第四章5『“彼”の友達だから』


● ● ●


 大勢の人で徐々に満ちていく闘技場の中、タクミ=マサカとリン=キミハはそんな場内を眺めては並び座っていた。

 ジュース片手に、良さげな位置を早めに押さえた二人は黙って“その時”が来るのを待った。

「…………」

 周囲、結構な数の席が埋まっていっているのだが、まだ幾らか空席は見える。

 まばらに少しずつ、仲間集団を隔てる間仕切りのように、ちょっとずつ開いた空席の数々。

 ここの収容人数を考えればそれでも充分な数が入るのだろうなと思いながら、二人は不意にそれぞれの隣を見やる。相方が座っていない方の隣だ。

「…………」

 そこには誰もいない。周りと同じように、仲間かどうかを分ける無人の席が、一席分ずつ開いていて、その向こう側でどこかの誰かさん達が仲間内で話している。

「…………」

 二人並んで座る男女。特に他の奴が合流する様子もないから、要するにそういうこと。

 だから当然のようにその両隣が空いている。遠慮してやったぞと、言わんばかりに。

 つまるところ――

「……私ら、カップルに見られてる?」

「カモナー」

 リンの言葉に、タクミが棒読みで応えてみせる。

 その事実を前にリンは、うへぇ、と嫌そうな声を漏らしながら、

「はぁ~……」

 盛大に溜息を吐く。

「……今に始まった事じゃねーだろ、こんなの」

 昔からしょっちゅうからかわれてたろーが、と諦めた様子で零すタクミ。

「まぁそうなんだけどさ」

 リンもまたそれに応じ、そして、

「「はぁ~……」」

 二人して再び溜息を吐いた。

 時間の流れがやけに遅い。さっさと始まらないかな、と二人共が思っている。

 だけど同時に、別のことも二人は思っていた。

「なんていうかさ――」

 不意にリンが口を開く。苦笑しながら、思ってしまったのは、

「あたしらってしょうもないなあー!」

「だよなー」

 自分達が、一体どれだけつまらないことに悩んでいるのか、という呆れだった。

 眼下、そこに広がる会場にまだ“彼”はいない。

 友人で、仲良くやれてて、面白い“彼”。

 あの男に比べて自分達はなんてザマなんだと、思わずにはいられない。

 まあ、もっとも、

「比べること自体間違ってる気もするけどな」

 生きてきた環境も、生き方に対する思い入れも、意志も覚悟も、彼我の差は絶大で、普通に生きてきた自分達では到底追い付けない。

 それはきっと、ここにいるほとんどの人間が当てはまるぐらい当然の帰結。

 誰も彼も、そこまでしっかり生きてはいない。生きようとはしていない。

 夢はあるだろう。目標はあるだろう。趣味や好きなことに人生を捧げてたりもするだろう。

 だけど彼ほど真っ直ぐじゃない。

 真っ直ぐ真っ当に生きて夢や理想を叶えられる人なんて、ほんの一握り。

 大抵の人は、時に諦め、時に妥協して、そうやって折り合い付けて生きている。

