第2話 あなたは光、私は影


 春日は生徒会長、わたしは一般生徒。

 別にそれでもいいとずっと思っていた。春日の役に立てるのなら。

 女子のグループトラブルや派閥争いを誰にも知られずに春日に注進したのは私。

 誰にも知られていなかったはずなのに――。


「ちょっと局、聞いてる?」


「ごめんなさい、何だったかしら。」


「だから料理部のその後よ。」


「今のところは大人しくしているようです。」


「……以上かしら。他に何か心配事とかない?」


「ええ、大丈夫よ、春日。」


 副会長、書記、会計の大奥メンバーに指示を出し始めた春日から目を逸らして、私はひっそりと生徒会室を後にする。


 春日には言えなかったが、ここ最近私は問題を抱えていた。

 初めは気のせいかと思えるくらい些細ささいな出来事で、次第に確信に変わっていく。


 ――私、誰かに嫌がらせをされている。局であるこの私が――


 初めは筆箱の中の使いかけの消しゴムと、短いけどお気に入りの鉛筆がなくなったこと。落としてなくすことはよくあることなのであまり気にしなかった。

 だけど、教室では誰かに見られている視線をしょっちゅう感じ、カバンにつけていたイルカのキーホルダーもいつのまにかなくなっていた。

 図書委員会で私がいつも使っていたクマちゃんのクリアファイルがなくなって、すぐ見つかったけど中身が全然違う透明のクリアファイルの中に挟んであった。

 そういえばソフトボール部の練習メニューのメモ書きもなくなっていた。覚えていたからいいけど……。


 私は局なのに誰にやられているのか全く心当たりがないし、証拠もつかめない。

 これ以上、上履きがなくなったり、教科書かノートがゴミ箱の中で発見されたりしたら恥を忍んで春日に助けてもらうしかない。

 その前に誰か助けて!


「先輩、こんな廊下の隅っこで、何を祈っているんですか?」


 ソフトボール部の後輩の、塚本つかもとしのぶさんが少し驚いたように声を掛けてきた。


「あ、あら別に何もしてないわよ。」


「部活始まりますよ。あ、先輩、制服の襟に髪がついています。」


 忍さんは自然な動作で私の髪を取って、私から離れていく。


「ありがとう。」


 私は何気なく彼女の方に振り向き、茫然自失となった。

 だって私、彼女が私の髪をハンカチに挟んでスカートのポケットにしまい込んだのを確かに見たんだもの!!


 私、忍さんに呪われている……。

 ほら、誰かを呪う時、その人の爪か髪が必要っていうじゃない!

 でも、どうして、何でよ。忍さんのことは後輩の中でもわりと可愛がっていたし、慕われていると思っていたのに。迷惑だったの?あああ、私、他人のことばかり見ていて、自分が他人にどう思われていたいたかなんて、これっぼっちもわかっていなかったのね。


 ――局失格だわ。春日に言って辞めさせてもらおう。

 そして呪われる前に助けてもらわなくては。呪いのせいか、もう胸が痛い。


 翌日、生徒会室に春日を訪ねようとしたときに、春日から呼び出しを受けた。

 ちょうどいい、局をやめて春日に相談しよう。

 生徒会室に入ると、大奥のメンバーが勢ぞろいして、その前に一般生徒が三人立っている。三人とも、悪事がバレたといった顔でおびえていたが、その顔触れを見て私は嫌な予感がした。

 ああ気持ちが悪い。きっと呪いが私の体を蝕んできたのね。


 クラスメートで、私と目が合うとすぐに目を逸らす蛍池さん。

 図書委員の後輩で、いつも仕事を組んでやっている桜島さん。

 そしてソフトボール部の後輩、塚本忍さん。


「三人とも、あなたに謝罪したいそうよ。」


 春日が言うと、三人は我先に話し出す。


「ごめんなさい、あなたと同じキーホルダーが欲しくて。手に入ったから、新しい方をつけておこうとしていたのよ。」


「先輩のクリアファイルが欲しかったんです。あと、先輩が借りた本、返した後にすぐに借りてました!ハンカチもくすねていましたっ!」


「部活のメモ書きは私です。直筆が欲しくて。あと、擦りむいたときに先輩からもらった絆創膏使わずにしまい込んでいました。タオルも、あの。」


「まあ、ハンカチやタオルをくすねたなんて、ずるいわ!私だって欲しいのに!」


「なによ、図書室でいつも先輩にへばりついていたくせに、知ってるのよっ!」


「新しいキーホルダーじゃなくて古い方を返しなさいよっ!それ、私も狙ってたのよっ!」


 なんか気がつかないうちに、タオルやハンカチまで失くしていたのか。


「あの、消しゴムと鉛筆は?」


 三人は知らないという風に首を振る。春日が何かに気がついたような顔をした。


「あら、大切なものだったの?私がこの前あなたの筆箱から借りて、生徒会室に置きっぱなしにしていたわ。ごめんなさい。はい、これ。返したわよ。」


 春日ぁ~言ってよう。

 消しゴムと鉛筆のこともだけど、私を助けようとしていたこと。

 しかし、どうして私が好かれているのかしら。

 大奥メンバーの方がずっと美人なのに。


「物静かでミステリアスな雰囲気が素敵で。」


「いつも優しくて後輩のこと気にしてくださって。」


「落ち着いた大人の女性っぽいところがなんとも言えないんです。」


 ……三人ともちょっと変わった趣味ね。私は地味な、春日の陰に過ぎないのに。


「ファンクラブのように組織だっていればすぐにわかるけど、個人的に三人バラバラで動いていたから大奥のメンバーでもつかみようがなくてね。それに、あなたが使えなくて人手不足だったわ。ともかく嫌がらせではなくてよかったわね。」


 ニッコリと微笑む春日。私のことを気にしてくれてありがとう。

 消しゴムと鉛筆のことはこれに免じて許してあげる。


「蛍池さんも桜島さんも忍さんも、みんなお友達だと思っているわ。これからは普通に話しかけて。」


 こうして私の悩みは春日率いる大奥メンバーによってあっさり解決した。

 本当に春日って有能ね。


「蛍池さんと桜島さんは帰って結構よ。塚本忍さん、少し話があるから残ってちょうだい。」


 生徒会室に大奥メンバーと私、忍さんの六人しかいなくなると、春日はおもむろに口を開いた。


「塚本さん、あなた三人の中で一番気配を消すのが上手かったわ。危うく見逃すところだった。少しだけ局のことを見過ぎていたから気がついたけれど。局、この子を後継者に育ててちょうだい。次期局に向いているわ。」


「あのう、局って何ですか?」


 私は忍さんに春日と局のことを説明してあげる。


「ということは、局になれば、先輩からマンツーマンでいろいろと指導してもらえるってことですか?やります、やらせてください!」


 こうして私は忍さんを局に育てることになった。


「ところで忍さん、私の髪を持って行かなかった?」


「あらやだ、気づかれていたんですか。あれは仲良くしたい人と親しくなれるおまじないに使いました。自分の髪と、親しくしたい人の髪をですね……あっ、あのおまじないが上手くいったから、私、先輩と親しくなれたんですよね!」


 ……今日何回目の脱力だろう。

 呪いでなくておまじないで良かった。神様、感謝します!

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