第三章7『検証と、次なる問題』


● ● ●


 実験室に着くと、リツ=ダイグウジとコウヘイ=カジの監修の下、貯蔵庫の自己魔力を使う魔法実験が始まった。

 実験の主な内容は単純だった。

 使って、溜めて、使って、溜めて、使って――。

 そうして初級魔法や中級魔法、溜まりの早い者は軽い上級魔法を使ったりして、それぞれ使用感を確かめる。

 結果、

「何だろう……、ちょっと違和感?」

「そうか? 俺はあんま感じねーけど?」

「お前は日頃から魔力の扱いが雑だからだろ」

「確かに繊細な扱いには少し向かないように感じます」

「一回外出しちゃってるからねー。なんだろ? 修学旅行から帰ってきた弟が急に一皮むけててちょっと扱いに困る感じ?」

「……何その意味分かんない例え」

「アレだろ? 初めて彼氏が出来た妹が今まで大して気にしてなかったのに急に見た目気にしだしてこっちがちょっと焦る感じの」

「ますます意味分からんわ!」

「……なぜそこで意見を合わせられるんだ、お前らは」

「ま、要するに、ちょろっと普段の感覚とは違うっつー感じだな!」

「ああ、うん、まあそうなんだけど……、例え話のくだり、要る?」

 聞くな、などと多少脱線しつつも概ねの意見が上級生達の間では纏まっていた。

 そして、

「で? 肝心のお前はどうなんよ?」

 問い掛ける先はこの実験の結果に最も左右される者――ツトム=ハルカだ。

「ああっと……」

 ツトムは質問に対し、何故か困ったように笑うと、

「すいません。何か、あんまり違和感とかないです……」

 告げられた台詞に、

「お! 何だ、お前も意外と雑派か!」

 一人がグッと親指を突き上げ、仲間だなと言わんばかりにニッと笑いかけた。

「……え? まさかのそっち系? 本当に?」

「いや魔力の貯蔵速度から見てそれはないだろ。絶対別の原因だぞ、アレ」

「です、よね……」

 周りはヒソヒソヒソヒソと訝しんでその様子を見つめるものの、事実はどうだか分からない。

 そうして一通りの実験を終えて感想合戦をしていると、ダイグウジが皆の前に出た。

「さて、皆さんの所感は大体把握できました。それらを総合した結果、この方法は十分実用に耐え得るものだと判断できます」

 告げられた彼の言葉に、イエー!、という歓声が上級生達から上がる。

 腕を突き上げる者、ハイタッチする者、ドヤッとした顔で笑う者など喜ぶ反応は様々だ。

 だが誰も彼も、やってやった、という言葉がよく似合う表情を見せている。

 当然だろう。自分達の議論によって新しい方法論の足掛かりを見つけたのだ、達成感はそれこそ事の発端たるツトム以上だ。

 そんな生徒達を優しい眼差しで見つめつつ、ダイグウジはパンと手を一つ叩き、

「では、この結論を以て今回の特別授業は終了。そういうことでよろしいですか? ハルカ君」

 ニッコリとこの光景を生み出した張本人、ツトムへと笑い掛ける。

 ここまで尽力した教師からの最終確認の言葉にツトムの方も、はい!、と迷い無く応じ、

「ご指導ご鞭撻、ありがとうございました!」

 深く頭を下げ、同じくニッコリとした笑みを返してみせた。

 そんな清々しい顔を見れば、周りの上級生達も思わず笑みを浮かべずにはいられない。

「ま、頑張れよ。応援してっから!」

「やれるだけのことをやりなさい。馬鹿げたことを、期待してあげる」

「勝算は零。だけど諦めないんだろ? なら胸を張って行ってこい」

「頑張っても無理なことはあるけど~、頑張らないと何にもならないよね~。だからー、頑張ってこぉー!」

「あ、えと……、応援、してます!」

 それぞれがそれぞれの言葉で、ツトムに向けて激励を送っていく。

 それを受け取ったツトムは、照れ臭そうに頬を掻いてから、

「ありがとうございます。頑張ってきます!」

 彼らに対してもまた、深く頭を下げるのだった。

 こうしてツトム=ハルカの試合に向けた特訓、もとい新たな戦闘法の模索は終結を見――

