第三章8『新たな出会いは騒音の中で』


● ● ●


 「……失礼しまーす」

 カジの工房へと辿り着き、固く閉ざされた扉にノックをしたものの、中からの反応は無かったため、ツトム=ハルカは恐る恐るその扉を開いた。

 そうして飛びだしてきたのは騒音の群れだ。

 掘削音。切断音。駆動音。排気音。

 ただただバラバラに鳴り響く加工音と機械音が、混在しながら休むこと無く鳴り続けている。

 そんな喧騒の中へ、軽く耳を塞ぎながらツトムは入っていく。

 外に音が漏れないようしっかりと分厚い扉を閉めてから、今一度中を見渡す。

 感じるのは圧迫感と密集感。

 所狭しと並ぶ大きな影はおそらく全て精密機械だろう。その間を縫うように通路があり、その床を幾重ものケーブルが這っている。

 機械に隠れてよく見えないが、所々に広めの空間があり、そこには長机と幾つかのモニター類が見て取れる。

 正直言って、とんでもない所に迷い込んでしまった感が強い。だが同時に、少しワクワクしてしまうのは男の性だろうか。

 そうして扉の前でツトムが周りを覗っていると、

「? どちらさん?」

 乱雑に物が詰まった箱を抱えながら、一人の生徒が不意に通り掛かる。

「あ、すみません。一年のツトム=ハルカと言います。こちらにアルト=スタークくんがいると、カジ先生から聞いてきたのですが……」

 軽く挨拶してから、ツトムはここに来た目的を相手へと話す。

「あー、アイツね。アイツなら奥じゃないかな」

 彼は、ちょっと待ってて、と続けると、小走りで機械の奥に向かい、しばらくしてから手ぶらになって帰ってくる。

「案内するから、付いてきて」

「わざわざすみません」

「いいっていいって。ここの奴らはこっちから行かないと誰も気付かないからね」

 彼の言葉に苦笑を返しつつ、ありがとうございます、とツトムは改めて礼を述べた。

 そうして彼の後ろに付き従い、機械の迷路へと足を踏み込んでいく。

「そういえばカジ先生って今何してんの? さっき研究室行ったらいなかったの、君に付き合ってたからだろ?」

 次の研究どうっすかなーって部屋でボーッとしてたのにさ、と歩きがてら笑って告げる彼。

「えっと、まだダイグウジ先生達と一緒に実験室にいると思います」

 答えた内容に、

「またか。あの研究室には無茶ばっか押し付けられるからなぁ~。ま、楽しいけど」

 もしかして君もその絡みで来たの?、と再びの彼の質問に、はい、とツトムは答える。

「となると相当な無茶言ったでしょ? じゃなきゃスタークに任すとかないし」

「? それはどういう……」

 告げられた言葉に浮かべたこちらの疑問符に、彼は、ああ、と笑う。

「アイツ、大の工作馬鹿でさ? まぁここの連中なんて大体そうだけど、アイツの場合は授業中だろうがお構いなしに設計図とか書いてるみたいでさ? 特にカジ先生の授業でやってるらしくて、工作系の頼み事なんかして餌なんて与えた日にゃ碌な事にならねぇって、よくムスッとしてるんだよね」

 そんな相手に頼むんだからまあ相当だろうなって、と続いた彼の言葉にツトムは納得する。

 アンヌやエレナのように、どの分野でも変わった人というものはいるものだ。

 先生にまで目を付けられてるなんて相当だろう。

 そんな相手と上手くやっていけるだろうか、とツトムは少し不安に思いつつ、歩みは進む。

 そうして、

「ほら、あそこ」

 件の彼の下へと到着したのだった。


● ● ●


「スターク!」

 少し先にある男子生徒の背に向けて、横から声が掛けられるのをツトム=ハルカは聞いた。

 呼び掛けに対し、その背からの反応はない。

 ただ机に向かって顔をうずめ、黙々と作業に没頭している姿が見て取れるばかりだ。

「おいこらスターク!」

 再度の呼び掛けをしながら、案内してくれた彼が近付いていく。

「…………」

 彼はその背の至近まで到達すると、しばらく机を覗き込み、そして、

「お客さんだ」

 言いながら、その手を作業中の相手の眼前にいきなり差し込んだ。

 騒音ばかりのこの場所では、そちらの方が気付かれやすいのだろう。

 そうしてようやく、ピクリと丸まった背中が反応する。

「なんすか先輩。作業中に手ぇ挟まないで下さいよ、危ない」

 作業を止めて、顔を上げながら文句を言う男子生徒。

 それに対し、

「ちゃんとタイミング見ただろうが、アホ」

 軽口を叩いてから、案内してくれた彼は目の前の相手に向けてスッとこちらを指し示した。

 従うように、件の男子生徒もこちらへと振り向いた。

「誰っすか? アレ」

「だからお前宛の客だよ」

「はぁ……?」

「カジ先生からだとよ」

 言われた言葉に、マジっすか!?、と驚きつつも嬉々とした視線がこちらに注がれる。

 ……カジ先生から頼まれるのはよっぽど珍しいのだろうか?

