3 恋する乙女は宣誓する
×××
「もう、『先輩、真面目だなぁー』って思って、きゅんきゅんしちゃってさぁ」
「その流れで、その感想になる……?」
「なったんだもん、私は!」
人が告白をしようがなんだろうが、当たり前のように翌日はやってくるし、翌日が平日だったら普通に学校の授業がある。
私の告白の翌日は水曜日だったので、やっぱり当たり前だが授業はあった。休むつもりもなかったので、私は普通に出席した。
その昼休みのことである。
その日、私の友人であるふうちゃん……大月風花は、なんだかとても優しかった。
私がいつものように教室で机を寄せて、お弁当を開いたその時、ふうちゃんはまず山盛りの5円チョコをくれた。500円分はあるんじゃないだろうか。
それからそわそわとしたふうちゃんに昨日の告白の結果を説明したら、なんだか凄い勢いで応援されて。
その勢いで先輩話に付き合ってもらった結果、「で、そもそもあんた、なんでその『猫先輩』にご執心だったんだっけ」と話を振られたわけである。
普段はジト目で「私恋バナ興味ないんだよね」とこの手の話題から逃げまくるふうちゃんが、である。
奇跡だ。
いたく感動した私は、そこから先程の『私と先輩との馴れ初め話』を語ったわけだが.......
さて、その時感じた先輩の魅力をどれだけ熱心に説明しても、残念ながら、ふうちゃんは微妙にわかってくれなかった。
「真面目.......真面目、ねえ」
「だってほら、最近読んだ本の内容を身を以て実践してるんだよ? あのクールビューティな猫先輩がだよ? きゅんきゅんするでしょ?」
「クールビューティ……? ごめん、私ちょっとそこから理解できてないかも」
「うーん、説明するの難しいなあ。先輩は、こう……あのきらきらした外見と、ギャップのある静かな眼差しと平坦な口調が合わさって、カッコイイアンドカワイイなんだよ!」
「うーん。うーん.......?」
唸りながらサンドイッチを頬張る友人を前に、私は内心肩をすくめつつ、黙々と5円チョコを貪った。
先輩のあのカッコイイアンドカワイイさを理解できないとは、映画館でエンドロール後のおまけシーンを見逃す人並に損をしてるぞ、ふうちゃん。
ああ、でも、やっぱり先輩の良さは私だけが理解していたいような気もする。全世界が先輩の魅力に気づいたら、先輩を巡って辺り一帯が焦土と化す争いが起こってしまうかもしれない。
それは困るので、ふうちゃんにもこのままのふうちゃんでいてもらおう.......と、私はそれ以上の説明を放棄した。
ふうちゃんも、一度で理解できないことに頭の容量を割くのは無駄だと判断したのか、それ以上つっこんでこずに話題を変えてきた。
「そういやちなみに、その猫はどうなったの? その、猫先輩と一緒に救出した猫」
「今頃だと、多分うちの縁側で寝っ転がってるよ」
「はえ。あんたが飼ったんだ」
「最初は、動物病院で里親探してもらうつもりだったんだけどね。うちの親に状況説明がてら連絡したら、「今すぐお猫様を連れて帰りなさい」って返信がきてさ。結局そのままうちの子になったの。食っちゃ寝して、1kgくらいはでっかくなったよ。若干ぽっちゃり気味だけど、子猫だからまだまだ成長期」
「ほー、よかったよかった。猫はやっぱり幸せなのがいいよ」
そう言いつつ、ふうちゃんが少し考え込むような表情をしたので、私は包み紙の山を片付けつつ続きを促す。
「どしたの、その顔」
「……あんた、猫のこと、告白の時に言えばよかったのに。あの時の猫、今はうちで幸せそうにしてますよって」
「? なんで? うちの猫と、私のことを先輩が好きになってくれるかどうかは全然別問題でしょ?」
「うーん」
ふうちゃんはデザートのうさぎ林檎を齧りながら、何故か唸った。それからおもむろに、最後に残ったうさぎ林檎にピックを突き刺し、私に対して差し出してくれる。どうやらくれるらしい。
「あたしは、あんたのそういうとこ好きだけど。損してるよなぁ」
「うん? まあ、ありがとう?」
そういうところって言われましても。どういうところだろう。
いまいちピンとは来ないが、私は有り難く口を開き、うさぎ林檎を頬張らせていただいた。
口の中にあまずっぱい清涼感が広がって、甘ったるいチョコレートの後味を潤していく。
別に、損してないよ。どちらかというと、今はうさぎ林檎の分得したくらいだ。
私が黙々とうさぎ林檎を咀嚼している間、ふうちゃんはぎゅっと片手を握りしめている。
「でもさ。あたしは悔しいよ。あんたのそういう魅力が理解されなかったのはさ」
「そ、そうかな」
「だって、あたしはあんたのそういうところがフェアで良い奴だなーって思ってるんだよ」
「やだ、照れる」
「でも実際は、その姿勢でいてフラれたわけじゃん」
.......私は首を傾げた。
「いや、ふうちゃん」
「あんたが平気そうな顔してたって、あたしは悔しいよ。あんたのそのフェアさは、フェアすぎる故に気づかれないんだよ。でも、そんなの悲しいじゃん」
「いやいやふうちゃん」
そこに至って、私はようやく気がついた。私はふうちゃんに誤解されている。
私は完全に今、「告白して玉砕してきた友人」枠としてふうちゃんに接待されているのではないか?
