第三章12『果ての向こうを目指す者達』


● ● ●


「あれから成長はできましたの?」

 天井から振る眩い光に晒されながら、エレナ=トールブリッツは己が好敵手と対峙していた。

 Sランクにのみ許された、円形闘技場でのことだ。

 ここにいるのは彼ら二人だけではない。

 大勢の観客が彼らを取り囲み、歓声を上げては開始の時を今か今かと待っている。

 そんな彼らの熱狂に比べ、渦中の当人達は対照的にひどく冷静だった。

 二人の男女は、試合前だというのに気安く話し合う。

「どう何だろうね」

 エレナからの問いに対し、好敵手――ツトム=ハルカが答えながら苦笑する。

 そして、右腕を掲げ、

「コイツ次第かな」

 そこにある、かつてなかった物を示しながら、静かに拳を握り込んだ。

「ふふ」

 その言葉に、思わず笑みが漏れるのをエレナは自覚した。

 ああ、確かに、彼は変わった。変わったのだ、あの時に比べれば。

 年月の問題ではない。強さの問題ではない。

 目指しているモノが、あの時とは違っている。

 ……だからこそ、こうして変わった姿でここに立つ。

 漠然とした目標ではなく、より強固な覚悟と共に。

 ……挑む相手を見つけたのですわよね?

 その中に自分も含まれていればいいなと思うのは、少し強欲だろうか?

「まさか武器に頼るおつもりで?」

 自分の考えに気恥ずかしくなったのを誤魔化すように、エレナはツトムをからかった。

 いつかの誰かさんを揶揄したようなその言い回しに、ツトムは、あはは、と苦笑いで誤魔化してから、一度目を閉じ、そして真っ直ぐにエレナを見つめてから、

「頼れるかどうかを、試させてくれ」

 ハッキリと、そう告げた。

 その言葉に、今度はエレナが苦笑する。

 分かっていた事だし、自らそれで良いと応じた事だ。

 だからエレナは口にする。

「後の大事のために?」

 問い掛けた先、

「ああ」

 確かな頷きが、静かに返る。

 そうして二人は真っ直ぐに互いを見つめ合う。

 そんな熱い少年少女の間で、一つの影が動く。

「さて、お互い準備はいいようだね?」

 影は告げる。いつもの気安い調子で、いつも通りの小気味良い笑みを浮かべながら。

 問い掛けられた言葉に、二人は強く頷いた。

 そんな二人を交互に見つめる影。それは二人にとって、この場に何より相応しいと思う人物。

 ……あの日、あの時、止められた戦いを、今日ここで。

 いつかの約束を知る、二人以外の唯一人。

 男物のスーツを着込んだ、アクの強い女性。

 アマネ=ムトウの言葉を、二人は今度こそ待ち望んだ。

「では、いつかの続き、存分にやりたまえ」

 アマネが笑う。右手を高らかに掲げ、僅かに止まり、そして――

「始め!」

 戦いの火蓋が、切られた。


● ● ●


 それぞれの姿はかつてとはまるで違っていた。

 片や、素手であったその拳に“新たな武器”を手にして。

 片や、槍だけであったその身に全身鎧を纏って。

 戦乙女が如き少女が、動く。

「≪ライトニング≫」

 彼女の持つ大型槍。その穂先が無造作に少年へと向けられた。

 同時、勢いよく飛び出るのは稲妻の光線。

 ただ一直線に、雷撃が少年へとひた走る。

「――――!」

 かつてであれば、少年はその一撃を避けていただろう。

 その身は脆く、こと魔法に関して撃たれ弱い。

 当たれば大打撃。故に少年にとって、魔法とは避け、掻い潜る物。

 今も確かにそうではあれど、しかし、

「フッ!」

 今日からは違う。違ってみせる。

 その手に嵌まる新たな可能性が、それを叶えてくれるから。

 彼はただ、迫る雷撃を、殴りつけた。

「――――――――」

 轟音と共に、雷撃が弾けて消える。

 残るのは僅かに煙を上げる右の拳。

 その拳が、そっと引き戻され、構え直されるまでには、上がった煙も霧散する。

 無傷。疑いようもなく無傷。

 その事実を実感しながら、少年はただ一息を入れ直し、相手を見据えた。

 視線の先、立っているのは己が目標の一人。

 挑み、越えるべき相手。

 そして、共に高みを目指す相手だ。

「…………」

 少年の目の前、雷撃が砕かれるのを見届けた少女は、ただゆっくりと穂先を下げる。

 彼女は何も言わない。ただそっと目を閉じ、開く。

 そして、

「――――」

 清々しいほど綺麗に、笑った。少年へと、笑い掛けた。

 それが何を意味するのか、少年には分からない。

 ただ、その笑みにドキリとしたことだけが、少年に分かることだった。

 彼女が再び目を閉じ、開く。

 そうして見せるのは先程までの綺麗な笑みではなく、子供染みた楽しげな笑み。

 ただどこまでも、この戦いを楽しもうという笑みだった。

 そんな物を見てしまえば、自然、身に力が入るのが道理だろう。

 少年はただ彼女に向けて笑みを返しながら、深く深く構えて沈む。

 激発する、その瞬間を待ち望んで。

 少女もまた槍を構え、沈み込む。

 激突する、その瞬間を期待して。

「「さあ」」

 始めよう、錬磨の時を。

 より高き者へ、届かせるために。

 ――それは誰か?

 言うまでもなく。

 ――化け物で? 規格外?

 それがどうした。むしろそれがいい。

 ――恐怖は? 諦めは?

 知らないし、興味も無い。心にあるのはただ一つ。

 ……挑み続ける!

 終わらない。終わらせない。果てなど知らず、止まることはない。

 ただどこまでも、己を高め続け、走り続ける。

 向上心の塊。

 ここにいるのはそういう二人。

 だから、

「いきますわ!」「いこうか!」

 互いを求め、今日この日もまた、激突する。

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