第3話 正しい局の育て方

「いいこと、忍さん。校内のパトロールは少しでいいから変装して。いつもうろうろしている人って覚えられないように。局の存在は秘密よ。はい、これ私のスペアの変装用のメガネ。あげるわ。」


「えっ、先輩のメガネを頂けるなんて!嬉しいです。」


「百均の老眼鏡のレンズを取った安物よ。あなたがいると、一人で歩くバージョンと二人で歩くバージョンができて助かるわ。忍さんはポニーテールだけど、他学年のところは違う髪型で歩いて。ちょっと結ってみるわね。」


「せっ先輩に髪を結ってもらうなんて……あああ、幸せ。」


「ツインテールもいいわ。じゃあ一緒にパトロールコースを歩いてみましょう。」


「あ、あの仲良しみたいに腕を組んで歩いてもいいですか?」


「いいアイディアね。」


 局になることを承諾して一週間、放課後に局の指導があるので部活は休んで局の役割を教えてもらうことになった。

 先輩と親しくできると思って局になるのを引き受けたけど、なんか幸せなことばかりなんですけど。いいのかな。どうしても顔が笑み崩れてしまう。

 トイレや音楽室、生物室などもくまなく歩き回った。

 更衣室の近くまで来たとき突然、先輩が私を壁ドンする。表情が真剣で怖い。


「えっ、せ、せ、先輩、あの私、先輩となら…」


 先輩は左手で私の右手をつかんで壁に抑え込んだ。

 心の準備は出来てないけど、ラッキー!


「しっ!更衣室の中から音がするわ。ちょっと静かにしてて。」


 右手で素早くスマホを操作して、私の頭で隠すようにする。


「春日、すぐ来て。第一更衣室よ。」


 あっという間に鍵の束を持った春日先輩がが現れた。

 送れること数十秒、大奥のメンバーが揃い、更衣室に突入する。

 更衣室の中では十人くらいの生徒がなにやら作業をしていた。


「生徒会です。あなたたち、ここで何をしていましたか。」


「しまった、春日局!」


「……担任の誕生日サプライズパーティーの準備です…。」


「調べれば本当か嘘かすぐにわかります。嘘だった場合はただでは済みませんよ。」


「もうこの時点でサプライズパーティーは失敗です。言い出したのはクラス委員長の私。罪は私だけでお願いします。」


「春日局、担任の誕生日は明後日で、本当のようです。このクラスに問題はありません。」


 副会長がスマホと生徒会ファイルであっという間に調べ上げる。


「わかりました。この件は内緒にしておきます。生徒会、撤収。」


「えっ内緒にしていただけるんですか。」


「ふふ、生徒会は生徒の味方よ。」



「はあ~すごいですね。でも事件じゃなくて残念…って言っちゃいけませんね。」


「こういうのでもいいのよ。あやしい動きがあれば、生徒会がすぐに駆け付けるって知れ渡るでしょ。本当はもう少し時間をかけて調べてから報告するけれど、場所が更衣室だったから…たちの悪い事件だと取り返しがつかなくなるからね。」


「なるほどー。」


「忍さん、いきなり乱暴なことしちゃってごめんなさいね。今日はもう遅いわ、ご苦労様。途中までだけど、家まで送ってあげる。」


 もうなんか、いいことしかないじゃない。

 先輩と親しくして、局について教えてもらい、壁ドンして家まで送ってもらうなんて。忍、前世でどんないいことをしてきたのかしら。

 明日からもどんないいことが待っているのかしら。



 先輩には結局家の前まで送ってもらった。


「先輩、ありがとうございました。明日からも頑張りますから、あの、その、キ、キ、」


「キ? ああ、わかったわ。」


 先輩はにっこり笑って私に一歩近づく。


「はい、これ。」


 先輩が差し出してきた手に握っているのはイルカのキーホルダー。


「……ありがとうございます。」


 昨日までの私なら飛び上がって喜んでいたのに今は脱力感しかない。

 贅沢には人間ってすぐ慣れちゃうものね。

 まあ初めからすべてを望んではいけない。

 そこへ先輩と二人きりの世界に忌々しいやつが割り込んできやがった。


「忍、家の前で何やっているんだ?」


「先輩、私の兄です。大学二年生なんです。お兄ちゃん、私の部活の先輩。」


「忍がいつもお世話になってます。」


「こちらこそ。」


 ――ああ、神様どうして――じっと見つめ合う先輩とお兄ちゃん。

 薄暗くてわからないがきっと二人とも顔を赤くして、はにかんでいるのだろう。


「あの、もう暗くて女の子の一人歩きは危ないですから僕が送っていきます。妹を送ってもらった方が不審者に狙われたら大変だ。車出すから待ってて。」


「すみません、お言葉に甘えちゃおうかな。」


 わぁん、お兄ちゃんに先輩を取られたぁ~。

 酷い、神様、私が何をしたっていうの。


 案の定、次の日ウキウキした先輩の一言で私の野望は崩れ去ったことを知る。


「忍さんが局になってくれてよかったわ。うふふ。」


「先輩、お兄ちゃんと仲良くなるおまじないしますか?」


「うーん、もう必要ないかな、ふふ。」


 お兄ちゃん、先輩をゲットするの早すぎっ!

 こうなったら局の中の局になって、生徒間トラブルを全て摘発して抹殺してくれるわ!



「局、塚本忍さんってとても優秀よ。バスケ部の朝練時間こっそり三十分早めにやってた件とか二年B組の掃除当番ズル事件とか次々と成果を上げているわ。」


「春日の目の付け所がよかったのよ。次世代に上手く渡していけそうで安心ね。」


「こっちも副会長が仕上がったし、引退まであと少し、頑張りましょう。」


 今日も私の通う私立のお嬢様高校は平和な一日が終わる。

 春日局率いる大奥の活躍によって。


      おわり。

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春日と局 清泉 四季 @ackjm

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