もしかして、この山盛りの5円チョコも慰め用の品だったのではないか。
だとしたら完全に勘違いである。もう5円チョコを100円分くらい食べてしまった分際で言い出すのも気がひけるが、私は友人をだまくらかして平気な顔でチョコをパクつけるような精神構造をしていない。
「あの、ごめん。私フラれてないんだよ、ふうちゃん」
「.......気持ちはわかるよ。わかるけどさ、現実見よう」
「現実見た上でね、フラれてないの。ほんとに」
「ちゃんと現実に向き合って!!」
「向き合った上でこうなの!!」
そこからふうちゃんが私の言葉を信じてくれるまで、5円チョコが残り250円分くらいになる程度の時間を要した。
「......だからねふうちゃん。さっきの説明だとわかりづらかったかもしれないけど、ちょっと違うの。私、告白をOKはされなかったけど、フラれたわけじゃないんだよ」
説明を理解したあとのふうちゃんはぶすくれていた。5円チョコの山を、お前にやって損したとばかりに自分の方にかき寄せ、これみよがしにもくもくと食べ始める。
ちょっと切ないが、それでこそ普段のふうちゃんだ。
「は? じゃあ、フラれてないのになんでそんな困った顔してんの?」
「だって、困るじゃん」
「なんで?」
「なんでもなにも……そもそもそういう前提じゃなかったっていうか……。困るもんは困るんだよ」
とにかく、困るのだ。ふうちゃんが一瞬妙な表情をしたが、別に言い間違いでも気が狂った訳でもない。
何度も言っているが、私はそもそも、さっさとフラれて先輩を諦めよう!という前提で告白をしに行ったのだ。(このあたりの感覚がどうにもふうちゃんには理解できないらしく、さっきから微妙に会話が噛み合わないが、仕方ない)
フラれたの!と言い切れてしまえば、それはそれで良かったのだ。私だって鬼でもストーカーでもないので、「ごめんなさい、付き合えません」と言われれば手を引く分別くらいある。
ただ、昨日の夜、帰宅してから真剣に告白の一幕を思い返してみても、やっぱり「その言葉」はどこにもなかった。
「いや、あのね。どう考えても、私、フラレてないの。告白して、「君が好きな『僕』ってなに?」とは言われたけど、告白に対してごめんなさいとも、他に好きな人がいるとも、お前とは釣り合わないんだよばーかとも言われてない。決定的なお断り文句は絶対なかったの! 気のせいとかじゃなく!」
ため息まじりにまくしたてると、ふうちゃんはちょっとだけ理解した顔をした。
「あー.......まあ、はっきりしないから、諦めがつかないわけだ」
「そう。諦めがつかないわけよ」
私はテレビショッピングの宣伝マンのように、大げさな身振りで肩を竦めてみる。
「だから、失恋して諦めよう作戦は失敗だったわけです。困ったことに、アンド、喜ばしいことに!」
「ああ、ちゃんと喜ばしくもあるんだ?」
「喜ばしくはあるよ、そりゃ」
私の言葉にふんふんと相槌を打ちながら、ふうちゃんは、続けて?というように視線をこちらに向けた。私はなんだか勇気を得て、ぐっと拳を握る。冷たくなった指先に、血が通ってきたような感覚がした。
「とにかく、今から考えるとね、ふうちゃん。確かに私、不誠実だったかもしれない」
「そう……?」
「だって私、先輩の顔が好きか髪が好きか指が好きか声が好きか体が好きか性格が好きか精神が好きかー………立場が好きか過去が好きか好みが好きか賢さが好きか愚かさが好きか思考回路が好きかー、なんて、これっぽっちも考えたことなかったよ」
「そりゃまぁ、そうでしょう」
「うん。そりゃまぁそうだから、私、これから誠実になろうと思うの」
「…………」
「初手100%誠実は難しいかもだけど、徐々に、こうずいーんと、誠実になっていこうと思うわけなの。過去はもう仕方ないから、未来のことで先輩に納得してもらえればいいやーって」
