第三章11『己の武器が、今ここに』
● ● ●
エレナの教室を後にしたツトム=ハルカは、昨日の約束通りに再びその場所を訪れていた。
工学科教師、コウヘイ=カジの工房だ。
機械迷路の先へと進み、目的の人物の下へ向かう。
そうして着いた作業場で、一人の男がダラーッと休んでいるのをツトムは見つけた。
椅子に腰掛け、背にもたれ掛かり、虚空を見上げて目を閉じる男――アルト=スタークだ。
ツトムはゆっくりと彼の下へと近付いて、
「こんにちは。約束通り、来たよ」
告げた言葉に、目の前のアルトがパッと目を開く。
そうして視線を彷徨わせ、こちらを見つけると、
「待ってたよ!」
言いながら、彼はバッと立ち上がった。
こちらに真っ直ぐ視線を合わせ、ニッと笑って見せてから、
「さあさあ見たまえ、コイツを!」
ジャーン!、と言わんばかりに大仰に腕を振り、彼はある場所を示して見せた。
それは机。
一切の道具が片付けられた長机。
しかしその中央で、一つの大きな影だけが己の存在を主張するように堂々と鎮座している。
「これが……」
思わずそんな声を零しながら、ツトムはそこへと歩み寄る。
机の中央にある物体。
それは、並べて置かれる二つの拳。
それは、黒く塗られた硬質の手。
「そう! これこそが――」
ツトムの呟きを継ぐように、
「君の新しい武器だ!」
ハッキリと宣言されたアルトの言葉を、ツトムは確かに耳にしていた。
● ● ●
「着け心地はどうだい?」
横からの質問に対し、ツトム=ハルカは、
「うん。良い感じだ」
質問者へと振り向くことなく、ただ手元に集中しながら答えてみせた。
ツトムの視線の先、そこにあるのは己の掌。
だが、いつもとは違う掌だ。
黒の布地が、その手を覆う。
裏返して見てみれば、まず甲の部分に大きく一つ、そして指の付け根から第二関節にかけてそれぞれ一つずつ、硬質の金属が鎧のように張り付いている。
そしてさらに、手首から下腕の中程にかけて大きく太い腕輪がそれらとセットで据えられていた。
腕輪部分も、ただの腕輪ではない。
その外縁に整然と並べられるのは幾つもの“魔力貯蔵庫”。
ツトムにとって新しい戦い方の“要”といえる物が、そこには確かにあった。
「――――」
拳を開いては閉じ、閉じては開きを繰り返し、ツトムはその感触をただただ実感していく。
そして、
「ありがとう。注文通りだ」
アルトへと、笑みを向けながら礼を述べるのだった。
ここに彼は約束を果たした。
ツトムの想定を越え、一日で“武器”を作って見せた。
それを成し遂げた張本人は、ツトムの言葉に対し、
「当然。まだまだ改善の余地はあるけれど、最低限度の体裁は整えたさ」
グッと親指を立てながら、どこまでも楽しげに応えてみせる。
だからツトムもまた、そんな彼に向けて確かな頷きを返した。
そうして、
「それじゃあ、機能説明に移ろうか」
次の段階へと、二人は進む。
● ● ●
曰く、その最大の特徴は使用者の魔力との親和性だ。
使用者自身が魔力貯蔵庫に魔力を充填し、その保存された魔力を自身の魔力と同等に使用することを目的としているこの武器は、充填された魔力自体が使用者本人と高い親和性を持っていなければならない。
そのために、貯蔵庫に保存される魔力がより本来に近い形で充填される必要があった。
そこでアルトは、まず一般的な貯蔵庫に備えられた濾過装置を外す。次にその真逆の性質を持つ新たな濾過装置を取り付けた。
個人の資質を不純物と見なして濾過する既製品に対し、個人の資質以外の混入物を不純物と見なす濾過装置を使ったのだ。
こうして貯蔵庫内にはよりクリーンな状態で魔力が保存されるようになる。
その上で、アルトはもう一つの工夫を施した。
それは、保存した魔力を“循環”させること。
本来体内から生じる魔力というものは、常に全身を巡っている。
その流れをコントロールし、必要な箇所に集中、再配置することで、各種魔法や、身体強化へと繋げている。
しかし、貯蔵庫に保存された魔力というものは一切不動だ。
コップの中に水が溜まっているのと同じ状態であり、川のように流れているのとは違う。
