第三章13『手にした力の試し時』


● ● ●


 戟音が響く。それは金属のぶつかり合い。

 轟音が響く。それは魔力のぶつかり合い。

 交錯する拳と槍。

 付いては離れる二つの影が、戦場を縦横無尽に駆け回る。

「まだまだ行きますわ! ≪ライトニング・ラジエート≫!」

 言葉と共に、槍の穂先から幾重もの雷撃が放散しながら突撃する。

 単発よりも威力は落ちる。しかし牽制には十分な面攻撃だった。

 相手の移動経路を阻害しながら、幾つかが直撃コースを取る。

 それを、

「フンッ!」

 拳が砕き、動きで躱し、ただ無傷で突き進む姿が目の前にある。

 だから、突貫した。

 瞬速で相手の目前へと迫り、勢いのままに穂先を突き立てる。

 敵は万全の態勢ではない。

 雷撃への対処で、動きが制限されている。

 だがそれでも、目の前の男は動く。

 迫る穂先を横から押し弾き、後ろへ大きく跳躍。

 だから宙に浮いたその身体に向けて、

「≪ライトニング≫」

 雷撃を放つ。弾かれた穂先から――ではなく、槍を持たぬ無手の掌、その先から。

 当然だ。穂先からしか放てぬなどとは誰も言っていない。

 ただ、魔力増強機構が付いているからそちらを主軸に使っているだけ。

 武器を通さずとも、その威力は決して弱くなどないのだ。

「!」

 狙い放った相手の顔、しかしそこに大した驚きはなかった。

 ただ眉間に一瞬皺を寄せ、即座に次の行動へ移っている。

 まあ、こんな程度は策の内に入らない。これに驚くようではただの想像力の欠如だろう。

 先入観に囚われた者から嵌まるのが、戦いの常だ。

 それを理解している相手は、しかし迫る雷撃に対し、避ける動作も拳を引く動作もせず、ただ空中で姿勢を整えるだけで、それ以上なにもしない。

 後退によって距離が開いているのは確かだ。だがそれは僅かであり、雷撃は高速。決してそれを待っていられる余裕はないはず。だというのに、宙に浮かんだ相手はただジッと雷撃を見据え、その到来を待ち続けている。

 そして、

「――――!」

 一瞬だった。雷撃が、相手の胴体中央に直撃する、その寸前で――爆発した。

 両の拳が、雷撃の先端を勢いよく挟み込み、叩き潰したのだ。

 弾けて消えた雷撃は、しかし勢いのままに自らを防いだ相手を押し遠ざける。

 綺麗な後方宙返りを決めながら、遙か向こうに着地した男は、即座に構えて隙を消す。

 本当に、よく動く相手だ。


 ● ● ●


「来たれ我が眷属!」

 告げながら、両の腕を大きく広げるエレナの姿をツトム=ハルカは見ていた。

 遠い彼女の姿。その傍らへと、主の呼び声に応じるように“それら”が落ちる。

 それは虚空より墜落する二つの柱。

 それは眩い閃光にして、雷撃の塊達。

 そしてそれらは、さらにその姿を変えていく。

「…………」

 初め球体であったその姿は徐々に徐々に、四肢を持ち、顔を持ち、尾を持つ獣へ変じていく。

 その姿、忘れもしない。

 かつてツトムに敗北を悟らせた、雷撃の獣。

 都合二体のそれらは、生まれたばかりにも関わらず主の方へ一切振り向くことなく、ただ眼前にいるツトム――己が敵へと照準を合わせ、小首を傾げて様子を覗う。

 ともすれば可愛らしくも見えるその仕種は、しかしツトムの身に力を入れさせるばかりだ。

 来た。ついに来た。

 序盤の小競り合いなど、ただのウォーミングアップ。

 ここからこそが、真実あの時の続きだ。

 故にこそ、ツトムは大きく息を吸い、そして吐き出す。

 グッと再び構え直し、雷獣と、そしてその主たるエレナへ強い視線を向けながら、その一挙一動を見定めて待つ。

 それを見たエレナは、ならばと言うように獣を従えながら、ゆっくり、ゆっくりと、ツトムに向けて歩を進め、そして――

「行きますわ!」

 一人と二匹が、瞬発した。

 そうしてまず初めにツトムの眼前へ現れたのは一匹の雷獣だ。

 それは高速に飛翔し、ツトムへと迫る。

 真っ正面から直視したその姿に、ツトムは理解する。

 ……受けきれないか!

 先程まで殴り砕いていた雷撃とは密度の桁が違う。

 これを正面からは潰せない。むしろこちらがダメージを負いかねない。

 だから、

「ハァッ!」

 雷獣の突撃を、軌道から逃れる様に半身で躱し、過ぎ去るその横っ腹へと拳を突き立てる。

 直撃した。

 雷獣は衝撃で吹き飛ばされるも、しかし決して消えはしない。

 ……生半可な一撃じゃあ、倒せないよな!

