★百八十五段 双なき馬乗りなり

【徒然草 百八十五段 原文】


 城陸奥守じやうのむつのかみ泰盛やすもりは、さうなき馬乗りなりけり。馬を引き出させけるに、足を揃へてしきみをゆらりと越ゆるを見ては、「これは勇める馬なり」とて、鞍を置き換へさせけり。また、足を伸べて閾に蹴け当てぬれば、「これは鈍くして、過ちあるべし」とて、乗らざりけり。


 道を知らざらん人、かばかり恐れなんや。




【本文】


 レンタルビデオ店の最奥。そこは紳士の狩場。大人の聖域。


 AVアダルトビデオコーナー。


 時刻は夜十一時を過ぎた頃、夜の帳に紛れるように黒いスーツに身を包んだ俺はその暖簾の前でネクタイの曲がりを正した。

 AVコーナーにドレスコードなどないと諸君は思われるかもしれないが、よく考えてほしい。紳士が今宵の獲物を選ぶ狩場なのだ。マタギが銃を背負って猟をする雪山にジャージみたいな適当な格好で行ってみろ。


 死ぬぞ。


 俺はAVコーナーに正装して入る。それが大人の常識である。

 また、一人で静かに入るべきだ。仲間とワイワイはしゃぎながらなんて言語道断。考えても見ろ、雪山でキャッキャと騒いでいる光景を想像してほしい。


 死ぬぞ。


 まして、カップルで来るなんてもっての他だ。イチャイチャしながら「ねえ、今度こういう格好してみなよ」「えー、恥ずかしいよぉ……一回だけだよ?」とかほざいてみろ。


 死ね。


 ここは戦場なのだ。相応の覚悟を持って入ってほしい。


 さて、桃園の誓いを立てたのち、黒い暖簾のれんに刻まれたスリットを頭で割ってコーナー内に侵入する。

 この暖簾くぐりにも各人の性格が出る。

 一つ、片手で暖簾を上げてくぐる方法。自分が入る最低限のスペースを確保するこの方法は無難と言えるだろう。目立たず、ひっそりと。職人気質かたぎな人間に多いと言う。

 一つ、両手で完全に暖簾を上げてからくぐる方法。既に中に入っている同士へ侵入を知らせる合図にもなる。慎重派な諸兄にはこちらをおすすめする。

 そして最後に俺が愛用している、屈む事もせずに暖簾に突撃する方法。名付けて「兜割り」である。暖簾を払うなんて事はしない。その聖なる割れ目に目掛けて一直線だ。視界を確保する必要なんてない。何故なら俺の心の眼は全てを捉えているからである。


 中には同士が一人。

 決してジロジロと見てはいけない。誰だってそっとしておいて欲しいだろう。少なくとも俺はそうだ。だから俺も同士には干渉しない。黙々と獲物を物色する。

 そのつもりだった。


「あ、あの、すいません!」


 先客が声を掛けてきたのだ。


「何でしょう?」


 正直、狩場で声を掛けるなど無礼千万だが、俺も紳士。平静を装って柔らかい笑みを向ける。


「あなたのオススメを教えてください!」


 は?

 

 そんな事ある? AVコーナーで知らない人からオススメ聞かれるなんて、そんな事ある?



『徒然ww 百八十五段 双なき馬乗りなり』

 

 

 ジャージ姿の同士は見るからに俺より若く、如何にも慣れてない感じだ。真っ先に命を落とすタイプである。ポジション的にはそう、ホラー映画の序盤でシャワーを浴びている最中に襲われる女性のようなものだ。

 大体、オススメを教えてくれなんてその人の性癖をカミングアウトしてくれと言っているようなものだ。そこは踏み込んじゃいけない。そこに触れたら後はもう命のやり取りになる。

 今日は日が悪い、無視してここは出直そう。そう思いコーナーを後にしようときびすを返した。

 

「は、初めてのAVなんです! 失敗したくないんです!」


 その言葉に足を止める。

 俺が初めて見たAVは兄貴の部屋にあった人妻系の排泄物モノだった。あれは酷かった。未だに俺の心を蝕み続けている。あのような悲劇は繰り返されるべきではない。

 一つだけ、彼に質問を投げ掛ける。


「何故、レンタルビデオ屋に? 今ならネットに幾らでも転がっているでしょう?」


「ゆ、行きずりの出逢いじゃなく、真剣に向き合いたかったんです。自分から足を運びたかった。真摯な態度で臨みたかった」


 ほう、いい目をしている。

 あの日の俺も、妥協せずに勇気を出してAVコーナーに行っていれば後悔せずに済んだかもしれない。

 この若者は見所がある。数年もすれば立派な狩人になるだろう。

 今ではネットを検索すれば多くのAVがヒットする。でも俺はレンタルビデオ屋が好きなのだ。

 ネットでのAV物色は視覚と聴覚しか使わない。しかし、AVコーナーでは五感全てを刺激してくる。全身全霊を持って作品を選ぶ事が出来るのだ。ジャケットを手に取り、匂いを嗅ぎ、煽り文句一つ一つに想いを寄せる。一期一会を肌で感じることが出来る。


「わかりました、私でよければ力になりましょう。幾つか質問をさせてください」


 手伝うからには俺も全力で助けたい。カウンセリングを始める。


「失礼ですが、女性経験はお有りですか?」


 経験があるかないか。この一項は非常に重要だ。リアル系かファンタジー系かを決定付ける。

 

