最後の殺人

 フォンテーンはもう十分だと思っていた。あとは南アフリカへと高跳びするだけだ。だが、逃れることのできない過去が彼の運命を永遠に狂わせた。


 フォンテーンには仲の悪い、年の離れた弟がいた。名をドナルド・ホールと言い、兄同様に悪党でつい最近まで服役していたのだが、たまたまこの頃出所して、兄に連絡を取ってきたのである。


 フォンテーンは、南アフリカ行きの前の最後の駄賃に、この気に入らない弟を始末してから英国を去ることに決めた。もう殺人に手を染めることには慣れ切っていた。


 ドナルドは兄とその仲間がやたらと羽振りがいいのを見て取り、これは何かでかいヤマを踏んだ後なのだとすぐに当たりを付けた。それは間違いではなかったが、だがその事実をフォンテーン自身に指摘することは致命的な間違いであった。


 キトーとフォンテーンは、ドナルドに「仲間に入れてやるから、しばらく大人しくしていろ」と囁きかけ、クロロホルム入りの脱脂綿をその口に押し当てた。窒息死するまで。


 そして、いつものように車のトランクに死体を入れ、またその捨て場所を物色しに行った。だが、スコットランドのノースベリックにあるブレナム・アームズ・ホテルに泊まったことが、彼らのつまづきのもととなった。


 たまたま、そのホテルの支配人は猜疑心の強い人物であった。彼はフォンテーンの乗ってきた車のナンバープレートと道路税支払済証のステッカーのナンバーが一致しない事実を突き止め、即座に警察に通報した。


 二人はホテルの中で逮捕され、そして駐車場の車のトランクには、ドナルドの死体がそのままになっていた。


 危機的状況を悟ったフォンテーンは警察署から脱走を試み、タクシーでエジンバラまで逃れようとした。だが、タクシーは検問に引っかかった。そして彼が警察署に逆戻りしたとき、キトーは彼らの犯行の全容を既に自白した後だった。


 四件の殺人について有罪の判決を受け、英国における当時の最高刑である仮釈放なしの終身刑を言い渡されたロイ・フォンテーン、いやアーチボルド・ホールはその後二十余年の歳月を獄中で過ごし、2002年、78歳のとき死んだ。


 ある人は言う。ロイ・フォンテーンは決して「本物の執事」ではなかったが、伝統の仮面を纏い、格式を演じることができるその才能は、まさに真の意味で「英国執事の鑑」と言うべきものであったと。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

殺人執事ロイ・フォンテーン きょうじゅ @Fake_Proffesor

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