「あー、なんかお開きっぽそうなとこ悪いんだが、ちょっといいか?」

「「?」」

 綺麗に終わりを迎える。そんな状況の中に、いきなり割って入ってきたのはカジの言葉だ。

「いやな? 方法としてはコレでいいとしてもだな? 実戦に使おうってんならまだまだ準備が必要だぞ?」

 彼は告げる。この方法に合わせた貯蔵庫の調整だとか、戦闘の邪魔にならないような貯蔵庫の携帯方法だとか、まだまだ色々とやることはあるのだと。

 むしろここからが本番なのだと。

 それを聞いて、事を終えようとしていた皆は、確かに、と納得する。

 そう、ここまではあくまで“根っこ”の部分に過ぎない。

 これまでの戦い方に“新しい要素”を足す。その“新しい要素”を見つけたに過ぎないのだ。

 ここからはそれをより“現実”に落とし込んでいく作業。

 実践するにおいて条件を揃えていく作業が必要になる。

 そんなカジの言葉を受け、ダイグウジはツトムへと問い掛ける。

「試合はいつの予定なんですか?」

 準備期間。完全な完成とはいかずとも、一応の完成を見るにもそれなりの時間は要る。

 それが残りどれだけあるのか、その確認だ。

「一応、最終日にしてもらってます」

 質問に対し、ツトムは素直に答える。

 挑戦相手――アンヌ=アウレカムに対し、彼は出来る限りの時間稼ぎ、もとい特訓期間を提案し、彼女もそれを快く受け入れている。

 だから、期間自体が無い訳ではない。

 だが、

「そんなすぐ使う予定なのかよ……」

 目の前で告げられた答えに対し、呆れた吐息を漏らすカジ。

 当然だ。無い訳ではないと言えど、残り日数は本当にごく僅か。

 一週間にも満たない時点で、やっつけすら難しい状況なのは自明だろう。

 それでもどうにか出来るとすれば――

「…………」

 頭をボリボリと掻きながら、カジはしばらく考え、

「ま、アイツでいいか」

 そんな一言をボソッと漏らした。

「?」

 疑問符を浮かべるツトム達に対し、

「ここまで付き合ったから出来れば俺がやりたかったが、こっちも忙しいんでな。貯蔵庫の調整やら携帯方法――要するにどう武装に組み込むかってのは適任がいるからそっちに任すことにするわ」

 そう告げると、一つの名前を挙げた。

「アルト=スターク。お前と同じ一年な? アイツは工作馬鹿だが、その分手が早ぇ。今なら多分俺の工房に引き籠もってるだろうから、今すぐそっち行って相談して来い」

 さぁ行った行ったと言わんばかりにパッパとツトムへ手を払ってみせるカジ。

 いきなりの事にツトムの方は少し呆けるが、しかしすぐに、

「ありがとうございます!」

 礼を一つして、出口へと小走りで向かって行った。

 時間がない。明確に何をすべきかが決まったからこそ、余計に一分一秒が貴重だった。


● ● ●


 部屋から出て行く一年生の背を残った皆で見送りながら、

「お前らはこれから実測な?」

 そっと告げられたカジの台詞に、

「ですよねー」

 上級生達は揃って苦笑いを浮かべていた。

 そう、実験が感覚を知るだけで終わるなどあり得ない。そんな物は子供のお遊びだ。

 だからここからが本当の実験。

「むしろそのためにハルカ君さっさと抜けさせましたよね? カジ先生」

 そんなダイグウジの問い掛けに、さあ?、と恍けてみせるカジ。

「ま、実際時間ないしな、アイツ。俺も今日ぐらいしか付き合ってやれんし」

 それはつまり――

「“今日”は余裕があんだよ。そっちから誘ったんだ。気分転換がてら俺の好奇心にも付き合ってもらうぞ」

 行った実験を最後まできっちりとやらないのは教師として、研究者として気持ちが悪い。

 やるならば最低限データを取る。それが常識だ。

 だから、

「お前達は時間、たっぷりあるよな?」

 カジがニッコリと微笑んでみせれば、

「あはは……」

 生徒達の苦笑は引き攣りながらも深まるばかりだった。

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