 そう思いながらツトムが見ていると、

「ってことで、後たのむわ」

 目の前の相手の肩をポンと叩いてから、ここまで案内してくれた彼がゆっくりとこちらに戻って来る。そして、

「アイツがまあ、アルト=スタークな。工作のことなら嬉々としてやるだろうから、精々こき使ってやってくれ」

 そんじゃま頑張れ~、と間延びした声を上げながら彼は去って行く。その背に向けて、

「ありがとうございました!」

 ツトムは礼をして見送った。

 機械の群れに挟まれながら軽く手を振り返してくれた男がその影に消えるのを確認してから、ツトムは気を取り直して作業台の方へと振り返る。

 そして、

「!?」

 ギョッとした。先程まで少し離れた所にいた筈の生徒――アルト=スタークが、目の前にいきなり立っていたからだ。

 彼はニコニコと笑みを浮かべながら、こちらと視線が合ったのを確認すると、

「はじめまして! アルト=スタークです! よろしく!」

 言いながら、右手を差し出してきた。

 一瞬狼狽えつつも、ツトムもまた右手を差し出し、握手を交わす。

 そんな最中、不意に、

「あれ?」

 目の前の彼が不思議そうに声を漏らす。

「君、どっかで会ったことある?」

 言われた台詞に、首を振る。

「ん? でも顔見たことある気がするんだけど……?」

 そう言われて、ツトムは彼の疑問に得心した。

「たぶん、入学式後の集会の時じゃないかな」

「?」

 疑問符を浮かべる彼に、ツトムはさらに説明を加えようとして、

 ……なんか自分で言うのも恥ずかしいな。

 思わず苦笑いが浮かぶのにも構わず、

「俺はツトム=ハルカ。集会で一応前に立たされた人間だよ」

 告げた言葉に、彼は、ああ!、とようやくの納得の声を目の前で上げた。

「Sランク、だっけ?」

「いや、Sランクではないよ」

 Xなんていうよく分からないランクさ、とツトムが訂正すると、ふーん、と彼はあまりそれには興味なさげに相槌を打った。

 そして、

「まあ、それはどうでもいいや」

 言ってから、グイッと一歩、こちらに近付き、

「そんなことよりカジ先生になに頼まれたの!? 早く教えてよ!」

 キラキラとした目をしながら、ただただ興奮気味に聞いてくるばかりだった。


 ● ● ●


「なるほど……」

 紺色の髪を肩口に届くか届かないかぐらいに伸ばしたストレートヘア。

 灰色がかったベージュ色の作業着に厚手の眼鏡を掛けた姿を前にしながら、ツトム=ハルカはそんな小さな呟きを耳にしていた。

 作業着の男子生徒――アルト=スタークへここまでの経緯を説明した直後のことだ。

 呟いてから、うーん、としばらく呻るアルトを、ツトムは黙って見守る。

 そして、

「要するに複数の貯蔵庫を格納して、そこに魔力を貯蔵、もしくは使用しながら戦える武装が欲しいってことだよね?」

 不意に投げ掛けられたアルトからの質問に、ああ、と頷きを返す。

「戦闘スタイルは徒手空拳で――」

「うん」

「なるべく身軽さを重視したい、と――」

「そうそう」

「しかもなるべくすぐ使いたい、かあ!」

 台詞とは裏腹に随分と楽しそうに頭を掻き毟るアルト。

 彼は虚空を見上げながら、

「となると、やっぱり手甲型で作るのが無難かなー? ああでもやっぱりフルセットで作りたいしなぁ! ただ時間無いんだよなぁ……。貯蔵庫の調整をして、それを量産もして、そんで他にもちょっとした機能を付けるとなると――」

 ああでもないこうでもないと独り言を早口で並び立ててから、う~ん、と強く目を瞑って考え込むこと数秒。

「よし!」

 そんな気合いの声と共に、アルトはパッと目を見開いた。

 そして、

「やるよ!」

 グッと握られた拳と共に、ただ一言、そう宣言してみせた。

「本当かい!?」

 驚きの言葉と共に、ツトムが彼へと聞き返す。

 それに対し、

「もちのろんさ! いやあ、中々に面白そうだ!」

 答えながら、フッフッフ、と不気味に笑うアルトの姿にツトムは思わず引いてしまった。

 だがそれでも、

「本当にありがとう! 助かるよ」

 その言葉だけは、真実だった。

 だから、ツトムはアルトに向けて右手を差し出した。

 目の前の彼はそれに気がつくと、ニッコリと笑いながら右手を差し出し返し、

「こちらこそ面白そうな案件をありがとう!」

 自己紹介の時以上に固い握手を交わし合った。

 そうして、

「それじゃあ君のデータ採集してもいいかな?」

「ああ、それならここにさっき研究室で取ったデータが――」

「お! それはありがたい――」

 ツトムとアルトは、二人して作業へと移っていく。

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