赤いりんご泥棒の恋人

雨世界

1 こっちだよ。こっち。

 赤いりんご泥棒の恋人


 プロローグ


 予告状。あなたの心を盗みます。


 本編


 こっちだよ。こっち。


 冬。十二月。始まりのころ。


「あ」

 そう言って、私の顔はりんごみたいに真っ赤になった。


 あなたとすごく近くに偶然顔を動かして、お互いの顔を見合わせて、私たちの顔は真っ赤になった。


 私とあなたの顔はお互いにすぐ数センチメートルくらいの距離にあった。

 

 それは私が落し物をしたからだった。

 りんごの絵柄のついたシャープペンシルを私は教室の机の上から落っことしてしまった。

 それを、あなたは拾ってくれようとしたのだった。


 私も自分のシャープペンシルを拾おうとしたので、その結果、私たちの顔は数センチメートルという近くの距離にまで近づいてしまったのだった。(私とあなたは教室の通り道を挟んで隣同士の席だった)


「あ、ごめん」

「ごめんなさい」


 私たちはお互いにそう言って、小さな声で誤った。(今は数学の授業中だった)


 私のりんごの絵柄のついたシャープペンシルを拾ったのは、あなただった。(少しだけあなたの机に近いほうにシャープペンシルは転がっていった)私はシャープペンシルを受け取ると、「ありがとう」と小さな声で言って、あなたに小さく笑いかけた。(あなたも小さく笑っていた)


 それから私たちはすぐに元の授業を真面目に聞く姿勢に戻って、数学の授業の続きを受けた。


 チャイムが鳴り、授業が終わると、あなたはさっきの出来事など何事もなかったかのように、教科書とノートをカバンの中に片付けて、下校をする準備を始めた。(数学の時間が今日、最後の授業だった。放課後に数学の授業は珍しいと思うけど、この時間は受験対策のような特別授業の枠であり、科目は日によって変わったりしていた

 あなたは時計を見て、それから休憩時間中に席を立ち、教室の中を歩いてドアを開けて、そのままどこかに行ってしまった。


 私はそんなあたなのことを、なんとなく、気づかれないように(たぶん、気づかれていたとは思うけど)見ながら、自分も学校から帰る準備を始めていた。


「さっきさ、あいつとなに話していたの?」

 あなたの席の隣の席に座っている私の友達が、そんな私にそう言った。

「さっきって?」私は言う。

「授業中。なにかこそこそと話してたでしょ? お互いに顔を近づけてさ」にやにやしながら友達は言う。

「別になにも話していないよ。ただ、シャーペンを拾ってもらっただけだよ」と私は言った。

「それだけ?」

「それだけだよ」


「シャーペンを落としたのは、わざと?」友達は言う。

「わざとなわけないじゃん。これ、お気に入りのペンなんだよ」そう言って、私はりんご柄のついた真っ赤なシャープペンシルを自信満々で友達に見せた。


「その割には、顔、真っ赤だったじゃん」と友達は言った。

「え?」驚いて、私は言う。

「あいつの顔も真っ赤だったよ」にっこりと笑って友達は言った。


 確かに私たちの顔は真っ赤だったと思う。(あの人の顔は真っ赤だったし、たぶん、あの熱からして、私の顔も真っ赤だったと思う)でも、それを友達に見られていたとは、……。恥ずかしい。


「恋が始まる予感がするね」友達が言った。

「そんなの始まらないよ。始まるのは受験。大学受験だよ」と私は言った。


「そうかな? 私の予感は当たるんだけどな」友達は言う。(その言葉は嘘ではなかった。友達は趣味で占いをやっていて、本当に霊感とか、特殊な能力のようなものがあるのか、あるいは影で占いのやりかたを本気で勉強しているのか、確かによく友達の予感は当たっていた。友達に「占って」と言って、恋の相談をするクラスメートもいたほどだった)


「じゃあ、久しぶりの外れだね」私は言った。

「あ、いうね。じゃあかける?」友達は言う。


「かけるって、なにを?」

「私の予感の結果。もし恋が始まったら私の勝ち。もし恋が始まらなかったら、君の勝ち」友達は言う。


「勝負結果、私たちが得たり失うものは?」私は言う。


「もし私が負けたら、……そうだな。このお気に入りの『れもんの消しゴム』を君にあげる。その代わり、もし私が勝ったら、その君のお気に入りの『りんごの絵柄の入ったシャープペンシル』を恋が実った記念として、私にちょうだい」友達は言う。


「わかった。いいよ」にっこりと笑って私は言った。

「交渉成立だね」とにっこりと笑って友達は言った。


 りんごの柄の入ったシャープペンシルは私の一番のお気に入りのペンだったのだけど、まあ、この賭けごと(本当は賭けごとはしてはいけないのだけど)は、どう見ても私の勝ちなので、それでもいいかな? と私は思った。


 私は確かにあの人のことが好きだったのだけど、私があの人に告白する勇気なんて、まったくないのだから、この賭けごとは私の勝ちに決まっていた。(残念だけど、そのれもんの消しゴムは私がもらうね、と心の中で小さく笑いながら、私は思っていた)


 でも、年が明けて、新年になり、受験が終わって(無事、私たちは志望校に合格することができた)季節は春の三月になり、私たちが高校を卒業する卒業式の日。


 私はあなたに「実は、ちょっと話があるんだ。聞いてもらってもいいかな?」と言われて、それから誰もいない教室の中であなたに恋の告白をされたことで、私は一番お気に入りのりんごの柄の入ったシャープペンシルを失うことになった。(あなたとの恋を手に入れるのと同時に)


 私の一番お気に入りのりんごの柄の入ったシャープペンシルは、今、占い好きの友達の手の中にあった。


 春。四月。桜と春風の季節。


 大学の窓の開いている大きな教室の外に咲く満開の桜の花を見ながら、ふと目についた同じ大学に進んだ、私の斜め前の席に座っている私の友達の手の中にある懐かしいりんごの柄の入ったシャープペンシルを見て、私はふと、そんなあなたと恋人同士になったふとしたきっかけを久しぶりに思い出して、一人でにっこりと、春風の中で笑ったのだった。


 赤いりんご泥棒の恋人 終わり

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赤いりんご泥棒の恋人 雨世界 @amesekai

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