1センチメートル

よこどり40マン

1センチメートル

 私、ゲームプランナーの佐々木由美(♀)は、同期の桧山凛子(♀)が大好きだ。

 ……いや、別に変な意味じゃないぞ? なんというか、そう、仲間として。一緒にゲームを創る喜び、楽しみ、そういうのを一番分かち合える仲間が、凛子なのだ。

 凛子は昔、人間関係とか難しいことですごく苦労をしていた。私は横でそれを見ていて、とても悲しく、そして、とても悔しい思いをした。だから、もしも凛子がまたつらい思いをした時は、私が絶対守ってやる……そう誓ったんだ。


「おはようございまーす」

 私が出社すると、やる気のある後輩たちはもう既にデスクに座り、新作ゲームの企画書とパソコンとを交互ににらめっこしている。

「おはようございます! 佐々木さん!」

 元気いっぱいの後輩たちが、次々と朝の挨拶を向けてきた。しかし、後輩たちに適当に返事をする私の心と視線は、もうすでにあるデスクに集中している。


 私の席の後ろ。仕事中はその姿を視界に置けないのがもどかしいけれど。


「……おはよ。凛子」

 私の声に、そのふわっとした寝グセ知らずの綺麗な髪が呼応する。

「あら、ユミちゃん。おはよう」

 振り返った瞬間、その大きな瞳が私を捉えて離さない。この顔を見るたびに、私は今日一日の仕事を頑張ろうって気持ちになれるんだ。


「ユミちゃん、どうしたの? なんだか嬉しそうな顔」

「へ? あ、いや、なんでもないよ、はは」

 ふぅ、あぶないあぶない。凛子ってば、勘だけは妙に働くから油断ならないんだよね。私の恥ずかしい思いがバレるところだった……。


「……ねぇ、ユミちゃん」

 ふと、目の前には大きな瞳。ぼーっとしていた私は、思わずのけぞりそうになる。

「何? 凛子」

「あのね、今日のお昼休みなんだけど。うちで開発中のVRゲームの試作品、ちょっと遊んでみない?」

「VRの試作を……? 私に?」


 そう言われて私はふと思い出す。確か、うちの会社でもう一つソフトを作ってるって話は聞いていた。でも、どのメンバーが何を担当しているとかは知らない。っていうか、今こうやって話を振られてやっと存在を思い出すなんて、どんだけ影が薄いんだよそのプロジェクト……。


「別にいいけど……てか、凛子ってそのVRの開発メンバーだったの?」

 私が訊くと、凛子は「ふふふ」と意味ありげな笑みをこぼす。ちくしょう、いちいちカワイイな。

「実は、企画でちょっと顔を出しててね。じゃ、お昼休み会議室でテストよ。ユミちゃんがプレイヤー第一号なんだから」

 嬉しそうに白い歯を見せる凛子。どんな歯磨き粉を使っているのか、その歯には全く持って汚れなんていうものはない。まるで真珠だ。

「わかった。んじゃ、お昼にね」

「うん。……楽しみにしててね」

 デスクに座る直前に凛子が見せた微笑み。いつもと変わらない天使の笑顔。

 だけど、なんでだろう。少しだけ、ほんの少しだけ、その口元に刺すような冷たい感じを覚えたのは。


 ……ま、いっか。私は凛子がそばにいるだけで幸せなんだから。

 そして私はいつも通り、自分のタスクを片付けることに集中していった。



 お昼休み。

 私と凛子は会社近くにあるうどん屋でランチをとることに。本当はパスタとか食べたかったんだけど、凛子がどうしてもって言うから従う。そんなに気になる新メニューでも登場したのかな、と思ったけど、そうでもないらしい。


「え? 凛子、たったそれだけでいいの?」

 凛子が頼んだのは新メニューでも珍しいうどんでもない、ただの「かけうどん」。しかも、子供が食べるような小サイズのだ。

「うん。今日はちょっとだけにしときたいの」

「ダメだぞ〜ちゃんと食べないと。夕方ぐらいにエネルギー切れになりそう」

 茶化す私に、凛子は相変わらずの天使スマイルで答える。まぁ、おおかたダイエットとかだろうな。そんなことしなくても、凛子は十分痩せてるし、かわいいのに……。


「ごちそうさま」

 私が天ぷらうどんを半分もすすってないうちに、凛子はかけうどんを完食。じーっと、私の食べるところを見つめてくる。うぅ、他人に食事見られるの、実はちょっぴり苦手……。

