二百四段 犯人を笞にて打つ

【徒然草 二百四段 原文】


 犯人をしもとにて打つ時は、拷器がうきに寄せてひ附くるなり。拷器のやうも、寄する作法さはふも、今は、わきまへ知れる人なしとぞ。




【本文】



 風邪をひいてしまった。

 喉が痛く、熱も三十八度を超えていて昨日から寝込んでいる。

 マラソン大会での薄着が原因だろう。抄子ちゃんのお父さんがランニングシャツだからと自分もTシャツ短パンで走ったのがよくなかった。やっぱり見栄を張っても録な事にならない。

 三学期が始まる前には絶対に治したいが、たまには寝込むのもいいかもしれない。何せ可愛い彼女がいれば看病イベントに早変わりだ。

 抄子ちゃんに、「風邪ひいて寝込んでる」とメールしたらアパートにお粥を作りに来てくれた。もちろん食べさせて貰う。


「はい兼好君、あーん」


けんちゃん熱いのやなのー! ふーふーしてえ」


けんちゃんは甘えん坊さんね。はい、ふぅふぅ、ふぅふぅ。あーん」


「あーん。パクッ」


 バカか。


 もしもこんなバカップルのバカっぷり動画がネットにあがっていたら、全力でバッド評価を連打して更に口内炎が出来る呪いもかけておく。しかし、みっともないとわかっていてもやってしまう。人間とは簡単に快楽に溺れてしまうものだ。だって二人の愛はふーふーしても熱いままなんだもん。どうも、バカップルで~す。


 ――ピンポーン、ピンポーン――


 無粋な呼び鈴の音が響く。

 何だよ。イチャイチャしてるんだから邪魔するんじゃないよ誰だよ。


「兼好君、私出ようか?」


「いいよ。俺も風邪で対応出来ないし、居留守しよう。きっと勧誘かなんかだろうし」


 ――ピンポーン、ピンポーン――


 居留守を決め込み声を潜めるが、訪問者はなかなか帰らない。やがてプルルとスマホが鳴った。ん? オカンからだ。まさか……


「も、もしもし?」


《兼好? 風邪ひいたっていうから母さん来てあげたよ! 車あるし、いるんでしょ?》


 悲報。オカン襲来。



『徒然ww 二百四段 犯人をしもとにて打つ』



「もう、彼女来てるなら言ってくれれば母さん来なかったのに。これじゃお邪魔虫みたいじゃない」


 みたい、じゃなくて邪魔なんで帰ってください。

 最悪だ。まさかオカンと抄子ちゃんが鉢合わせるとは。


「それにしても可愛らしいお嬢さんね。お母さんの若い時にそっくり!」

 

 嘘つくなババア。帰れ。

 うちのオカンと抄子ちゃんはこれが初対面だ。軽く挨拶を交わすとオカンはダイニングの椅子に腰を下ろした。


「抄子さん、この子ったら正月も実家に帰ってこないの。電話もしてこないんだから」


 実家、と言っても昔住んでいた団地は今はなく、オカンは兄夫婦の建てた新築の家に一緒に住んでいる。だから懐かしい実家という雰囲気はなく、あまり頻繁には行かない。年が明けても連絡しなかったら痺れを切らしたオカンからメールが来た。風邪ひいて寝込んでると朝返信したのだが、まさか部屋に来るとは思わなかった。


「男の子だとそういうものかもしれませんね。私と妹は逆にまだ実家暮らしで、自立出来ていないようで恥ずかしいです」


 テンションが高いオカンと、一方緊張しているのか固い表情のマイマドンナ。


「あら、女の子だもの、結婚するまでは親御さんのそばにいてあげるのも親孝行よ。何も恥ずかしい事じゃないわ。恥ずかしいのはうちの兼好の方。今は中学校の先生なんてやってるけど、この子の中学生の頃とか本当に恥ずかしい子で、ちゃんと仕事出来ているのか不安で不安で仕方ないのよ」


