★百八十段 さぎちやうは焼き上ぐるなり

【徒然草 百八十段 原文】


 さぎちやうは、正月に打ちたる毬杖ぎちやうを、真言院しんごんゐんより神泉苑しんぜんゑんへ出して、焼き上ぐるなり。「法成就ほふじやうじゆの池にこそ」とはやすは、神泉苑の池をいふなり。




【本文】


 どんと焼きという行事を知っているだろうか?

 正月に使った門松やしめ縄などを集めてやぐらを作りそれを燃やすという、小正月の日、つまり一月の十四日、ないし十五日に行われる神事だ。地域によってはとんど焼き、どんど焼き、左義長さぎちょう、三九郎祭りなどと呼ばれるが、どれも内容は殆ど同じだ。

 ちなみにどんとは歳徳と書き、その年の福を司る歳徳神どんとさまを意味する。正月飾りを燃やす事でその年の幸せを願う、という行事なのである。


「只今より、性春のどんと焼きを開催します」


 町営のバーベキュー場でも少し遅いどんと焼きが行われようとしていた。夏は家族連れや若いグループで賑わうこのバーベキュー場も、真冬の今は怪しい男達の集団以外に客はいない。


 どうも、怪しい男達の一人です。

 メンバーは俺、中学の同級生で外科医の中村尚裕なかむらなおひろ、後輩のカエラ、安達青年、そして抄子ちゃんのお父さんの蔵野元輔さんだ。

 こないだの抄子ちゃんと行ったお洒落なカフェで尚裕の話題が出たから懐かしくなって、久し振りに尚裕に連絡をとってみた。すると、なんと来年結婚するとの事。じゃあ性春のどんと焼きをやろうとなったのである。学校でカエラに「尚裕と性春のどんと焼きをやるんだ」と言ったら「私も行くッス!」とカエラも参戦。後世に性春のどんと焼きを伝えるため、安達青年にも声を掛けた。当日になり俺の車に全員を乗せてスーパーで食材を買おうとしたら、偶然抄子ちゃんのお父さんに会って、何故かついてくる事になってしまったのだ。


「じゃあ俺から行こうか」


 革のブルゾンのジッパーを降ろし、懐から三冊のエロ本を取り出した。


 性春のどんと焼きとは、エロ本を持ち寄ってそれを火種に焼き芋を焼くという神事である。



 『徒然ww ★百八十段 さぎちやうは焼き上ぐるなり』



「教師ものが多いッスね。蔵野先生に似てる」


 俺の持ってきたエロ本を手分けして皆で破っていく。

 雑誌というのはそのままだと実に燃えにくい。なのである程度バラす必要があるのだ。性春のどんと焼きは皆でエロ本を破る事により性癖を共有する側面もある。性癖は聖域という言葉もある。性癖を知られるという事は全てをさらけ出すのと同意だ。

 

「抄子ちゃんへの情愛をこの娘たちで発散させてきたからな。今は感謝の念しかないよ。今までありがとう」


 抄子ちゃんと付き合う前の、エロ本との思い出が走馬灯の様によぎり、思わず熱いものが込み上げてくる。


「今は本物のDカップを堪能し放題ですもんね」


「そうそう、あの夢と希望が今では一人占め……ってお父さんの前で何言わせるんだよ!」


 お父さんは相変わらずムスッとした表情で黙々とエロ本を千切っていく。


 なんだこれ。


 何で恋人に似た女性ばかりを集めたエロ本をその父親がビリビリと破いてるんだ。

 

 シュール過ぎるだろ。


 程なく俺の持ってきた女教師モノのエロ本が無惨の姿になった。


 ここで昔話をしよう。

 性春のどんと焼きの始まりは中学三年の時。いつもの様に帰宅したら机の上にエロ本が置いてあった。エロ本の横に添えられたメモ用紙にはこう書いてあった。

 ――掃除しておきました、母――

 泣いた。そして抜いた。それからというもの、どれだけ知恵を絞って隠してもいつの間にか机の上にエロ本が置かれる様になった。そんな事が続いたある夜、俺はエロ本を抱えて家出をした。宛てもなく街をさ迷い歩いていると、同じ様にエロ本を抱えて途方に暮れていたクラスメイトの尚裕とバッタリ出会ったのだ。腹を空かせていた俺達はスーパーで安納芋を買い、オカンに毎日見つけられるぐらいならいっそ燃やしてしまえと川原でエロ本を焚き火にして焼き芋を焼いて食べた。これが性春のどんと焼きの始まりである。あの密芋の甘さは忘れられない。しかし、消防に申請していない焚き火は違法だ。煙を見た通行人が通報したようで警察と消防が来てこってり怒られた。だが、若い男の警察官は俺達のエロ本の話を聴くと涙ぐんでくれて、迎えに来たオカン達を逆に説教してくれたのだ。「この子達がグレたらそれは親のせいだ」と自分の事の様に怒っていた。隣にいた婦警はそんな彼を冷ややかな目で見ていた。ちなみに翌日の全校集会でエロ本で焚き火をした生徒がいると暴露され見事に俺と尚裕はグレた。


「次は俺の番かな」


 竹馬の友、尚裕が鞄から一冊の写真集を出した。


「な、中村さん! まさかこれは……まだ子供じゃないですか!」


 安達青年が驚愕し叫ぶ。


「安達君だったっけ? 見てごらんよ。子供とはいえ見事に毛も生え揃ってさ、興奮するだろ?」


 尚裕は林の様な美青年だ。その綺麗な顔を醜く歪めてニヤリと笑った。


「こんなもので興奮するなんて、あんたは人間じゃない!」


 安達が怒るのも無理はない。

 尚裕は異常性癖者だ。

 子供でしか性的興奮をしないのだ。

 正確に言うと、一才以下の仔猫でしか興奮しない。

 写真集には愛くるしくも可愛い仔猫が写っていた。頭部が大きく体が小さいというアンバランスさが堪らないらしい。

 どこに出しても恥ずかしい変態である。


「中村先輩がこんな変態さんだとは思わなかったッス」


「ああ、よく彼女が出来たな」


 聞くと、尚裕の彼女は猫の様に可愛いらしい。こねこちゃんと呼んでいるそうだ。

 