結果、本来巡っているはずの魔力を使用するのとは異なった感触を、使用者に与えることになってしまう。
そこで、貯蔵庫に保存された魔力を一度内部経路へと放出し、経路を伝ってもう一度貯蔵庫内へ戻らせ続けることで、擬似的に体内循環を生み出したのだった。
これにより、使用者はより本来の魔力に近い形で保存された魔力を使用できるようになっている。
こうして完成した自給自足の手甲こそが、ツトムにとっての新たな武器なのである。
ちなみに、とアルトはさらに説明を付け加える。
今回製作した特別仕様の魔力貯蔵庫には、濾過装置の入れ替えだけでなく、あらかじめ登録した魔力情報を元に周囲からその魔力だけを絶えず集積する機構が組み込まれていた。
これは日常的な溢れのみならず、戦闘時においても絶えず魔力を充填し続けるための物だと、アルトは得意げに語って見せる。
彼はさらに、対衝撃性能や魔力抵抗性能など一般的な魔導武具にも組み込まれている機能が搭載されていることなどを説明し、その上で特製貯蔵庫用に携行アクセサリーも仮組みしてきたなどと、もはや止まる所を知らぬとばかりにアレやコレやをひたすら捲し立てていく。
そんな興奮気味の彼の目の前で、ツトムはただただ呆然と固まっていた。
驚きのあまり、言葉が出ない。
それは彼の手の早さに対してであり、強い熱意に対してである。
出会ったばかりの自分に対し、ここまでしてくれた事実に困惑しながらも、その胸には深い感謝と確かな感動が沸き上がっている。
だから、
「スタークくん」
彼の説明が終わり、しばしの静寂を経てから、ツトムはその名を呼ぶ。
そして、
「本当にありがとう、お疲れ様。――でもどうして俺なんかにここまでしてくれるんだい?」
感謝と労いと共に、ただ疑問をぶつけていた。
● ● ●
「どうして?」
言っている意味が分からないとばかりに小首を傾げるアルトを、ツトム=ハルカは見た。
彼はしばし呻ってから、
「どうしても何も、一度請け負った以上、やることはやるし――」
それ以上はただの趣味だよ、と笑って答えてみせる。
「――――」
ツトムは再び固まって、しかし不意に苦笑する。
「趣味、か」
「そう、趣味」
アルトが続ける。
「僕が考えて、僕が作った物。だからきちんと完成させたいし、もっと上手く出来ると思ったら改善したい。そんでもって思った通りに使わせたいし、思った通りに使って欲しい。なにせ作り手だからね、僕は」
なおも笑って見せるアルトの言葉に、ツトムは静かに納得した。
己にとっての訓練がそうであるように、彼にとっては物作りがそうなのだ。
そう理解した瞬間、疑問はもはやどこにも無い。
だから、
「凄い人だよ、君は」
素直な賛辞を送ってみせれば、
「それほどでもない」
自信満々に応えるその姿に、自然と笑みが零れるのをツトムは自覚するのだった。
「さて」
不意にアルトが告げる。こちらを真っ直ぐ見つめながら。
「それじゃあ今度はそっちが頑張る番だね」
言って、彼はこちらに向かって拳を突き出す。
いきなりのことにツトムは少々驚くが、すぐにその意味を理解する。
そうだ。ここから先はこちらが頑張る時間。
彼にここまでしてもらったのだから、相応の物を見せてあげねばなるまい。
だから、
「ああ。分かってる」
応じるように、ツトムもまた拳を突き出す。
それをしかと見届けたアルトは、強く頷きながら、
「それで? いつ試合をするんだい? 製作者としてぜひとも見たいんだけど?」
ツトムに向け、ただ気安い調子で問い掛けた。
「ああ、それなら――」
その質問に、
「この後すぐだよ」
ツトムもまた気軽い調子で答えてみせる。
何てことはない、当然のことのように。
「……え?」
それを聞いたアルトは一瞬固まり、だけど不意に吹き出した。
彼はしばらく盛大に笑ってから、
「せっかちな人だね、君も」
言った台詞に、
「お互い様だろ?」
ツトムもまた小気味良い笑みを返しながら、応じるのだった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます