り込んだ。

そして彼女は、飼い主が振り回す猫じゃらしには一切手を出そうともせず、なんと、冷静な真顔で飼い主(つまり私)の挙動を観察し始めたのである!

彼女の佇まいからは、「飼い主が何やら新しいおもちゃで遊んでいるので、微笑ましく見守ってあげよう」という猫の貫禄を感じられた。子猫なのに。

ち、違うんだもん.......。君がこれ(猫じゃらし)を求めてると思ったから君のために振ってるのであって、私の方が遊んでるわけじゃないんだもん.......。

私はそっと猫じゃらしを振るのをやめて、リビングの隅で静かにうずくまった……。


……そう。まさに私は今、そんな感じの気持ちを思い出していた。

いや、つらい。

猫側に悪気がない分、余計つらいのだ。


ちょっとしゅんとなりながらも、私は気を取り直して、ノートのページを捲った。


「こほん。で、では本題に戻ります」

「うん。傾向の話ね」

先輩は、いつもの平坦な声で相槌を入れる。

「はい。……ちなみに、こうやって分類したのは、『一個一個要素を……顔とか思考とか思い出話とか……をあげてくと、話があっちこっち飛んでこんがらがりそうだなーって思ったから』って言うのと、『傾向として分けた上で新たに発見した知見もあったので、それもついでに語りたかったから』って言う2つの理由があります」

「へえ?」

ちょっと目を細めて、先輩はまた首を傾げた。

おや。

私はそれが、ほんの少し嬉しそうに笑っているように見えて、落ち込んだ気持ちが上向いた。

どんな時だって、好きな人が笑ってくれたらまあいっかって気持ちになる。

そういうものだ。


私は、一度小さく深呼吸して、見えやすいように片手を上げた。

「.......というわけで。色々語るためにその傾向をまとめて、私と先輩の関係に関して、カテゴリとして落とし込んだ分類がー......」


3本、指を立てる。


「3つ、です。……どうです先輩、何か思いつきます?」

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