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 その日、雪の降る夜。

 銀髪白眼の小柄な少年は、薄汚いローブに身を包んでいた。

 賑やかな笑い声が聞こえる商店街の脇を抜けたところにある裏路地で、小さな身体を両手で包み込むようにして震えていた。

 揚げ物の良い香りが風に乗って漂ってくる。

 腹の虫が盛大に鳴いた。

 もう何日も碌に何も食べていない身体が、空腹に限界を訴えていたのだ。

 ゴソゴソとポケットに手を入れ、ギュッと拳を握る。掴んだのは4枚の銅貨。これではトマト一つ買うことはできない。

 溜息まじりに息を吐く。

 白く濁った息は空気に溶けるように広がっていき、次第に消えてなくなった。

 赤く染まった鼻先と耳、指先がジンジンと痛む。

 

 ––––寒い。暖まりたい。美味しいものを食べたい。誰かと……笑いたい。


 けれど、それは少年が諦めた夢。現実に叩き潰されたありふれた日常だ。

 眠ってしまおうかと、その場で横に倒れた時、頭上から降り続いていた雪がピタリと止んだ。

 ゆっくりと瞼を上げると、そこに立っていたのは赤色の髪を一つ結びにしている長髪の女性だった。


「君……」


 ぐっ、と顔を近づけて瞳を覗き込んでくる。

 不思議に思いつつも、身体を起こして座ると、女性が手を差し伸べてきた。


「私と来る?」

「––––……え」


 突然の提案に、少年は言葉が詰まる。

 そんなことはお構いなしにと、女性は言葉を続けた。


「私は……君に暖かさをあげる。美味しいモノを一緒に食べましょう。それから一緒に笑って、眠って、起きて……そんなありふれた日常を私と過ごしましょう?」


 気が付けば、少年の手は女性の手へと伸びていた。

 ニッと笑みを浮かべた女性は伸びてきた少年の手を掴み取り、勢い良く引き上げた。


「ようこそ。君はもう私の子だ。よろしく、ノア」

「ノア……?」

「そう、ノア。"カンジ"で書くなら希望の希に青空の空で『希空』だ……!」


 抱き締められながら与えられた名。

 以前の名前なんて忘れてしまっていたノアにとって、それは暖炉よりも暖かく心を溶かしていった。

 

 

 

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ロスト・ダンジョン 蓬莱汐 @HOURAI28

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