「ああ、さようなら俺の仔猫ちゃん達」


 可愛い仔猫の写真がバラバラにされていく。うなだれる尚裕ははっきり言ってキモい。


「じゃあ私ッスね」


 パーカーのお腹からカエラは大量の本を取り出した。

 大量ではあるが一冊一冊が薄い為そこまでの厚みはない。

 

「子供同然の作品を処分するのは心苦しいッスけど、仕方ないッス」


 売れ残ったエロ同人誌だった。中をパラパラとめくってみるとイケメン二人が全裸でまぐわっている。っていうか、おいカエラ。


「何で主人公の名前がウラベなんだよ!」


「え? 何か問題でも?」


 俺の訴えに首を傾げるカエラ。全然ピンと来ない、そんな顔で俺を見つめる。


「俺にそういう趣味はねえよ!」


「安心してくださいッス。次回作はみんと先輩と中村先輩のカラミになりますから。受けと攻め、どっちがいいですか?」


 どっちもゴメンだ。薄い本ならそのままでも十分燃えるだろう。破らずに無造作に投げ棄てる。


「ああっ! 私の子供達がっ!」


「次、安達。頼む」


 わめくカエラを無視して安達青年にエロ本を出すように促す。


「あ、あの、恥ずかしいんですけど、これです」


 安達青年がビニール袋から取り出したのはエロ本ではなく普通の少年漫画誌だった。巻頭にアイドルのグラビアがついてるやつ。

 確かに中学の頃は水着グラビアでいくらでも抜けたが安達青年はもう二十歳……こ、これは……!


「おっ! お手製の水玉コラージュとはやるねえ青年。さすがみんと先輩の弟子だね」


 アイドルの水着部分が黒く塗り潰されて隠され、まるで何も着ていない様に加工されていた。目の錯覚を利用した、いわゆる水玉コラージュである。

 インターネットでよく見るが、それを自作するとはさすがに俺の弟子……って誰が師匠やねん。


 皆で漫画雑誌をバラし、いよいよ最後のお父さんの番だ。

 

 お父さんは無言で一冊のエロ本を出した。至って普通の、セクシー女優などの写真が載ったエロ本だった。なんだ、熟女本とかとんでもないマニアックな本が出てくるかと思っ……ん?


「く、蔵野さん! これはどこで手に入れたんですか?」


「…………高架下」


 蔵野さんは恥ずかしそうにポツリと答える。

 

「ええっ! 蔵野先生のお父さん、高架下で拾ってきたって事ッスか?」


 カエラの質問に無言で頷く。尚裕と安達もさすがにその答えに驚いている。夜露に濡れたのだろう、よく見ると湿っていたのか、ページの多くがしわしわになっているのがわかる。


「確かに、やぶとか高架下って何故かエロ本が落ちてるんだよな」


「恥ずかしいけど、私は自分で買う勇気がなくってね。よく高架下に行って拾って来るんだ」


 拾いに行く方が勇気いるだろ。本当に恥ずかしいわ。


「あれって誰があんな所に捨てているんでしょうね」


 それは俺の兄貴だ。

 彼女にエロ本が見つかって捨てに行くのに何度か付き合った事がある。蔵野さんのエロ本にも見覚えがある。間違いなく兄貴の捨てたエロ本だ。その証拠に袋とじの破り口が手で千切った様に雑だ。はやる気持ちを抑えきれずにすぐに手で破いてしまうのだ。


 全ての下処理が終了。

 俺以外が持ってきたエロ本がどれも酷くて軽くドン引きしたが、どんと焼きはこれからが本番だ。エロ本の下にアルミホイルを巻いた安納芋を入れていく。

 

「じゃあ蔵野さん。火を着けて貰っていいですか?」


 年長者の蔵野さんに着火をお願いする。身をかがめ、チャッカマンで火を着けた。一気に火はエロ本を飲み込み、炎となって煙を上げる。

 エロ本だけじゃ火種が足りないから、薪を足してじっと待つ。

 焼き芋のコツは熾火おきびだ。熾火とは薪が白い炭の様になって炎をあげなくなった状態の事だ。この熾火に芋を埋めてじっと待つ。


「そろそろいいッスかね」


 待つこと四十分。アルミホイルを取りだし、ホクホクの焼き芋が出来ていた。

 真っ二つに割ると蜜が垂れて実に旨そうだ。

 火傷しないように慎重にかぶりつく。


「旨いな」


「ああ、旨い」


 まるでタイムマシンだ。仲間達と食べる焼き芋は家出したあの頃と同じ味がした。

 また十年後とか、二十年後とか、こんな馬鹿馬鹿しい事が友人といつまでも出来たらいいな、そう歳徳神どんとさまに願った。




【徒然草 百八十段 現代訳文


 左義長さぎちょうとは正月に毬杖げちょう(鞠を棒で打つ昔の遊び)で使った棒を真言院(平安京にあった修法の道場)から神泉苑(平安京にあった天皇の遊び場とされた庭園)へと運んで焼く行事である。

 「修法に成功した!」と囃すのは、神泉苑で昔、弘法大師が雨乞いに成功した事を称えているそうだ。




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