第四章7『激突』


● ● ●


「っ!?」

 アンヌ=アウレカムは、狙う相手が突然視界から消えたことに思わず驚いた。

 ほんの一瞬前まで、背後を瀑布で塞ぎ、走る前方を乱射していたにも関わらず、だ。

 こちらの挟み込みから、彼は見事に逃れてみせた。

 驚きは、だけどすぐさま嬉しさへと変わる。

 ……これぐらいじゃ駄目、か。

 ならばもっと上げていこう。

 彼ならきっと越えられる。越えてみせる。

 そう信じる心に、揺るぎはない。

 ……今日はどこまで行けるだろうか?

 ただ思うのは、一歩一歩の大切さ。

 どれだけ離れていようと、彼が必ず突き進んでくれるのなら、その道のりをこそ助けたい。

 だから、この身は彼にとっての届き得る困難で、届き難い困難でなければならない。

 他の誰でもない“彼”だからこそ、そうして“本気”で向き合いたい。

 ……そこまでしなくてもいいのに、って言われそうな気もするけど。

 自分がそうしてあげたいだけだから、今も、これからも、そうしていく。

「…………」

 アンヌはただ視線を巡らせた。消えたツトムを捉えるために。

 前方、まだ止まっていない光線群の間に、彼はいない。

 どこへ?、を考え、アンヌは即座に次の行動へと移る。

「――!」

 身を、回した。

 光線群を放ち続けたまま、身体ごとその発射方向を大きく変える。

 狙いはない。ただ、薙ぎ払うようにして一回転。

 鞭の様にしなりながら、光線が会場全体を横断する。

 それと同時に、アンヌはツトムの姿を探した。

 しかし回る視界の中に、彼はいない。

 そこに影も形もありはしない。

 ならどこに?

「ッ!」

 考えるより早く、アンヌは後ろへ跳んだ。

 何かの気配を、周囲に感じたのだ。

「――――」

 直後、先程までいた場所に、真上から一つの影が高速で飛来する。

 ツトムだ。

 落下の勢いのまま放たれた拳は、しかし突然の回避を前に、空を切る。

 一瞬の滞空の中でそれを見ていたアンヌは、しかしだからこそ、その先の動きもまた真正面で捉えることとなった。

 こちらに当たらなかった拳が、勢いを落とすことなく地面へと当て直される。

 その反動を利用して、彼が軽く浮遊する。

 そして、

「――っ」

 身を翻す。

 空中で即座に姿勢を整えると、真っ直ぐにこちらへ身体を向ける。

 そのまま彼の片脚が地面に着く。

 ……来る!

 そう思った時には、遅かった。

「!?」

 速い。明らかに先程まで見ていたより数段速い速度がそこにはあった。

 見失った原因は、コレか。

 ……まだまだ全速力じゃなかったんだ!

 目前に、彼が迫る。

 手を伸ばせば届きそうな、そんな距離。

 回避は不可能だ。こちらの跳躍に追い付かれている時点で、それは明らか。

 だから咄嗟に腕をクロスさせ、ガードの構え。

 その中心に、

「――――ッ!!」

 拳が直撃した。

 後ろに飛ぶ速度が、加速する。


● ● ●


「……!?」

 その感触を前に、ツトム=ハルカは驚愕した。

 殴った。確かに殴りつけた。

 まだ貯蔵魔力は一切使っていないが、それでもそれなりの力で直撃させた。

 視線の先、彼女が更に奥へと加速して飛んでいくことからも、それは明らかだ。

 なのに、この手に残る感触は――

 ……壁か何かかッ!?

 彼女の防御はたった腕二本。そこに魔力は集まっておらず、ただ自然体でのガードだ。

 にも関わらず、何という硬さだろうか。

 彼女の持つ魔力は、ただ“ある”というだけで、強固な鎧となって彼女を守る。

 ……これでかなり加減してるだって?

 ツトムは思わず身に力が入る。

 彼女が何かをする度に驚く自分がいて、だけどそれに喜ぶ自分も確かにいた。

 だから、

 ……楽しいなァ!

 そう思う心は、止まらない。

 視線の向こう、彼女が着地し、止まる。

 こちらを見据えて再び構えるその動きに、痛みを感じた様子はない。

 直撃は、まるで意味を為していなかった。 

 その事実を前に、どうしたものかとツトムは考える。

 勝つために、これからどうしようかと。

「…………」

 目の前、全力には“程遠い”彼女がいる。

 おそらくこれから先の中で、最も“弱い”だろう今日の彼女。

 それでもなお勝ちの目は薄く、負けだけが濃厚。

 だがだからとて――

 ……勝つのを諦めたりはしない!

 “挑み”とは、果たしてみせると願う所から始まるのだから。

 負けるかも知れない。負けたっていい。

 だったらヤケクソになって、勝てればラッキー?