「すみません、女性と付き合った事もありません」


 恥ずかしそうに若者は答えるが何一つ恥じる事などない。独り身でもいい、経験がなくてもいいじゃないか。その為のレンタルビデオ屋なんだから。

 と言うのも、たまにいるのだ。「俺には可愛い彼女がいて普通にヤれるからAVなんて見ねーよww」とかわざわざAVコーナーでいうやつ。


 死ね。


 そうか。女性経験はないか。じゃあローファンタジーがいいかな。


「好みの女性のタイプはありますか?」


 ジャンルの次はヒロインの属性決めだ。というか、AVの九割は女優次第だ。


 嘘だ。女優がいくらどストライクでも結合ドッキングした瞬間に結合部ばかりを映すカメラワークは許せない。結合の瞬間は女優の表情を撮れよバカかよ。その一瞬に女の子の全てが出るんだよ。結合部を撮り続けるなんてサッカーの試合でずっとゴールだけ映してる様なもんだぞ。


「そうですね、垢抜けてなくて素朴な感じの子がいいです」


 なるほど、わかる。貧乏人がいきなり高級フランス料理なんて食べた所で、味がわからないかそれよりランクの低いものを受け付けなくなるかどちらかだ。日々のオカズなのだからフランス料理じゃなくてカレーとか牛丼でいいんだよ。とは言え、トッピング山盛り(コスプレとか)にしたり生卵(眼鏡)を乗せるぐらいのささやかな贅沢はしてもいいだろ? って誰に聞いてるんだよ俺は。


「巨乳系はどうですか?」


「あまり巨乳なのも……それに爆乳はぽっちゃりが多いですし」


 なるほど、わかる。最近の巨乳は大きすぎるからな。HとかIとか、そんな凶器で挟まれたら窒息してしまう。初心者ルーキーにいきなりベヒーモス討伐は無理だ。やはり薬草採取から慣らしていかなくてはならない。

 ぽっちゃりが嫌だとするとスレンダー体型がタイプなのだろうか。


「ロリ系がお好きとか?」


 俺は教師だからソッチ系は全く見ないが、抄子ちゃんも童顔だからな。美人より可愛い系が好きなのだ。


「あー、好きじゃないですね。くびれがないと許せません」


 なんだコイツ。あれもイヤこれもイヤと我儘な奴だな。この青年は知らないのだ、お気に入りのAVを見つけるのがどれだけ大変なのかを。俺も気が付くとAVコーナーで二時間経ってるとかザラだからな。それでも妥協するのが殆どだ。しかし、なんせ初めてのAVだ、珠玉の一本を選んであげたい。


 迷う。自分なら悩んだらショートカットヘアの単体女優もので全て解決なんだが、若者の人生がかかっている。慎重にならざるを得ない。

 参考に若者が手に持っているDVDを見せてもらう。若者の好みで選んだ物のようだ。ふむ、タイトルは何々……?


 ――ポニーテールの幼馴染みがいつの間にかナイスボディになっていた件――


 なるほど。ローファンタジーのイチャイチャラブラブ系か。一対一のオーソドックスな奴だ。女優も可愛らしく清楚な感じがする。彼に年も近そうで疑似恋愛にはピッタリだろう。


 と思うじゃん?


 俺が差し出したのは全く方向性が違う作品だった。


 ――タイムストップ! 時計の針をカチコチカチコチ。俺の長針もカッチンコッチン――


 「時間停止モノですか?」


 そう、時間が止まった世界で一人自由に動ける主人公が、次々と女の子にイタズラをしていくバリバリのハイファンタジーだ。

 女優さんたちが必死に動かないでいるのにパトカーのサイレンが聞こえてきたり、庭の犬がメッチャ吠えてたりするけどそれはご愛嬌だ。

 いわゆるライトな凌辱系だな。

 初めてのAVは優しく甘酸っぱい方がいいのではないか、そう思う人もいるかもしれない。しかし彼は女性経験がないのだ。イチャイチャラブラブは是非とも現実で自分の体でして欲しいのだ。影像じゃない、本当のリアルで女性の生の反応を感じて欲しいと切に願う。だからAVでは思いっきり非現実を楽しんで欲しいのだ。

 上から目線で申し訳ないが、若者にはその辺りも熱弁しておいた。彼もわかってくれたようで、うんうんと仕切りに頷いていた。


「ありがとうございました。何とお礼を言っていいか……。お名前を教えてくれませんか?」


「名乗るほどの者じゃありませんよ。礼など不要です」


 というか、こんな所で名乗れるか! 完全に罰ゲームやん。


「では、尊敬の念を込めてこう呼ばせてください。ありがとうAVソムリエ!」


 性欲モンスター。

 おっぱい仙人。

 そして新たにAVソムリエの称号を与えられました。ありがとうございます。


 最後に深く頭を下げて、彼はポニーテール幼馴染みのDVDだけを借りて大事そうに抱えて帰っていった。なんでやねん。結局女優の好みかい。




【徒然草 百八十五段 現代訳】


 秋田城介になった安達あだち泰盛やすもりという人は日ノ本に並ぶ者なしと言われるほどの馬乗りであった。

 厩舎から出された馬が障害物を大きく飛び越えるのを見ると、「この馬は勇ましすぎる。危険だ」と鞍を外させて他の馬に乗り替えようとした。次の馬が、逆に障害物を越えるときに脚が引っ掛かったのを見て「この馬は鈍すぎる。危険だ」と乗るのをやめたと言う。

 馬によほど精通しているものでなければこれ程に用心深くはならないだろう。やっぱり彼は無双の馬乗りなのだ。




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