「ふぅ、ごちそうさま」

 私もやっと天ぷらうどんを片付け、凛子との短いランチデートは終了。会社に戻ると、私と凛子はさっそくそのVRをテストするため、二人きりで会議室に向かう。


「あれ、二人だけ? 他のメンバーは?」

「みんなはちょっと忙しいみたいで……。1回目のテストはユミちゃんに感想をもらえたら、まずはOKだから」

 会議室に入ると、中央の長机にはVRのキットがすでに準備されていた。近くには企画書が置いてあり、私はそこで初めてそのゲームの名前が「ミクロ」であるということを知る。

「へ〜、虫みたいにちっちゃくなって人間の家を冒険するアクションゲームか。面白そうじゃん」

 私もいろんなアクションゲームをやってきたけど、サイズものは初めてだ。

「じゃ、さっそく始めるわよ。ユミちゃん、これをかぶって……」

 凛子は丁寧な手つきで私の頭に専用ゴーグルをかけてくれた。最初は真っ暗な視界。それがだんだんと薄ぼんやりした世界に変わっていく。光が満ち、やがて私の目の前にその風景はハッキリと姿を表した。


「おぉ、これは……」


 広大すぎる白い大地。上を向くと、天高くそびえる銀色の塔のようなものが。それが机の脚だと気付くのにはしばらくかかった。灰色をしたバスケットボールぐらいの綿飴みたいな塊が、足元にコロコロと寄り添う。たぶんこれ、ホコリだ。近くに落ちていた誰かの髪の毛は、私の身長の何倍もの長さがある。


 私、マジで小さくなったんだ……。


「いや、これゲームだし。ていうか、超リアルだな」

 周りをキョロキョロと見渡すと、ピンク色の巨大な岩があるのに気付く。でもそれは岩なんかじゃない。うーん、どこかで見たような……。


「ユミちゃん、上」


 頭上から降ってきた、スピーカーで響かせたかのような凛子の声。上を向くと、そこには小さくなった私を見下ろす大巨人の笑みが浮かんでいた。このピンク色の岩は、凛子が今日履いてきたパンプスか!


「凛子、でかい……。ていうか、なんでVR空間に凛子がいるの?」

「ふふふ、すごいでしょう? 今のユミちゃん、本当に虫みたい。大きさ的には、そうねぇ……1センチぐらいかしら」

「いっせんち!? 思ったより縮む設定なんだね」

 私が驚いていると、凛子はまた笑みをつくる。テストは成功、って感じなのかな? 凛子がこうやってゲームを作って幸せそうな顔をするのは、私にとっては自分のことのように嬉しい。この顔が見られただけで、週末まで乗り切れる自信がむくむくと湧いてくるよ。


「凛子、このゲームほんとすごいよ。リアルさが半端ない。自分が実際に縮められて虫になったみたいでさ。これは売れるね。保証する」

「ありがと、ユミちゃん。じゃあ、そろそろ……」

 お、もうテスト終わりか。もうちょっとアクションとか試してみたかったんだけど、まぁ向こうの開発の都合もあるしな。いつまでも借りて遊んでるわけにもいかないし。

「うん、わかった。ゴーグル外すね」

 私は自分の頭に装着している「はず」のゴーグルに手をかける。


 でも、それはどこにもなく。


「あ、あれ? ゴーグルがない? いつの間に外したんだろ……。ねぇ、凛子」

 私は凛子がいるはずの方を振り向く。


 そこには、広大な白い大地が横たわっていた。灰色の綿飴、いや、ホコリの塊が変わらずそこに転がっている。


「……え? これ、まさか」


 いやな予感がした私は、視線を恐る恐る上に向けていく。


「どう? ユミちゃん。本当に虫サイズになった気分は?」


 さっきと違って、今度はしゃがみ込んで私を覗いていたけど、それはまぎれもない、凛子の顔だった。私の何十倍、いや、何百倍の大きさの顔。同じ笑みでも、今は背中が凍りつくような冷たい感情が張り付いている。


 口が、うまく動かない。何かを言おうとしても理解が追いつかない。

 何? 何? 私、マジで縮んだっていうの?