 ……ふざけるな。

 そんなのは“挑み”じゃない。

 たとえ負けると分かっていても――

 ……勝ってみせると吠え立てろ!

 そうしてただ、勝つために動いてこその“挑み”だ。

「!」

 意気のままに、ツトムは拳と拳をぶつけて鳴らす。

 そして、構える。

 “勝つ”ために、構える。

 正面、見れば彼女はこちらに笑みを向けている。

 だから、

「――――」

 一瞬の、見つめ合いを経て、

「――ッ!」

 ツトムは一気に走り出した。

 高速で、真っ直ぐに、彼女へ向かって。

 アンヌもまた、走り出す。

 活き活きと、真っ直ぐに、こちらへ向かって。

「おおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおお――――ッ!!!!」

「はああああああああああああああああああああああああああ――――ッ!!!!」

 そうして二人は、再びぶつかり合う。


● ● ●


 少年と少女が、激突した。

「ッ!」

 少女は、開いた手を目の前の少年に向けて突き出す。

 当たるよりもずっと早いタイミングで、少年はそれを、身体を大きく傾けて躱す。

 直後、誰もいなくなった空間を光線が勢い良く駆け抜ける。

 少女は自らの攻撃が避けられたのを見て、だけどすぐにもう片方の腕を引いた。

 そこに、魔力が集まっていく。

 だから少年は高速でステップを踏む。

 横へ、引き絞られる腕の外側へと小刻みにステップし、弧を描いて少女の背後に移動する。

 今度は少年が、見える小さなその背に向けて、拳を引き絞る。

 その後の展開を、即座に理解した少女は手に集めた魔力をグッと握り潰した。

「――――」

 爆発する。

 威力は弱いが、しかし閃光が場内に迸る。

 眩い光に視界を遮られた少年は、それを前に攻撃を止め、直感のまま後ろへ跳んだ。

「!」

 魔力の流れか、あるいは空気の流れの変化に気付き、少年はさらに上へと跳ぶ。

 後方宙返りの要領で、僅かな時間を少年は浮遊する。

 ――そのすぐ下を、一筋の光線が横へと薙ぎ払った。

 間一髪で躱した直線が、“向こう側”へと遠ざかるのを見ながら、少年は軽やかに着地した。

 そうして再び少女を捉え直す。

 視線の先、少女は腕を振り抜いた姿で少年に正対している。

 その手の先には無限に続く細剣のように、光線が一直線に伸び上がる。

 少女は惜しくも当たらなかった光線の剣を消し、その手を再び距離の開いた少年へ向け直す。

「――!」

 開かれた手の平、再びそこから放たれるのは光線――ではなかった。

 手の中心、収束しながら生み出されるのは赤く猛る魔力の揺らめき。

 煌々と燃え上がる、新たな光。

 ――炎だ。

 “それ”は螺旋を描いて真っ直ぐに突き進む。

 向かい、捉える中心は、もちろん少年。

 その通る軌跡をいつまでも燃え上がらせながら、進む度に炎の円は大きくなる。

 そうして正面から迫るその渦は、少年にとって自らを捕らえる網そのもの。

 だが、その速度が光線ほどではないことを、少年は即座に理解する。

 一瞬にして囚われる、などということはない。

 だから少年は捕まるその前に、そこから離脱しようと跳んでみせる。

 たとえそれが罠だと分かっていても、そうせざるを得ないのは事実だったから。

「――――ッ!」

 離脱の跳躍は、あえて低空。

 高い空では良い的ゆえに、誘い込みの檻を遮蔽と変えて、少年は走って行く。

 だが、

「くっ!」

 視界の中、突如として飛来したその塊は、炎の壁などお構いなしに突き進んできた。

 光を反射し、青白く輝く、人一人分程の大きな砲弾。

 “氷塊”が、少年へと発射される。

 迫るその砲弾を前に、少年は再び地面を蹴った。

 そのための低空飛行でもあったから。

「――っ!」

 自らの軌道を逸らし、更に加速も追加して、少年は直撃コースから即座に逃れる。

 進む先は、あえて少女に近い方。

 再び背後を取るために、今度は大回りで少女へと近付いていく。

 そんな少年に向かって、

「――――」

 走ってくるのは再び氷塊。

 だが、先程までとは比べ物にならないほどそれは小さく、代わりと言うように無数が走る。

 弾幕だ。

 面で迫る弾丸の群れを前に、少年はすかさず後退する。

 大きく、遠くへ、散弾よりもなお速く後退し、その上で範囲の外へと離脱する。

 そうして抜けた空間で、少年はようやく静止した。

 視界の遥か向こう、少女が再び少年に正対している。

 そしてその小さな手が、また少年に向かって翳される。

 それを前に、少年は一度息を入れ直す。

 一体今度は、何が出てくるというのか?

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