第四章8『“これまで”から、“これから”へ』


 ● ● ●


 ……さすがに厳しいか。

 呼吸を整えながら、ツトム=ハルカはそう思っていた。

 正面、アンヌの手に魔力が収束していくのが見える。

 そうして次に放たれる魔法もまた、こちらをたった一撃で倒し得る威力なのだろう。

 当たれば終わりの回避戦。それがここまでの全てだ。

 その事実を前に、だからこそツトムは厳しさを感じていた。

 回避には確かに自信がある。だが、このままでは避けるだけで“勝ち”はない。

 近付くことすらままならないこの現状が、それを物語っている。

 攻撃を当てなければいけない。彼女の防御を崩さなければいけない。

 なら、そのために何をする?

「――――」

 答えはだけど、もう出ている。

 視線の先、膨れ上がる炎がある。

 始めは拳大。次いでその倍。最後に彼女を覆い隠すほど一気に膨れる火球が、そこにある。

 直後、

「――――!」

 発射された。

 こちらに一直線で走る“それ”を、真正面に捉えながら、ツトムはしかし回避を取らない。

 ただ腕を大きく引き絞る。

 拳をグッと握り、

「…………」

 迫る大火球を待ち構えた。

 当たれば必倒。回避以外の選択肢はない。

 ……いいや、そうじゃない。

 この手で掴める未来は、もっと明るいことを知っている。

 まだまだ出来ることはあるのだと確かに知っている。

 ここまでの戦いは、“これまで”の自分だ。

 避けて、潜り抜けて、価値ある隙を見逃さないことでしか戦えなかった自分自身。

 だから取れる選択は少なくて、彼女に伸ばす手はずっとずっと遠かった。

 だけど、今は違う。

 ……君に出会ったから。

 君がいたから、今の俺がある。

 だから、

「――ハァッ!!!!」

 気合一撃、“ぶん殴る”。

 大火球を、彼女の魔法を、“これまで”ならば倒れるしかなかったその攻撃を、

「――――」

 ただ、砕いて壊す。

「……………………」

 弾けて吹き飛ぶ炎の飛沫。

 割れて爆ぜて消えたその先に、手を伸ばすべき彼女はいる。

 ただ驚き、固まり、こちらを見つめる彼女がいる。

 だから、

「…………」

 ツトムはあえて、構えを解いた。

 どうだ見たかと言うように、両の腕を広げ、笑いかける。

 これこそが、かつてを越えた“これから”の自分。

 君に見せる――

 ……挑み続ける俺の姿だ。


 ● ● ●


 アンヌ=アウレカムは、その姿を前に笑っていた。

 笑わずにはいられなかった。

 いつか、彼は言った。

 やれることをやる、と。

 その答えが、きっと目の前の姿。

 ……約束してから、たったの三日だよ?

 だというのに、思っていたのと違う彼が、ここにいる。

 自分のために、どれだけのことをしたのだろう?

 挑むために、どれだけのことを試したのだろう?

 分からないし、分からなくていい。

 ……私はただ、待つ側だから。

 いつだって、追い掛けて手を伸ばすのは彼で、自分はそれを見せられる側。

 変わり続けるその姿を、待ち続ける側。

 ……だけどそれが、嫌じゃない。

 挑み続ける貴方に、挑まれるのが楽しくて仕方ない。

 次はどんな姿を見せてくれるのだろう?

 次はどこまでこちらに届かせてくれるのだろう?

 そういうのがきっと、本当に届く“その時”まで続くのだと、今なら変わらず信じられる。

 それこそが、“これまで”とは違う自分の姿。

 信じて変わった“これから”の生き方。

 だから――

 ……私は、貴方を待ち続ける。


 ● ● ●


「行こうか」

「うん」

 遠く離れた少年少女は、それでも互いの言葉を交わす。

 聞こえずとも、分かる。

 言われなくても、分かっている。

 互い、信じているから。

「――――!」

 直後、二つの巨大な魔力の奔流が、場内を席巻した。

 風が荒ぶ。

 空気が高鳴る。

 大地が、精霊が、鳴動して歓喜の声を上げている。

 噴き出る力の、そこに乗る感情と共鳴するかのように。

「…………」

 二人は思う。自らの“これまで”を。

 挑み、諦めなかった己自身。

 嘆き、諦めていた己自身。

 彼女に、彼に、出会う前の全ては、だけど確かに己を形作ってきたと。

 だからこそ、思うのだ。“これから”を。

 変わらぬ彼がいる。

 変わった彼女がいる。

 出会って知った遥かな高み。

 出会って知った不屈の心。

 君に出会えたから、貴方に出会えたから、これからに笑って行ける。

 だから二人は、ここに示すと誓うのだ。

 これから先も、ずっとそうあらんとする“己の姿”を。

「――――」

 努力の少年は、かつてを超えて彼女へ至る道を行く。

 才能の少女は、いつかを願って彼を信じ果てで待つ。

 さあ、行こう。

 君に見せる挑みの最先端。

 あなたを信ずる焦がれの最終点。

 挑み続ける。

 待ち続ける。

 少年と少女は、共に見果てぬ道を駆け上がっていく。

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