 それはつまり、三対一はまだまだ続くということ。

 ならば、

「ッグ、ゥゥッ……!」

 視界の端で見慣れた穂先を捉えた瞬間、ツトムは一気に身を沈め込む。

 殴った直後だ。態勢は良好とは言えず、危険な状態。

 故に、がむしゃらに前へ向かって飛び出した。

 地面を投げ出されるように転がりながらも、案の定背後から聞こえた激音に安堵する。

 しかし、それも束の間のことだった。

「――くっそ!」

 転がる先、待ち構えていたのは先程殴った雷獣の一匹。

 待ってましたと言わんばかりにそれは一気にこちらへ駆けてくる。

 受け身を取ってどうにか止まった直後のツトムは、しかし碌な態勢をしていない。

 地面は近く、這う様なその姿勢では、立ち上がるのにもワンアクションが必要だ。

 しかし、敵は決してその隙を見逃さない。

 ならばどうする?

 考えるより早く、身体が動いた。

 片腕が振り上がる。掌を開き、その中心へと魔力を集め、そして、

 ……ぶっ飛べ!

 そのまま全力で地面へと叩きつけ、押し付けながら、集めた魔力を弾けさせた。

「――――」

 爆発する。

 同時、ツトムの身体は地面から離れ、浮き上がる。

 しかしそのままでは駄目だ。高度が足りない。距離が開かない。容易く追撃が来てしまう。

 だから、

「≪フライ≫!」

 かつてはブラフに使った飛翔魔法を、今度こそ行使して、さらに高くへ飛び上がる。

 空中で眼下を見下ろしたツトムは、そこに一人と一匹の姿を見た。

 ……一人と一匹?

 あと一匹はどこへ?、そう疑問するより早く、視界の端で光が走る。

 捉えてはいない。しかし即座に、ツトムは動いていた。

 回転。周囲一帯を魔力の圧で薙ぎ払う。

「…………」

 結果、僅かにこちらから距離を取る雷獣の姿を、ツトムは確かに捉えていた。

 その雷獣から更に距離を開けながら、しかしツトムは内心焦る。

 ……空中戦は駄目だ。

 元々魔力の少ないツトムにとって、飛翔魔法を使いながらの戦闘はそれだけで厄介だ。

 経験が無い。魔力配分が変わる。頼みの体術も勝手が違う。

 故に、なるべく早く地上に降りる必要があった。

 だが眼下に降りても危険は続くし、それどころか増してしまう。

 むしろ一匹だけを分断できているこの状況は、ツトムにとって有利でもあった。

 ならば、

 ……速攻で、片を付ける!

 殴打では駄目だ。蹴打などもっての外。

 ただ威力が必要だ。一撃で目の前の雷獣を屠るだけの、高い威力が。

 それに該当する技を、しかしツトムは持ち得ない。

 ――昨日までであったならば。

「…………」

 ツトムは構える。雷獣に向けて、構えて見せる。

 対する雷獣もまた、その様子を眺め、ツトムの動きを観察しては宙に留まる。

 両者の睨み合いは、しかしすぐに終結する。

「――――!」

 ツトムが動いた。雷獣へ向けて、ただ一直線に突き進む。

 雷獣は逃げない。まるで主に倣うかの如く、悠然と身構え、敵を迎え撃つ。

 腕を引き、魔力を一気に収束させながら、ツトムは心の中で叫んだ。

 ……試すんだ!

 自分に出来る“新しき”を。

 これまで出来なかった“初めての力”を。

 練り上げるのは、一つの魔法。

 知識はある。理屈は分かる。唯一足りなかった魔力も、皆の助けが答えをくれた。

 だから、

「≪エクスプロード・ブロオォォォ≫――!!!!」

 拳を、爆発させた。


 ● ● ●


 エレナ=トールブリッツは地上からその光景を見上げていた。

 ツトムの拳が、爆発している。

 だがそれは自爆などでは断じてない。

 その光景を彼女は知っていた。よく知っていた。

 だからこそ、

 ……どうやって!?

 疑問する。

 彼が行った魔法。それは本来、彼には為し得ない筈の魔法。

 中級魔法――≪エクスプロード・ブロウ≫。

 拳へ収束させた魔力を炎へ転化、その後部を爆発させることで瞬間加速してから、その勢いのままに攻撃対象へと残りを叩きつけ、一気に爆破する魔法だ。

 威力は高い。面攻撃ではなく、一点突破型。

 故に彼がこの場面で“それ”を選択したことには納得がいく。

 しかし、大きな疑問が残る。

 ……魔力は一体どこから来ましたの?