ふうちゃんは黙ってこっちを見ている。無言でいちご牛乳を吸っている。美味しそうだね、いちご牛乳。私も飲みたくなってきた。
ひとまず沈黙を応援ととって、私は決意を新たにした。椅子から立ち上がり、厳かな気持ちで宣誓する。
「だから私、これからもうちょっと頑張って、誠実力を高める!」
「…………」
「とにかくまず、自分の頭の中を言語化する作業が必要だと思うの。先輩があげた先輩の特性について、自分の嗜好と思考を書き出して、それぞれについて簡単にでもいいから考えておいて、その中から今回先輩に対して提示するべきものを掴み上げておかないといけないなぁって。どう、これ、すごく誠実じゃない!?」
「…………」
ちゅぱ、といちご牛乳のストローから口を離して、ふうちゃんはこっちを見上げた。
「あのさ」
「なあに、ふうちゃん」
「あたし、あんたのそういう、時々何故かクソ真面目ポジティブになるところ好き」
「ほんと!? ありがとう!!」
「で、ポジティブすぎて、一周回ってネガティブなのかポジティブなのかさっぱりわかんないところも、味があって最高」
「えっえっ、えへへ、嬉しい」
「うんうん。君みたいな子は、ちょっと空気読めないくらいがかわいいよな、うん」
「えーっもうやだ褒めすぎ、照れるじゃん」
突然の褒め言葉の乱舞に、私は赤面した。なんと、ふうちゃん、口説くのが上手い。フラれたという誤解が解けた後でも、ここまで優しいとはどういうことか。
私が数ヶ月前の私だったら、ここでふうちゃんに惚れていたかもしれない。だけど残念ながら私は数ヶ月前の私ではなく、今現在の、猫先輩を死ぬほど大好きな私なのだった。
私はなんだか勇気をもらって、手早く周囲を片付けると、かばんの中から財布を掴み上げた。
「ありがとふうちゃん。とりあえず私、いちご牛乳買ってくるね!」
「うん。……なんでいちご牛乳? くれんの?」
「違いますー、自分と先輩用ですー。長い間喋るとのど渇くだろうから、飲み物買っておこうと思って。ほら、先輩の喉が渇くなんて、想像するだけでも耐えられないし」
「そう……のどが渇くまで先輩と喋り倒す予定なんだね、あんたの中では」
「うん。だって一つの話題につき超特急で5分で終わらせたとしても、話題に挙げなくちゃいけないのが最低13個の「部分」で、単純計算で5×13の65分でしょ? で、実際は5分じゃ終わらない話もあるだろうし、今日の放課後いっぱい使っても足りるかなぁって感じじゃん? それに、本題に入る前に、ちょっと話して確認とっときたいこともあるし」
「んー……」
ふうちゃんはじっとこちらを見上げて沈黙している。その様子に、ちょっと焦る。
「あれ。あ、計算間違ってる!?」
5×13って65だよね? あれ、暗算間違った?
ちょっとドヤりながら計算結果を言っただけに、これで間違ってたらちょっと恥ずかしさが際立つ。
「……んーん。あってる」
そう言ってから、ふうちゃんは不意に何かを投げて寄こした。慌てて受け取ると、また5円チョコである。
「.......ふうちゃん、こんなに5円チョコ推しだっけ?」
「違いますー。.......まあ、あたしからの願掛けみたいなもんだよ。気にすんなって」
ふうちゃんはちょっと眉を下げて、へにゃっと笑って親指を立てた。
「ま、頑張れ」
「……。うん、頑張る!」
ふうちゃんが笑ってくれたので、私もほっとして笑顔になった。よかった。なんだかよく分からないけど、ふうちゃんが笑ってくれるなら良いのだろう。
親指を立て返して、財布を持ったままそのまま購買に走り出す。
あ、自販機でもいいかな。ふうちゃん、どこでいちご牛乳買ったんだろ。
いずれにせよ、私の心は勇気をもらって、元気いっぱいに弾んでいた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます