第三章9『ここでこそ変われる自分を知ったなら』
● ● ●
「うん、オッケー! お疲れ様!」
「そっちこそ、お疲れ様」
「いやいやこっちはこれからが頑張り所だって――」
研究室で改めて必要なデータ採集を終え、ツトム=ハルカはアルトと共に休息を取っていた。
そんな中で、語り合うのはそれぞれについて。
それはツトムがなぜ武器を必要としているのかや、アルトがこれまでどんな物を作ってきたかなどなど。
そんな他愛ない会話をしばし続けてから、ツトムはふと時計を見やる。
「あ」
そこに示されていたのは、まもなく夜へと差し掛かろうとしている時間だ。
だからツトムは、アルトとの会話をちょうどいい所で切り上げる。
ここでツトムがするべきことはもうない。
後はただ、彼に全てを任せて去るだけ。
「それじゃあ武器のこと、よろしく頼むよ」
立ち上がりながらツトムが告げた台詞に、アルトが笑顔で頷いてみせる。
そして、
「“明日”またここに来てくれれば多分渡せると思うよ」
彼はサラリと、そんなことを言ってのけた。
それに、
「?」
何を言っているのだろう、とツトムは一瞬固まった。
聞き間違いかと、そんな風に思って小首を傾げてみせれば、アルトの方もまた小首を傾げるばかりだ。何か変なことを言ったか?、とそう言いたげに。
だから、
「え? “明日”? “明後日”とかじゃなく……?」
ツトムは彼へと聞き返す。言い間違いではないのか、と。
そんなこちらの言葉を聞いたアルトは、ああ、と得心し、
「まあ根本的な理屈は簡単だからね。最悪、貯蔵庫が何個か嵌まるだけでいい訳だし」
明日には出来上がるって、と笑いながら平然とそう告げていた。
それを前に、
「いや、確かにそう言われればそうなんだけど……」
本当に?、とツトムはなおも確認の言葉を送るが、本当に、と彼は何度も頷くばかりだ。
「な、なるほど……」
そうしてようやく、ツトムは彼に向けて納得の言葉を吐いた。
ただただ胸の中を驚きでいっぱいにしながら。
……試合にさえ間に合えば、それで御の字だと思ってたんだけどなぁ。
そう思っていたのに、彼から出て来たのはそんなこちらの予想を大きく上回る言葉。
今日頼んで明日出来るだなんて、普通は思わない。
だけど目の前の男はそれが出来ると確かに言った。言ってのけた。
そんな彼の言葉を、信じられる程度には、色んな話をツトムはさっきまで聞いていたのだ。
だから、
……“明日”には出来てるんだろうなぁ。
そう容易く思ってしまえる。
そんな事実に、ツトムは呆れた笑みを浮かべずにはいられない。
……まったく、とんだ変人を紹介されたものだ。
だけど今は、それがありがたい。
武器を手にすることが、新しい方法を実践することが、早いに越したことはないのだから。
思ってもみない貴重な猶予を、ツトムはここに手にしたのだ。
ならば、
「本当にありがとう。よろしく頼むよ」
ツトムはただ、礼と共にアルトへ感謝の言葉を述べていく。
そんなこちらに、
「ああ、任された」
アルトは楽しそうに笑いながら、グッと親指を突き立ててみせた。
だからツトムもまた、彼へと笑い返しながら、
「それじゃあ明日、またここで」
「期待して待っててくれ!」
そうして互いに挨拶を交わして、ツトムはその場を後にする。
出口へ戻る最中、
「よーし、やるぞー!」
遠く聞こえたその声に、笑みが浮かぶのを止められずに。
……本当に、凄い人ばかりの学園だな。
ツトムは改めてそう思った。
彼や、ダイグウジ先生にその研究生達、そしてカジ先生や工房の生徒達などなど。
今日出会った誰も彼も、確かな技術と知識を持ち、自分流に考えては様々な答えを導き出して前へ進んでいく。他の誰かに従うことなく、ただ自分の力で試し、挑んでいる。
それが堪らなく嬉しいし、堪らなく楽しい。
だからこそ、自分もまた、とツトムは強く思った。
例えばこの千載一遇のチャンスをどう活かそうか、とか。
● ● ●
ツトム=ハルカは思考していた。
自室で一人、これからの戦いについて思考していた。
今、自分の手元にあるカードを改めて思う。
まず、自分の優点とは何か。
それは体術。かつてアマネ=ムトウにも通じた技術。
それは持久力。長き習慣によって鍛えられた身体基盤。
それは生成量。初めて知った他よりも優れた特別。
では、自分の欠点とは何か。
それは魔法。保有量の無さが導き出す当然の経験不足。
それは抵抗力。保有量の無さがもたらす余力不足。
それは保有量。全ての元凶にして、魔法に関する絶対的劣勢の象徴。
ならば、武器によって何を解決できる? 何を伸ばしていける?
