第三章6『ご相談は専門教師に』
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「揃いも揃って何用ですかね? ダイグウジ先生」
無精髭を擦りながら嫌そうな顔で、カジ=コウヘイはぞろぞろと研究室兼工房にやって来た面子に対し問い掛けた。
「なんでそんな嫌そうな顔するんですか。カジ先生」
「アンタが研究生連れてくる時は大抵無茶な要求してくるからだよ……」
そうでしたっけ? と背後の生徒達に問い掛ける眼鏡の優男、リツ=ダイグウジ。
さあ、と彼の問い掛けに恍けたように返してみせるのがさすがはダイグウジ研究生達だった。
まったく……、と呆れながら先頭の同僚へとカジは再び顔を向ける。
「……今日は一体どんな研究に付き合わせる気で?」
しかめ面で問い掛けると、
「大丈夫ですよ。今日は比較的簡単な案件です」
柔和な笑みを浮かべて、そんな答えが返ってきた。
……その言葉が一番信用ならねぇんだよ!
内心キレつつ、カジは顎で先を促す。
こちらの態度を一切気にも留めず、なおもニッコリとした笑みを浮かべながら、
「とりあえず一つ確認したいんですが、貯蔵庫って濾過装置外せたりします?」
ダイグウジから飛んできた問いに、
「あ?」
カジは一瞬固まっった。
……こいつは何を言ってるんだ?
貯蔵庫における濾過装置は機能の要と言っても過言ではない。
なにせ誰もが使えるように魔力を一律化する役割そのものを担っているのだから。
ボリボリと頭を掻きつつ、
「まあ全然出来ねえことはねえけどよ、アンタ貯蔵庫の原理分かってんだろ? そんな無駄なことしてどうしたいんだ?」
確認の問いを投げると、何故か、お、と驚いたような顔をするダイグウジ。
そしてその後ろの生徒達も何故かガッツポーズやハイタッチを決めている。
「?」
疑問符を浮かべてそれを眺めていると、
「ではちょっと実証実験をお願いしたいです」
彼のために、と告げながら、ダイグウジは一人の生徒をこちらの前へと来させてみせた。
「お」
その顔は見たことがあった。
新一年生。中でも有名な二人の内の片割れだ。
……ムトウの奴がご執心だった奴か。
そんな奴がダイグウジから紹介されたことに、カジは不意に可笑しさが込み上げてくる。
さすがは変人に見込まれるだけはある、と。
だから、
「面白そうじゃねーか。聞かせろよ」
沸き上がるやる気を感じながら、彼らの話へと耳を傾けた。
● ● ●
「なるほどね。それで濾過装置外したいなんて寝言言い始めたのか」
ダイグウジから事情を説明されたカジが納得するのをツトム=ハルカは見ていた。
「確かに濾過装置外しゃあ通常の貯蔵魔力よりは自分の魔力に近い感覚で使えるだろうさ。だが一回は体外に放出しちまってるから完全に体内魔力と同じ感覚にはならないと思うぜ」
まぁそこは慣れちまえば大した問題にはなんねぇけどよ、とカジは自己魔力の貯蔵について、自らの見解を述べた。
そして、
「とりあえず物は試しだな」
言うなり立ち上がると、彼は研究室内の棚の一角に近付き、慣れた手つきで何かを取り出し戻ってくる。
そうして持ってきたのは市販の魔力貯蔵庫だった。
「今から濾過装置外すから、二、三分待ってろ」
何個か持ってきたそれらを机にばらまくと、カジはドカッと椅子に座り、引き出しや近場から必要な工具を揃えていく。
さて、と首を軽く回してから始まるのは、分解作業だ。
迷い無く外装を外していき、出て来た内部構造を軽く一瞥すると、迅速な解体、そして再構築がカジの手によって一気に進んでいく。
「おおー」
物珍しいその光景に、上級生共々感嘆の声が上がる。
そうこうしている内にまず一つ、濾過装置の外れた貯蔵庫が出来上がっていた。
これで終わりなのかと思いきや、カジは次の貯蔵庫の解体作業へと移っていく。
「ん? 一つで十分では?」
ダイグウジが作業中にも関わらず無遠慮に質問をカジへと投げる。
それに、おう、と彼は応じつつ、
「幾つかあった方が他の奴で検証する時、面倒臭くないだろ?」
作業を一切遅滞させることなく、答えてみせた。
なるほど、とダイグウジは納得――したかと思ったら、その後もカジに対してちょくちょく質問を投げては作業完了までの時間潰しにしていた。
色々と飛んでくる質問にカジの方も慣れた様子で答えている辺り、いつもの事なのだろう。
……仲良いんだな。
教師陣の思わぬ関係に、少し驚く。
専攻する分野が違えばあまり接点はないとツトムは思っていた。
だけど二人はこうして分野の垣根を超えて関係を持っている。
いや、
……だからこそ色んな発想や方法論が出せるんだろうな。
そう思うと、自分ももっと交友関係を広げた方が良いのだろうか、と考えないことも無い。
……でも広く軽い付き合いってのも少し違う気がするしなぁ。