 それを正しいとは思わないが、間違っているとも思わない。

 人生誰しも主役になれる訳じゃないなんてこと、親とか世間とか見てれば嫌でも分かるから。

 そうやって生きていくものなんだと、どこかで納得している自分は確かにいるのだ。

 なのに――

「アイツ見てるとつい思っちゃう」

「俺達もああなるべき、ってか?」

 無理だろ、と苦笑するタクミ。それをリンは、でも、と継いで、

「無理じゃないかも、とも思えちゃうのよねぇ~」

 アイツのせいで、と自分で言ったことに呆れながら、苦笑する。

「確かにな」

 それにタクミも笑って頷いた。

 まったく、

「厄介な友人を持っちまったぜ」

「だけど、楽しいじゃない」

 そう言って笑い合う二人は、どこか清々しい。

 “彼”の真っ直ぐな姿を、かっこよく思う。

 “彼”の熱い心を、素敵に思う。

 自分だってと思わせてくれるその生き様を、誇らしく思える。

 だから、

 ――友達になれてよかった。

 出会えてよかったと、きっとそう思える人達こそが“彼”の周りには集まるのだ。

 例えばほら、

「お隣、よろしいですの?」

 “彼女”もまた、そんな内の一人。


 ● ● ●


「お、おぅ……」

 不意に掛かけられた声の持ち主に驚き、タクミ=マサカとリン=キミハは思わず呻いた。

 そこにいたのは一人の少女。

 金の髪と強気な瞳を持つ少女が、二人の目の前に立っている。

 エレナ=トールブリッツ。BでもAでもない、Sランクの一人。

「?」

 彼女は小首を傾げ、未だ応えない二人を見つめる。

 真っ直ぐに、一直線に。

「…………」

 ドキリとしなかったと言えば、嘘になる。

 存在感だろうか? 気品だろうか? 何であれ、目を奪われる。

 それは多分自分達だけじゃない。

 周囲、好奇か、あるいは憧憬の視線が、一心に彼女へと注がれている。

 この席までの道を譲ったらしい奥の生徒達に至っては、もはや軽く悶えてさえいる。

 そんな特別感満載の彼女を前に、平々凡々な自分達は一体どうしろというのか。

「…………あの」

 あまりに続く沈黙に、困ったようにエレナが口を開く。

「お嫌でしたら場所を変えますけど?」

 ちょっと哀しそうに、彼女からそう告げられてしまえば、

「「どうぞどうぞどうぞどうぞ」」

 断れる筈もない。

「ありがとうございまし」

 そうしてリンの隣に座ったエレナを前に、

「……おい! どうすんだよコレ!」

 声を抑え、小声になってタクミがリンに耳打った。

「……知らないわよ! ってかなんで私達のトコ来てんの、この人?!」

 文句混じりに返ったリンの言葉に、そりゃあお前ぇ、とタクミは続ける。

「俺達の共通点とか一つじゃん……」

 そう、エレナ=トールブリッツと自分達には一つの共通点がある。

 むしろ“それ”以外に接点になり得るモノなどありはしない。

 “それ”が何かって? 分かりきってるだろう?

