最終話 幸せな私たちの家

 時が流れ、何の運命の悪戯なのか、レジェスと私の孫と、レアンドロと魔女イネスの孫が結婚することになった。


 結婚式は王城で盛大に執り行われ、貴族だけでなく、国民にもその姿がお披露目された。


 レジェスと私、そして辺境伯の血を受け継いだセラフィナ・ルシエンテス。銀の髪に紫の瞳は私の色と同じだ。その意思の強さから〝辺境の氷雪姫〟と揶揄されて行き遅れていたものの、今では美しい花のように咲き誇っている。


 レアンドロと優秀な魔女の血を受け継ぎ、この国専属になる程の強い魔力を持つ魔術師クラウディオ・ロルカは新しい公爵になった。二人には一代限りと言っているけれど、王のマウリシオは永代爵位にするつもりだと聞いている。


 森の家に来なかった魔女イネスは、とうの昔に他界していた。若い頃の魔女に似ているという魔術師は、淡い金髪に金色がかった緑色の瞳。とても美しい青年だ。その所作を見て、レアンドロは満足気な笑みを浮かべている。懐かしいと呟き目を細める姿を見ても、私の心は静かなままだ。


 昔の私ならレアンドロの姿に傷つき、それでも王妃の笑顔を崩さなかっただろう。今はただ、若い二人の姿が微笑ましく、自然な笑顔で見守ることができる。


 見守る貴族たちの目も温かい。輝くように美しい二人の姿に、国民も熱狂した。


 三日がかりの結婚式と祝宴、そして王都でのパレード。華やかな慶事が終わった後、私はレアンドロに王城庭園に呼び出された。


「何のお話でしょうか?」

 約束の時間に姿を見せたレアンドロは落ち着かない様子だ。何も言わずにゆっくりと歩き始めてしまったので、仕方なく後ろを歩く。


 以前なら、ドレスを着た私の歩く速度を無視して歩いていたのに、今日は何故か頻繁に振り向いて私がついてきているかどうかを確認している。


 可笑しなことだと苦笑してしまう。ずっと私の存在を無視してきたのに、今日は気になるというのだろうか。


 レアンドロの歩みは止まらない。私がずっと避けてきた――アデリタに刺された場所を通り、さらに奥へと歩いて行く。


「お話がないのでしたら、失礼致します」

 レアンドロは、私がここで刺されたと知らないのだろう。何十年経っても、私にとっては恐怖の現場だ。


 振り返ったレアンドロは緑柱石の目を揺らし、ようやく口を開いた。

「……私の森の家で一緒に暮らさないか? 少し不便だが、自由で快適だぞ」


 貴婦人の常識も忘れ、レアンドロの顔を直視してしまった。随分歳をとったものだと静かに思う。昔、あれだけ欲しいと願っていた言葉を掛けられても、全く心が動かない。


「ごめんなさい。私にはもう家があるの。貴方が独りで森の家を作り上げたように、私も私の家を築いてきたのよ」

 私も歳をとった。今日、結婚式を挙げた若い二人のような輝きはなくても、レジェスとの生活は落ち着いた優しい輝きで私の心を満たしてくれている。


「リカルダ……」

 久しぶりに名前を呼ばれたような気がする。結婚してからレアンドロが私の名前を呼ぶ時は、自分が寂しくなった時や都合の良い時だけだと気が付いた。


 身勝手な人。それでも昔は心の底から愛していた。呪って一緒に死にたいと思ったこともあったのに。


「私は私の家に帰ります。それでは、また」

 静かに微笑んで、来た道を戻りながら歩き出す。不思議な程に未練は感じない。


「リカルダ、待ってくれ! 私の話を聞い……」

 私の肩を掴んだレアンドロの言葉が途切れた。その視線の先にはレジェスが微笑んでいる。


「リカルダ、私たちの家に帰ろう」

「ええ。レジェス。私たちの家に帰りましょう」

 差し出されたレジェスの手に手を重ねると、レアンドロの手が私の肩から離れた。


 レアンドロは王ではなくなり、王妃の務めもすべて終わった。国民の関心は新しい王と王妃に向けられ、私は忘れ去られるのみ。


 けれども、私を支え続けてくれた愛する人がそばにいてくれる。

 若い頃に望んだ幸せとは違ったけれど、この幸せはとても温かい。


 お互いの言葉を聞き、優しい笑顔で心を包み合う穏やかな幸せ。

 死ぬまで一緒に、この幸せを護りたい。

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破鏡を抱いて微睡む ヴィルヘルミナ @Wilhelmina

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