もっとこう、互いにそれぞれの分野を尊重し、研鑽し合える間柄、ひいてはグループがあれば良いなと少し思った。
そうすればもっと強く、上手く、
……高みへと昇っていける気がするから。
ツトムがそんな風なことを考えている内に、
「ほら、出来たぞ」
工学教師が作業を完了させ、ヒョイっとこちらへ魔力貯蔵庫を放り投げてくる。
「っと」
油断していてツトムは軽く取り損ねそうになったものの、最後にはしっかりと掴み取り、
「ありがとうございます」
カジへ向けて、頭を下げる。
「いいからさっさと試せ」
ほらお前ぇらも、と気安い言葉と共に、周りの上級生達にもホイホイと貯蔵庫が投げ渡されていく。
「おわ!?」
いきなりの事に落としかける者、片手で颯爽と受け取りかっこつける者、ひゃあと悲鳴を上げつつ胸で弾いて手に落とす者など、様々な反応で皆が貯蔵庫を手にすると、
「じゃあいっちょやってみますか!」
一人の号令を合図に、それぞれ貯蔵庫へと魔力を注入し始めた。
こちらもそれに合わせて注入を開始する。
「…………」
そうして訪れるのは小さな静寂だ。
言葉は無く、動きは少ない。だが身を入れるような息遣いと、魔力の流れが生み出す唸りのような音だけが周りから響いてくる。
目を閉じ、注入を加速させれば加速させるほど、その音は大きく、しかし意識から外れていく。感じるのは身体を伝い、一つ所へと集まる魔力の感触のみ。
集中は深まる。ただ何処までも深まっていく。
そうして深い階層へと意識を沈ませながら、どれほどの時間が経っただろう?
不意に、
「よし!」
こんなもんだろ!、という声が静寂の中で響き渡る。
それを契機に、周りが魔力注入を止めていくのをツトムは空気の流れで感じた。
だからこちらもゆっくりと目を開け、深層から浮上しながら、その流れに乗っかった。
「どんくらい溜まった?」
「あんまり……」
「初級魔法二回分、ぐらいかな?」
「五分程度じゃそんな無理だって」
「だよなー」
上級生達の談笑を傍で見つつ、自分の貯蔵庫を見る。
……半分と少しってところか。
多少集中してやったとはいえ、この短時間で満タンにするのはさすがに無理かと、少し笑う。
そんなこちらを見かねてか、
「お前どうだったよ?」
一人が覗き込んでくる。
だから、
「大して溜まってないですね」
笑って答えつつ、貯蔵庫を見せる。
すると、
「うわぁ……」
何故かドン引きしたような表情が返ってきた。
疑問符を浮かべて相手を眺めていると、
「確かに数値的には俺らより高いけどさ、どうなん、アレ」
「集中力高いとか?」
「瞑想染みたのに慣れてるんじゃないか?」
「あの年で瞑想慣れとかどこの達人だよ……」
ヒソヒソヒソヒソと周りの上級生達は話し出す。
そんな彼らに、
「ええっと……」
どう反応したものか困っていると、
「お前ら溜めるのが目的じゃねーぞー。さっさと実験室行って魔法撃ち行くぞ」
不意にカジがそう言って、立ち上がりながら顎で出口を指し示した。
それに対して、ういーす、と上級生達は素直に応じ、再び移動が始まる。
移動がてら、やはり先程の事が気になってツトムは上級生達に聞いてみる。
「あの、皆さんはどれくらい溜まったんですか?」
投げ掛けた問いに、ん?、と一人が首を傾げてから、
「三割」
答えると、
「二割弱」
「……一、割、です」
「なんとビックリ二割強!」
続くように皆の答えが返ってきた。
結果、三割が最大で、平均二割だということが分かる。
そして、
「そんでもってお前は五割強」
最後に指で差されつつの言葉に、ツトムは思わず顔を背けずにはいられなかった。
……明らかに多いな、オレ。
実際に周りよりも優れているという結果が分かりやすく出てくると、どうにもこそばゆい。
そうして照れ隠しよろしく苦笑いを浮かべて見せていると、
「おうおう、今のうちに喜べるだけ喜んどけ」
上級生の一人が小気味良く笑ってみせながら、
「上には上がいるってことを、これからグッと噛み締めることになると思うぜ? 一芸程度で何とかなるなら誰も苦労はしねぇんだからよ」
これから来るであろう現実を突きつけてくる。
確かにその通りだろう。
多少魔力生成量が多い程度では、まだまだ力不足だ。
それこそエレナ=トールブリッツや他のSランク生達にも追いつけるか分からない。
ましてアンヌ=アウレカムに至っては――
「…………」
その先は言葉にするまでもなく、見えている。
だがだからこそ、
「楽しみです」
そう思う心だけは止められない。
そんなこちらを見て、
「マジ俺思うんだけどさ、そういう所がお前の一番やべぇとこなんじゃねーか……?」
先程以上に引き気味に告げる上級生に対し、ツトムはニッコリと微笑みを返すばかりだ。
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