 彼の身体のことを知っている。理解している。だからこそ抱くその疑問。

 だが、

 ……そういうことですのね。

 試すとは何なのか、実のところ何も知らなかったエレナは、事ここに至ってようやくその意味を理解した。

 彼は言っていた。新しくなる俺の力、と。

 これを持って“彼女”に挑むのだと。

 その結果こそが、目の前の光景だ。

 ならばこそ、エレナは思う。

 ……こんな程度では、まだまだ足りませんわよ?

 驚きはした。想定外ではある。しかし、敗北を認めるには程遠い。

 故に彼女は槍を構え、身を沈めていく。

 深く、深く、力を溜める。

 ……雷獣一体? くれてやる。

 それに喜んだが最後、お前の負けだ。


 ● ● ●


 確かな一撃を見舞い、拳の向こうで雷が弾けて霧散するのをツトム=ハルカは見ていた。

 ……よし!

 己が為した結果に、ツトムは一つの満足を得た。

 人生で初めて、中級魔法を使えたのだ。

 それも実戦の中で、戦略の一つとして組み込めた。

 足りぬ魔力を賄ったのは、勿論アルト=スターク特製魔力貯蔵庫。

 エレナとの試合開始前に、突貫ではあるができる限りの貯蔵は果たしておいた。

 だからこそ今この瞬間、中級魔法が使え、使った後でも戦える。

 そのことに、ツトムはただただ達成感を感じていた。

 “それ”はほんの一瞬、観客の誰も気付かないような、ほんの一瞬の時間でしかない。

 しかし、“当事者”だけは、その隙を見逃さない。

「ッ!?」

 気付いた時には遅かった。

 高速で飛来し、横っ腹へと激突したのはエレナ=トールブリッツ張本人。

 どうにか突き立つ穂先を掴み止め、しかし勢いは殺せない。

 彼女は一気にツトムごと壁に向かって突進する。

 高速だ。故に即座に壁が迫る。

 それは見えない壁。観客席を守るための、魔法結界。

 しかし次の瞬間、その姿は確かに白日の下へと晒された。

「ぐ……ァ!」

 バチバチバチバチと魔法の壁が音を鳴らし、白く発光する。

 あまりに勢いよく激突した二人の男女を、それは包み込むようにヘコみ窪んで受け止めて、しかし破れんばかりに発光するばかりで、まるで戻らない。

 それは何故か?

「――――!」

 エレナ=トールブリッツは、なおも加速していた。

 穂先をツトムに突き立て、壁へ壁へと押し付け続けている。

 故にツトムは動けない。

 彼女が押し付け、受け止める壁自体が拘束となって、横への回避を不可能にしている。

 それを理解しているから、ツトムの目の前で彼女が動く。

 槍を突き出す手はそのままに、無手の掌が引かれて輝く。

「!?」

 何をされるのか、ツトムは理解した。

 このままではまずい。非常にまずい。

 ……決着してしまう!

 駄目だ。駄目だ駄目だ。まだ試していないことが一杯あるんだ。だから――!

「――――」

 身を捻り、穂先を掴む手を一気に引いた。

 より自分の方へ、槍が進む方へ、壁の方へと。

 結果、エレナが揺れる。

 今まであった抵抗が、途端になくなれば、態勢は僅かであっても崩れてしまう。

 その隙を、ツトムは見逃さない。

「…………!?」

 槍を引いた勢いのままに、その刀身に沿って身を回す。

 およそ一回転する頃には、エレナの腕が届く距離。

 だから彼女の腕を引き、その身体も壁の方へと投げつける。

 駄目押しのようにその背を掌でさらに押し付け、ツトムはその反動で場内へと飛んでいく。

 そうして、

「…………ふぅ」

 どうにか窮地を脱したツトムは、自由落下のままに場内へと落ちていき、ただスタリと綺麗に着地を決める。

 そして、まだまだ油断は出来ぬと、エレナの方を見上げようとした、次の瞬間――

「が、ああッ……!!!!」

 激しい痛みが、その全身を襲った。


 ● ● ●


 何故? どうして?

 そんな疑問を、しかし自らから発せられる“モノ”を見て、ツトム=ハルカは理解する。

 ……もう一体か!

 身体から散って消えるは雷撃の残滓。

 這う様に全身を駆け巡るのは、鋭い痛み。

 すなわち、雷獣だ。

 エレナの追撃には加わることなく、それはこちらを今か今かと待っていた。

 そうして気を抜いた背に向けて、突貫。

 その威力は絶大にして強烈。ただただ全身が痺れ、痙攣する。

 身に、力は入らない。

 故に、ツトム=ハルカはここに倒れた。

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