百九十二段 人の詣でぬ日、よし
【徒然草 百九十二段 原文】
神・仏にも、人の
【本文】
天高く、馬肥ゆる秋。
空も雲が少なく澄み渡り、馬も飼い葉の食いがよくなり太るという、過ごしやすい秋の季節を表した故事成語だ。
この日もそんな言葉がよく似合う、雲一つない見事な秋晴れだった。
思わずノスタルジーを感じさせる夏の入道雲もいいが、俺はやっぱり秋の空が一番好きだ。どこまでも突き抜けるような空の青は自分には限界などないんじゃないかと錯覚させる。
そんな空の色に誘われるように、俺はロードバイクに跨がって山を目指した。
『徒然ww 百九十二段 人の詣でぬ日、よし』
近所にあるいつもトレーニングに使っている山の麓に到着。頂上を目指しペダルを漕ぎ始める。
この山、頂上までの距離は四キロメートルと大した事ないが、高さは実に六百五十メートルもある。平均勾配十六%超えのいわゆる「激坂」だ。自転車に乗らない人にはピンと来ないだろうが、普通の人間はおよそ登ろうとは考えないような角度だと思ってもらえばいい。
何でそんな坂を登るのかって?
ドMだからだ。
正直に言うぞ。
俺はキツいのが大好きだ。
筋トレはガリガリだったコンプレックスを払拭したくて、自転車は漫画の影響で始めたものだが、やり始めたら意外にも俺には「自分を苛め抜く」という性癖があったらしいのだ。
いや、性癖と言ったが性的なプレイとしての痛みはゴメンだ。そういう意味ではなく、自分で課した苦痛を耐えて越えていくのが結構心地よいと感じる人間だったのである。
実際そう感じる人は多いようで、ある自転車雑誌の「あなたは何故ロードバイクに乗りますか?」というアンケートの獲得票数二位の回答が「簡単に苦痛を得られるから」だった。それが社会から見れば少数派だというのはわかっているが、こういう人種もいるのだと理解してもらえれば幸いである。
普通に歩くだけでもキツそうな傾斜の坂道をゆっくりと登っていく。なるべく余力を残して無理をしないのがヒルクライムのコツだ、軽めのギアを選択し、所々ダンシングと呼ばれる立ち漕ぎを挟みながら登っていく。
この林道は山を越えてどこかへ出る為のものではなく、ただ山を登るために作られたものだ。「健康の
汗が頬をつたって、ヘルメットの紐をじっとりと濡らす。大分涼しい時期にはなったが、それでも登りはスピードが出ないから風を全く感じる事が出来ず暑い。指先で乱暴に拭って地面に向けて飛ばす。
キツい。筋肉が痛い。
段々と腰が悲鳴をあげ、腰を庇って上半身を起こすと脚に負担がかかる。
ずっと同じ姿勢だとその筋肉だけに負荷がかかるのでちょこちょこ姿勢を変えて登っていく。
そうして体全体に広がっていく痛みに耐えてひたすらペダルを回す。
すると、やがて辿り着くのだ。
登るための最適解に。
楽に登れる体の使い方へと体が勝手に順応していくのである。
さっきまでもがいていたのが嘘みたいに楽になる。
自分の息づかいと、鳥のさえずりしか聞こえない。
周りの木々達と同化しているような、そんな万能感。
悟りとでも言うのだろうか、苦痛を超えた先にあるこの感覚が忘れられなくて俺は登っているのかもしれない。
だけど大抵、体が慣れた頃に頂上についてしまうのがお約束だ。その万能感はほんの少しの間しか味わえない。
「頂上」と書かれた立て札の前で、パキンッと軽い音を立ててペダルに固定された足を外し自転車から降りる。
頂上からちょっと下りた
真っ青な空を見上げる。
頂上に来て空を見上げると、何故か毎回あいつの事を思い出してしまう。
四年前に死んだ親友の事を。
中学の同級生で、馬鹿な奴だった。だって俺の親友をやるぐらいなんだから、下品で馬鹿で、熱い男だった。
俺とアイツにしかわからない言語があるのかと思うくらいウマがあった。二人で話してると他の奴は入って来れなくて、結局いつも二人でいる事が多かった。
でもある日突然、一人でバイクに乗っていたところ急停止したトラックにぶつかって終わり。
もういない。
どこを探しても、アイツはもういない。
でも何でだろう。空に近いからか、この頂上に来るとアイツがそばにいるような気がするのだ。天国は空の上だなんて心のどこかで思っているのかもしれない。
スマホを操作して、アイツがいつも聞いていた曲を最大ボリュームで流す。
誰もいないのをいい事に俺も大きな声で独り言を呟いたりして。
「俺、彼女出来たんだよ。好きになってから二年かけてやっと告白してさ。本気っぽくて笑えるだろ?」
(笑わねーよ。おめでとさん)
そう聞こえた気がして、思わずにやけてしまう。
その内に額から流れた汗が、涙とくっついて一緒になって地面に落ちた。
「そうそう聞いてくれよ。この間学校で大失敗しちゃってさ……」
二人にしかわからない俺たちの言語でしばらく語り合う。
どこまでも高い青空は、いつまでも俺の声を吸い込んでいった。
【徒然草 百九十二段 現代訳】
神様や仏様への参拝は、他の人が誰も来ないような日や、夜の方が一人ゆっくり参拝出来てオススメである。
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