「えいっ♪」


 腰を抜かした私に、2本の巨大な指が迫ってくる。大木の幹ほどもあるそれに、私はなすすべもなく捕まってしまった。信じられないほどの圧力が胸と背中を襲い、私はすぐに呼吸を奪われる。


「あ……が……く、るしいよ……凛子っ……」


 肺を圧迫され、かすれた息しか吐けない。もう少しで肋骨が折れそうだ。なんで、なんでだよ、凛子。なんでこんな……助けて、やめて!


「ふふ、ごめんねユミちゃん」

 苦しさが限界にきたところで、凛子は私の体を床すれすれに持ってきて、そのまま指を離す。凛子にとってはたったの数センチ。でも、今の私にとってそれは身体を痛めるのに十分な高さだった。

「うぐっ……」

 私は「数メートル」上から落下し、思い切り身体を床に打ちつける。凛子の指に挟まれていた時より、もっとひどい痛みが全身を走った。まるで傷つけられた芋虫のごとく、私はその場で激しくのたうち回る。


「きゃー、虫のユミちゃん、かわいい〜」


 凛子は相変わらずの笑みで、何か珍しい生き物でも発見した子供のようにはしゃぐ。

「凛子…………」

 震える脚で何とか起き上がった私は、絶望の眼差しで凛子を見上げる。顔に、背中に、あぶら汗がじんわりとにじみ、だんだん吐き気までこみ上げてきた。


「この前ね」


 ふいに、凛子がいつもの優しい声色でゆっくりと語り始める。

「いつも通る帰り道に、見かけない占い師さんがいたの。雰囲気がちょっと怪しくて、最初は通り過ぎようとしたけど、なんとなく興味わいちゃって。占ってもらおうかな、って思って。でね、その人に私とユミちゃんの、二人の仲を見てもらったの」

 頬を少し赤らめて話す凛子。このサイズじゃなかったら最高にかわいい瞬間なのに……。

「そしたらね……これをくれたの」

 そう言って凛子は、机の上に置いてあるゴーグルを手に取る。

「装着した人を縮めて、自分のペットにしちゃう素敵な機械よ」

「ペ、ペットって……」


 私は凛子が何を言っているのか、正直わからなかった。いや、わかりたくなかった。人を縮める機械なんて信じたくないけど、自分の身に降りかかっている現実が、いやでもそれを本当のことだと認識させてくる。


 一度は引いていた痛みと吐き気がぶり返してきた。胃袋から食道へ、さっき食べた天ぷらうどんが逆流し、思わず膝からくずおれた私は、戻ってきた汚物を床へと盛大にぶちまけてしまった。肩で息をする私を見てクスクスと笑う凛子。一体何がおかしいのか、全く理解できない。

 うどんも胃液も吐けるだけ吐いて少し落ち着いてきた私は、再び凛子の顔を見上げて口を開く。

「ねぇ、凛子! これ、悪い冗談だよ? だって、下手したら死んじゃう……」

 喉を枯らして悲痛な叫びをぶつけたちょうどその時。


 がちゃ。


 と、ドアが開く音。


(誰か来た!? 助かるかも!)

 一縷の望みを抱き、ドアの方に振り返る。


「あの……凛子さん?」

 覗き込むようにおずおずと入室してきたのは、後輩の女性社員だった。

「あら? 何かしら」

 冷たい笑みから、いつも見せている温かい笑みに変わる凛子の顔。立ち上がると、東京タワーぐらいあるのではないかというほど、その身体はあまりにも巨大だ。

「えっと、進行の事でちょっと、お話があって……」

 そう言いながら近づいてくる後輩。ずしん、ずしん、と身がすくむような地響きを鳴らして、ブーツが迫る。


 あ、危ないっ……!


 しかし、後輩は私より一歩ぶん離れたところで立ち止まり、すんでのところで踏み潰されずに済んだ。もしも、彼女があと少し足を踏み出していたら……。少し想像しただけで背筋がぞっとした。


 二つのブーツはまるで二隻の戦艦が並んでいるようで、後ろにはピンクの巨大な岩もあるし、次々とやってくる非現実的な状況に脳みそが混乱して追いつかず、私はなぜかその場で笑い出しそうになってしまう。

「分かったわ。今ちょっと片付けてるから、もう少ししたら行くわね」

「お願いします……」

 後輩は軽く頭を下げて、きびすを返す。


 待って、私、ここにいるよ! 気づいて、お願い!