「兼好君ってどんな中学生だったんですか?」


 おいやめろ。そういうのはせめて俺のいない所で話してくれ。熱で動けない俺の前ではやめてくれ。


「火を見るとね、別の人格が現れるの」


「え? 別の、人格?」


 死にたい。


「マッチの火とかガスコンロの火を目にするとなんかキザったらしい人格に切り替わるみたいでね。何て言ったっけ、黒糖のサーターアンダギーだったかな?」


 黒滅の沙羅曼陀羅だ。

 絶対神との争いに負けた暗黒の破壊神が中学生の体に封印された。それが俺の中に眠る黒滅の沙羅曼陀羅である。沙羅曼陀羅は生きたまま絶対神の操る炎に焼かれて息絶えた。火を見るとその時の戦いを思い出し、暗黒の破壊神はこの世に顕現するのだ。


「はあ、そういう設定だったんですね」


 設定とかいうな。男子はみんな心の中に破壊神を宿しているものなのだ。


「それだけじゃないわ。今みたいに病気になったりするとまた別の人格が出てきてね、けんちゃんっていう甘えん坊なの。お粥とかもフーフーしないと嫌だってごねたりするの」


「あ、それはさっき出ました」


 いっそ殺せ。マジで帰れよババア。


「大学生の時にも兼ちゃんが出てきた時があってね。あの時は長かったなあ。確かトモミちゃんっていう彼女にフラれた時で……」


「もう帰れよババア! 余計な事喋ってんじゃねーよ!」


 今カノの前で元カノの事話すとか頭腐ってんのかこのババア。あ、いかん。怒鳴ったら頭がクラクラしてきた。


「怖い怖い。聞いた抄子さん? ババアとか言うのよこの子。ホント中学生の頃から何も変わってないんだから。じゃあお母さん帰るからね! 治ったらお兄ちゃんのとこにも顔出しなさい」


 立ち上がり部屋を出ていこうとするが、何かを思い出したように振り返った。


「そうだ兼好。こんな可愛い彼女さんがいるんだからエッチなDVDいつまでも見てちゃ駄目よ。ベッドの下と、キッチンの棚の中に隠してある奴、処分しておきなさいよ」


「何でそんなこと知ってるんだよ! 出てけよ! 二度と来るな!」


「あら怖いわー。また来ます。じゃあ抄子さん、兼好の事よろしくお願いします」


 ようやく部屋を出ていった。嵐のようだったな。散々かき回してサッと帰っていった。ああダメだ、興奮したら熱が上がったかもしれない。


「ごめん抄子ちゃん。大きな声出したら風邪がひどくなったかもしれない。少し眠るよ。合鍵、持っていっていいから」


「うん、豚汁作っておくから起きたら食べて。おやすみ。あと……」


 薬も効いてきたのだろう、まぶたを閉じると気を失うように眠りに落ちていく。意識を手放す間際、微かに聞こえた抄子ちゃんの声。


「DVDは私が処分しておくから」






 目を開ける。部屋は真っ暗だった。夜になるまで眠ってしまったらしい。抄子ちゃんの姿はなく、もう帰ったようだ。

 しっかり寝たおかげか大分体も楽になった。熱も下がっている事だろう。

 空腹感のままにキッチンへ向かい、コンロの上の鍋の蓋を開ける。美味しそうな味噌の香りが漂う。抄子ちゃんが作ってくれたようだ。ありがたい、鍋を火にかける。

 コンロの火を目にし、久々に我の深淵に眠る暗黒の破壊神が覚醒する。我は黒滅の沙羅曼陀羅。輪廻の終焉を司るものなり。

 そのまま沙羅曼陀羅にこの身を任せようとしたがごみ箱が視界に入った途端、沙羅曼陀羅は引っ込み素に戻る。


「は、破壊神……」


 ごみ箱にはバッキバキに折られたエロDVDが荒々しく捨てられていた。




【徒然草 二百四段 現代訳】


 人を拷問にかけて鞭を打つのなら、拷問器具などを用いて動きを封じてから鞭を打つに限る。


 昔は拷問器具もたくさんあったようだが、今ではその使い方はもとより、どんなものだったかを知る人さえいないようだ。






 

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る