 二人は一緒になって“ある場所”へと振り返る。

 それはこの闘技場の中心。だが、二人が差しているのは場所ではない。

 これからそこに現れる筈の、一人の人物。

「マジ厄介だわ、アイツ……」

 まったく、と二人は共に溜息を零して、呆れながらに呻いて嘆く。

「――前も思いましたけれど、仲がよろしいんですのね?」

 そんな二人へ向けて、エレナから再び声が掛かる。

 ふふ、と可笑しそうに笑いながら告げられた言葉に、二人はビクッと驚き、

「え? あ? まぁ、幼馴染みですし?」

「腐れ縁、みたいな?」

 あはは、と緊張だらけの作り笑いを浮かべながら、共にエレナへ答えて見せる。

 そうして二人はしばらく、あははあはは、と作り笑いを続け、しかし、

「……ちょっと! 何か話し掛けなさいよ!」

「……そっちこそ何か話せよ! 同じ女だろ!」

「……バッカ、生きてる世界が違うのよ! 話合うわけないでしょうが!」

「……バカはお前だバーカ! バーカバーカ!」

 エレナをよそに、二人して小声でゴチャゴチャゴチャゴチャと言い合いを始めた。

 その後もあーだこーだと兄姉よろしく喚き合い、だけど突然それが止まる。

 よし、と二人は頷くと、ニッコリ笑顔を浮かべながらリンがエレナに改めて向き直る。

 そして、

「トールブリッツさんは一体どうして私達なんかのところに?」

 うふふ、と後ろに付きそうなほど如何にもな口調で、彼女へ問い掛ける。

 言った直後、

「うわキモ」

 不意に後ろから聞こえた言葉を、

「――グフゥッ!」

 リンは肘打ちで叩き潰しながら、目の前のエレナの解答を待った。

 視線の先、彼女は思わずポカンと口を開けて、だけど、

「はぁ~……」

 何故か急に、溜息を吐いた。

 あれ? 何かまずった?、とリンが内心焦っていると、

「…………」

 エレナはただリンをジッと眇め見る。まるで何かに辟易するかのように。

 そして、

「……もうちょっと普通にして下さいます?」

 言った。

 更に、

「というかツトムさんとはもっと砕けて話してましたよね?」

 重ねて文句を続ける。

 まったく、と彼女は分かりやすくムッとして、腕を組みながら二人を睨む。

 さっさと態度を改めろと、そう言うことだ。

 対する二人は、えぇ、と思わず声を漏らさずにはいられなかった。

 わざわざ丁寧にしてやったのに、まさかそれを怒られるとは。

「……ホントにいいの?」

 リンが怖ず怖ず聞き返す。

「もちろん」

 それにエレナは当然のようにそう答えてみせる。

「……後で怒ったりしない?」

 再度の確認に、

「……私を何だと思ってますの?」

 エレナは呆れたように嘆息するばかりだ。

 だからリンは、

「いや~、だって――」

 にこやかに笑いながら、告げる。

「お嬢様じゃん」

 ただ一言、自分が分かる現実を。

 ――直後。

「ムグッ!?」

 エレナの人差し指が、リンの頬に突き刺さる。

 グリグリグリグリとそのまま指を、捻っては押し、捻っては押し、エレナはリンの頬をつつき続ける。その顔は恐ろしいほど満面の笑み。

 彼女は告げる。

「今度さっきみたいな態度取りましたら――」

 ビシッと、もう片方の人差し指で眼下の会場を示し、

「あそこでぶちのめしてさし上げますわよ?」

 ニッコリ笑顔のまま、ハッキリとそう告げた。

「……はい」

 頬に刺さる指を甘んじて受け入れながら、リンが頷く。

 すると、よろしいとばかりにエレナの指が引っ込んでいく。

 エレナの指から解放されたリンは、刺された頬をさすりながら、ボソッと、

「……やっぱ怒ったじゃん」

 思わず零す。

 言ってから、ヤバ、と思ったリンはサッと両手で両頬をガードし、エレナの反応を警戒する。

 そんなリンの目の前、エレナはなおもニコニコと微笑んでいて、だけど不意に、

「はぁ」

 笑みを消し、軽く溜息を吐くだけだった。

 思っていたのと違うエレナの反応に、リンは疑問符を浮かべながら彼女を見つめる。

 それに小さく苦笑を返しながら、エレナが告げる。

「お嬢様扱いはしなくて結構。口調も普通でお願いします。あとは――」

 そうですわね、と少し考えて、

「ただの“友達”として、接して下さいます?」

 そんな風に、エレナは続けるのだった。

「――――」

 彼女の言葉に、リンとタクミ、二人共がキョトンとして、しかし、

「はぁ~…………」

 ホッとしたように二人同時に長い溜息を吐いた。

 そして思いっきり苦笑を浮かべてみせると、

「助かるわ。その方が全っ然、楽」

「同じーく!」

 エレナの言葉に、“友達”として気安く応じた。