一つ、保有量の無さという一番の問題を解決できる。
これにより攻防両面に対して使える手段が増える。
一つ、生成量を活かして余力を持てる。
これにより持久力が更に伸び、有利な状況を作りやすくなる。
一つ、今まで出来なかったことが出来るようになる。
これによりこれまでの固定化した戦術を一から見直す事が出来る。
以上のことから、ツトムはこれまでより幅広い戦法を行えるようになったことになる。
だが、それはまだまだ先のことだろう。
今すぐに組み込んで実戦レベルにまで昇華できるとは到底思えない。
試行と検証。その重要性をよく理解しているからこそ、強くそう思う。
例えば、今まで使ったことのない上級魔法をすぐに制御できるようになるのか?
例えば、回避重視だった戦術に対して無理矢理防御を混ぜても上手く動けるのか?
例えば、余力があると思い違いをしてペース配分をぶち壊すことに意味はあるのか?
考えれば考える程、長期的な改善でしか解決できないのだと思えてならない。
もはや思考実験に意味は無い。
考えるばかりでは、出来ることより出来ないことに目が行って仕方ない。
ならばどうする?
答えは一つ。実践あるのみ。
その時間を、アルト=スタークはくれた。
これを活かさない手などない。
だが、実践と言ってもただ使うだけでは意味が無い。
一人で訓練を積み重ねても、それは一人遊びが上手くなるだけ。
本当の意味での使用感を理解するためには、やはり本来の使い方で学ばねばなるまい。
そう、“実戦”だ。
相手の動き、自分の立ち位置、それぞれのコンディションに、予想される展開などなど。
刻一刻と変化する状況に、適切かつ臨機応変に対応し続けること。
その中でしか見えてこない境地。その中でしか測れない可能性。
そのために作られた物だからこそ、その中でなければ正しい使い方は学べない。
ならば、考えるべきは誰と戦うための“学び”だったのか。
全ては“彼女”に挑むため。全ては“彼女”と戦うため。
その実力は規格外にして、常識外。生半可な物ではあり得ない。
ではそこいらの学生との実戦が訓練たり得るか?
己が目標としているモノは、そんなにも優しいハードルか?
否、断じて否。
だからこそ目指し、挑むと決めたのだから。
“過酷”に挑むのならば、そこに至る過程もまた“過酷”でなければならない。
ならば彼女自身の他に、一体誰が彼女に近いというのか。
考えるまでもなく、ツトムの脳裏に一人の少女の顔が浮かぶ。
――エレナ=トールブリッツ。
かつて敗北を覚悟した相手。再び戦うと約束した相手。そして“彼女”を知っている人。
これ以上ない適任が、果たしているだろうか?
だけど、思ってしまう。
……彼女との試合を、訓練だなんて――
そんな失礼な話があるものか、と。
踏み台。前座。そんな言葉で貶めて良いほど安い相手では断じてない。
だがそれでも、背に腹はかえられないのもまた事実。
ならば――
……頼むしかない、か。
多少の後ろ暗さを感じつつも、ツトムの中で心は決まった。
あとはただ行動するのみ。
だがそれは今すぐではない。今日この日ではない。
礼儀は弁えるべきだし、そもそも気軽に連絡出来る訳でもない。
故に今日はもう休もう。
これからの“新しき”に備えるために。
こうして新たな力を見出したツトム=ハルカの、一日が終わる。
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