 人生の中で一番叫んだのではないかというくらい叫んだ。声帯が壊れてもいい、助けが届けば、今はそれで……。


 ずしん、ずしん、ずしん。


 巨大戦艦は一度も振り返ることなく、ものすごいスピードで私から遠ざかっていく。

 ドアが閉まるその瞬間まで、私は喉が動く限り叫び続けた。生きるために、必死でもがいた。


 がちゃ。


 無情にも、ドアはためらいも見せずに閉められる。


 一瞬の静寂。


 そして、


「……は、ははは」


 意思に反して口元が緩む。その後はもう、堰を切ったようだった。


「ははっ、はははっ、あっはははははははははははははははははははは!!」


 ギリギリで保っていた糸が、ぷつんと切れた。

 涙と鼻水、そして笑い声。とても見せられた顔じゃないだろうな。

 こんな顔、凛子には見られたくないなぁ。

「うふふ……泣いて笑ってるユミちゃんも、かわいいわぁ……」

 しかし、そんな私の願いも届かず、恍惚の笑みを浮かべた凛子が光を遮り真上からこちらを見下ろしてくる。ニタリと歪んだ唇の端から、一滴のよだれが水飴のように糸を引いて垂れる。それが私の目と鼻の先にボチャッと落下して、大きな塊を作り上げた。このサイズで見る唾液の塊は蛍光灯の光を浴びてキラキラと輝き、ともすれば前衛的な美術作品かと見間違いそうだ。


「じゃあ、ユミちゃん。お楽しみの時間よ」


 冷たい声色が降りそそぎ、そのまま抵抗する余裕も与えられず、私はまた凛子の指に挟まれて一気に上空へと持っていかれる。指の隙間から見える床は遠い。もしこのまま凛子が指を離したら……想像しただけで頭から血の気が引いた。


 というか、これから一体何をするつもりなんだろう? 私をつまんだまま、大きな瞳でじーっと見つめて……。


 口元に持っていって……あ、口が開いた。


 え。


 まさか。


「あー、ん♪」


 私は一瞬、空中に放り出される感覚を覚える。そしてすぐ、何か柔らかくて湿ったマットの上に預けられた。

 むわっとしたイヤな空気が顔に張り付く。光の漏れる方向には、上下に白い岩が規則正しく並んでいる。

 それが歯だということはすぐに分かった。私が乗っかっている湿ったマットの正体は、舌だ。


 つまり、私は今、凛子の口の中に閉じ込められているということになる。


 信じたくなかった。悪い夢であってほしい。どうか、お願い……。

 しかし、そんな思いをかき消すかのように、私の体は凛子の舌に弾かれ、無情にも喉の方へとズルズル流されていく。

 飲み込まれる直前、私は大好きな人の名前を叫んだ。その声が届いていたかどうかは、分からない。


 ごくん。


 絶望の音が鳴り、私の視界は暗闇に閉ざされた。





 目を覚ましたのは足元に走った鋭い痛みによってだった。

「痛っ……たい」

 眉間にしわを寄せながら起き上がると、薄ぼんやりとした広い空間が認識できた。足の痛みは、どうやらくじいてしまったことが原因らしい。

 そして、


「う!? く、臭い!」


 鼻の奥からねじ曲げられるかと思うほどの、強烈な悪臭に襲われる。その臭いに、私は心当たりがあった。


 あれはまだ新人だった頃……。周りの空気についていけてなかった時代。半ば強制的に参加させられた飲み会での記憶。苦手な先輩に強い酒を強要されて、我慢できずにトイレに駆け込んで、涙と一緒に吐き出したもの。


「……ゲロっぽい、ニオイ」


 この空間が何なのか、その謎はすぐに解ける。

 ここは凛子の、胃袋の中だ……。吐く前のモノが溜まってるんだから、こんなニオイが充満しているのも納得できる。


 体の中なのになぜぼんやりと明るいのかは分からない。もしかして、これはゲームの続きなのだろうか。そうだったら、今すぐこの恐怖から解放してほしい。

 ぶよぶよした壁につかまりながら視線を下の方に移す。胃の底のほうには黄色く濁った液体が溜まっていた。あれは多分、胃酸だ。そしてその中には無数の白い物体がプカプカと浮いている。


「あれ、もしかして……うどん?」


 噛みちぎられて細かくなってはいたけど、よく見たら確かに麺のようにも見える。麺の周りにはボコボコと小さな泡が立って、急ピッチで消化が進んでいるのが分かった。


『今日はちょっとだけにしときたいの』


 さっきうどん屋で凛子と交わした会話が頭によみがえる。その言葉通り、凛子の胃の中はうどん以外のモノは入っていない。


『お楽しみの時間よ』


 これもさっきの、凛子の言葉。

 まさか、凛子は……この、恐怖と絶望の光景を私によく見せたくて、わざとお昼を少なくした?

 からっぽだと胃酸もあまり出ないから、少しだけ食べるようにして、それが消化される様を私に見せつけて……。


「凛子………………」


 すべてがウソだと思いたかった。涙がまた、一気に溢れ出る。私は頭を思いきりグーで、何度も、何度も、叩いた。夢であってほしい、お願いだから……。

 でも、そんな希望は絶えず鼻に流れ込んでくる悪臭と、このジメッとした気持ち悪い空気が、これは現実だと訴えかけてくることで霧散する。

 胃袋がうごめき、胃酸が分泌されていく。それが波打ちながら上昇し、ついに私の足首が胃酸の中に浸かってしまった。


「っ! あ、痛い、痛いぃぃぃぃ!」


 くじいた側とは反対の足に、激痛が走る。じゅう、と音を立てて、つま先が泡を吹いた。

 見やると、親指の先がドロドロにただれている。私が思っていた以上に、消化の力は強いみたいだ。


「やだ、やだ……いやだよ、凛子、凛子! 助けて! こんな、死に方……いやああああああ!!」


 腕を必死に動かして胃壁を登ろうとするけど、生きたいと思う意志より、激痛に我慢できない方が勝ってしまっていた。ずるずる、と私の体は胃酸の海に向かって滑り落ちていく……。


 そして。


「あっ」


 ぼちゃん、と音が聞こえた瞬間には、もう視界は黄色く濁った液体とドロドロに溶かされた固体で埋め尽くされていた。


 じゅわああああ、と皮膚が猛烈な勢いで溶かされていく音が聞こえる。胃酸の中で必死でもがいた手が何かをつかんだ。それは濡らした粘土のように、ぐにゃりと潰れた。これは多分、うどんの欠片かな。もうだいぶ消化されて、形を保っていないんだ。


 そしてそれが、私の数分後の姿……。


 いつの間にか、腕がほとんど骨だけになっている。わずかに残っている肉も、じきに無くなるだろう。もう、痛みも全く感じない。


 ほどなくして口から大量の血が吐き出された。内臓も全部、胃酸で傷ついてしまったらしい。


 凛子……私、凛子のこと、大好きだったよ。


 もっと、もっと、その優しい声、聞きたかったよ。


 いつかまた、

 凛子と、一緒に



 楽し い、




 ゲー、 ム、  を、





 つ く  っ て……………………。









「ユミちゃん」


 まぶたを開けると、いつも見ていた温かな眼差しが私を見下ろしていた。

「凛子……?」

 私は上半身を起こす。そこはいつもの会議室。さっきまで私が小さくなって立っていた場所。

 どういうわけか、私は床に倒れて眠っていたらしい。


「これは、一体?」

「ユミちゃんてば、ゴーグルを取ったと思ったら、そのままフラっと倒れちゃったのよ。私、すごく心配したんだから」

 凛子が瞳を少し涙目っぽくしながら説明してくれた。私は弾かれるように自分の腕を見やる。


 ……溶けてない。もちろん、痛みも全くない。


「そっか……あれはやっぱり」

 夢、だったのかな。そうだと分かった瞬間、安堵と疲れがどっと押し寄せてきて、私は思わず凛子の肩に身を預けた。やっぱり、そうだよね。凛子があんなことするわけない。だって、こんなに天使で、優しいんだからな。


「ふふ、ユミちゃん……」


 凛子が私の耳元へ、吐息がかかるほどの距離まで顔を近づけてくる。


 そして、いつもと変わらない、あの柔らかな口調でささやいた。




「……何度でもコンティニューしてあげるから、ね」



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