 そうして二人は肩の力を抜いていく。

 やれやれと、すぐにいつもの調子を取り戻しながら、エレナへと改めて向き直る。

 彼女に向けて、リンが普段通りの態度で告げる。

「それにしても意外だったわ」

 言われた台詞に、何がですの?、とエレナが聞き返す。

「アンタはそういうタイプじゃないと思ってたから、さ」

 からかい混じりの半笑いを浮かべたリンの言葉に、エレナが再びムッとする。

「私、そんな浅い女に見えますの……?」

 彼女の疑問に、

「まあ世間一般からのお嬢様への偏見? みたいな?」

 強気系だから余計にね、と返すリンの言葉に、エレナはただただ呆れて首を振る。

 まぁでも、とそのまま彼女は続け、

「否定しきれないのも事実ですわねぇ」

 何かを思い出したかのように、はぁ、と溜息を吐いてから、リンへと笑い返した。

「そっちもそっちで大変なんだ」

「まぁそれなりには」

 女同士は笑い合う。気安く、気軽に、先程までの緊張がまるで嘘のように。

 だから、リンは聞いた。

「それで? どうして私達のトコ来たわけ?」

 真面目に、と改めてエレナへその質問をぶつけた。

 すると彼女は、あら?、と何を言ってるんだと言わんばかりに声を上げ、

「貴方達がツトムさんのお友達だからに決まってるじゃありませんの」

 当然のように、そう答えてみせた。

 彼女の言葉に、いやいや、と思わず二人は手を振りながら苦笑して、

「仲良いってだけで、俺ら別に強くないぜ?」

「そうそう。私ら一般人」

 肩を竦めてハッキリと彼女に応える。

 自分達はアイツとは違う。全然駄目で、まだまだだ。

 アンタがわざわざ会いに来るようなご大層な人間ではないと、二人は暗に告げていた。

 だけどエレナは、

「でも、ツトムさんのことは良く思ってるのでしょう?」

 それを無視して、ただそう問い返す。

「いや、まぁ……うん」「それは確かにそうなんだけど」

 だからって何が変わるのかと、二人は釈然としないまま彼女に向けて疑問符を浮かべる。

 確かにアイツを凄い奴だとは思っている。

 その姿勢は尊敬すべきだとも思っている。

 だけどそれが一体自分達の何に繋がるというのか。

 アイツを良く思える奴なんて、きっと一杯いるはずだから。

 そんな風に考える二人の前で、エレナはただ微笑んでいた。

 ふふ、と笑い声を漏らしてから、彼女は告げる。

「でしたらいずれ、貴方達も強くなるのでしょうねぇ」

 というか、

「嫌でも強くさせられるのでは?」

 そうして続いた台詞に、二人は一瞬キョトンとして、だけどすぐに苦笑した。

 彼女の言ったことに、思わず納得してしまう自分がいたのだ。

 一体どこの誰を、友達と呼んだ?

 そいつがどういう奴なのか、何を見てきた?

 考えれば考えるほど、彼女の台詞に納得してしまう。

「あいつ、修行馬鹿だからなぁ~」

「何だかんだ付き合わされそうな気がするわねぇ~」

 そうだ。あの男に感化されずに、巻き込まれずにいられるとは到底思えない。

 そして多分、自分達もそれに喜んで付き合ってしまうような気がするから――

「「厄介だねぇ~」」

 同時に呟いて、二人は笑う。

 苦笑のような、嬉しいような笑みを浮かべて、二人して笑い合う。

 まったくもって厄介だ。

 その姿に自分も、と奮起してしまう。

 その生き方に君も、と手を取ってくれやがる。

 そしてその友人に貴方も、と手を伸ばされる。

 一体どれだけ人に影響を与えれば気が済むのだろうか。

 だけど、そういう奴をこそ良いと思う自分がいるのだ。

 ならばもはや、受け入れるほかない。

 呆れているし、楽しんでいるし、喜んでいる。

 いま強いかどうかではなく、これからどうしたいかどうか。

 そんなことを思わせてくれる奴と自分達は友達になってしまったのだから。

 本当に厄介で、誇らしい。

「――――」

 そうしてなおも笑みが消えぬ二人に向けて、一つの手が差し出される。

 その持ち主はもちろん目の前にいるエレナ。

「改めて、エレナ=トールブリッツですわ」

 よろしく、と彼女は告げる。

 だから、

「タクミ=マサカだ。こちらこそよろしく」

「リン=キミハよ。これからよろしくね」

 二人と一人は握手を交わし、これから先もずっと続くであろう絆をここに結んだ。

 そんな彼らの眼下、

「お」

 ついにやって来た一組の男女に、三人共が笑みを向ける。

 “彼”が繋いだ全てが今、ここに集っている。

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