第三章5『答えは出たり、出なかったり、もう出ていたり』


● ● ●


「さて、本来の議題に戻りましょうか」

 上級生達と共にテーブルを囲みながら、ダイグウジのそんな言葉をツトム=ハルカは聞いた。

「ハルカくんの各能力資質についてはこれで判明した訳ですが、問題はこれをどのようにして試合に活かすのか、という話ですね」

 先生の言葉に、うーん、と上級生共々ツトムは呻り、ただただ方策を考える。

 そんな中で、一人が告げる。

「まあ、どう足掻いても普通のやり方じゃ活かせないよねぇ」

「完全に異質だしなあ、コレ。普通の枠組みで考えるとかえって良くないかもしれねぇな」

「じゃあまずはコレがどういうメリットがあるかから考えようか」

 そーだなー、とこちらを置き去りにして上級生達の議論は続いていく。

「まず生産量が保有量より多いってことは実質的に魔力無限ってことだろ?」

「いや、それはあくまで非活性状態の話だろ? 戦闘中ならこの数値より下がるだろうさ」

「ん~、確かにそうだろうけど、それを差し引いてもほぼトントンで生産されるんじゃないかな? 戦闘中でもちょっとした合間で全快までいきそうだよ? それにそもそも一気に使い切ろうとさえしなければ生産が上回って実質無限ってのも確かじゃん」

「じゃあ初級魔法でも永遠に撃ち続けるつもりかい? それにいくら無限って言ったって保有量がこれじゃあ結局ロクに使い物にならないじゃないか」

「そだな。初級魔法撃ち続けても大した結果にゃ繋がらねーし、中級魔法使おうとすれば無限ってアドバンテージが弱くなるし、かといって上級魔法なんざ無理に使っても相手は当然のように対処するだろうしなー」

「この性質を活かしたもっと革新的な方策が必要だね」

 革新的な方策かー、と天井を遠い目で見つめる上級生達。

 彼らがそういう反応になるのも無理はないことだろう。

 革新的などと口にするのは簡単だが、それを思い付くのは並大抵ではないのだから。

「ダイグウジ先生、何か意見ないっすか?」

「そうですねぇ……」

 堪らず先生に助言を求める上級生。

 だが問われた先生でさえも、しばし考え込んでしまっていた。

 だが、

「もう少し要素を分解しましょうか」

 一つの提案をダイグウジは皆へと投げた。

「保有量に対して生産量が多い、という比較を止めるんです。ただ単純に生産量が多いと言う風に捉えればもう少し視野も広がるでしょう?」

 なるほど、と皆がそれに得心すると、

「生産量多いってのは単純に便利だよな」

 議論は再び進み始める。

「まず残りの魔力量を細かく考えなくていい。多少休んだだけでそれなりに回復できるってんなら、ペース配分もしやすいってもんだ」

「まあ持久力にも直結するからね」

「最初の方は少し手を抜いて、後の方に余力を残しとくってのもしやすいよねー」

「だろ? それに普通だったらジリ貧になる筈の時間稼ぎが一発逆転の可能性になるってのも考えると、やっぱ生産力高いってのは試合で結構有利なことだと思うぜ、俺は」

 生産力の高さが試合においてどう影響するかを勘案していった上級生達は、そのメリットの大きさを改めて実感しては、うんうん、と納得の頷きをする。

 しかし、そんな彼らに対し、

「う~ん、あたしはもっと便利な使い道あると思うけどなぁー」

 一人が反論を示した。

 不意の介入に議論者達は疑問符を浮かべ、次の言葉を待つ。

 そんな周囲からの注目に一切臆することなく、発言者はさらりと、

「魔導具の充填、大助かりじゃん」

 思いついたことを答えてみせた。

 言われた台詞に、

「ああ、なるほど」

 納得の声が上がっていた。

「いやね? 私しょっちゅう通信端末使ってるんだけどさ、毎日毎日魔力貯蔵庫ギリギリになっちゃうんだよねー。んで自分の魔力で無理矢理延命するんだけどさ? これやると魔力無駄にしてる感満載だし、何のための貯蔵庫なんだー、ってアホくさくなるわけですよ。でももし、あたしがそこの彼みたいにさ? 生産力めちゃくちゃ高かったらさ? むしろ率先して自分の魔力使うっつうかー、いっそ他の人の充填も請け負ってちょっとした小遣い稼ぎするとかー、考えついちゃう訳ですよ!」

 饒舌に付け加えられたそんな補足説明に、おおう、と軽く戸惑いつつも、皆は頷きを返し、

「まあ確かによく考えたら割と稼げる案件じゃない? コレ」

「満タンの時は完全に溢れてるしね」

「つーかそう考えると超もったいねえな」

 保有量少ないから余計にねー、と苦笑し合う。

 確かに言われる通り、保有量が少ないにも関わらず生産量が多いと、ほとんどの時間魔力が身体から溢れ、周囲に流出してると言っても過言ではない。

 事実、今この時も魔力は少しずつ周囲へと漏れては溶けて、消えている。

 ……いつもの感覚過ぎてあまり実感は沸かないけれど。

 なるほど確かに、かなり勿体ない気がしてきた。

 思わず苦い顔になりつつ議論の推移をツトムが見守っていると、

「魔力に余剰が出る分、やっぱ生産力高いってのは便利だよなー」

 至ったその結論に、周囲共々納得の頷きがあるばかりだ。

 だがだからこそ、

「保有量の低さがどうしてもネックになってきちゃうわけだ」

 結局、問題はそこに戻ってきてしまうのだと誰もが理解できてしまっていた。

 どうしたものかと再び長い思案が始まる。

「…………………………………………………………」

 そんな思考の静寂の中で、

「あ、あの……」

 不意に、一人がおずおずと手を挙げる。今まで一度も発言せず、聞くだけだった人だ。

「どした?」

 問い掛けに、その人は一瞬ビクリとしつつも、

「これまでの話を総合すると、保有量の問題さえクリアできれば大きなメリットを受けられる訳ですよね……?」

 丁寧な口調で、総括を述べた。

 そして、

「その問題なんですけど、既に解決策は出ていると思います」

 この議論の行き着く先すら見えたと、目の前のその人は言ってのけた。

「……どういうこと?」

 訝しみながらの周囲の問い。

 それに対し、緊張で一度ゴクリと唾を呑み、息を整えてから、

「貯蔵庫を、活用するんです」

 明確な答えが、小さな口から告げられた。


● ● ●


 ますますもって意味が分からない、という視線が発言者に注がれる。

「保有量の無さを貯蔵庫で補おうってこと?」

「そうです」

「いや確かに貯蔵庫使えば魔力の保有量は増えるよ? でもそれはあくまで外部機器としてであって、本人の保有量が増えてる訳じゃない。それにそもそも貯蔵庫の魔力は個人の魔力性質を削ぎ落としてるから結局魔導具周りにしか使えないじゃないか!」

 それじゃあ何の意味も無い、と一人から明確な反論が飛ぶ。

 周囲もまた、それに同意するばかりだ。

 だが、既に答えを見つけているらしいその人は、なおも緊張しながら、しかししっかりとした口調で話を続けていく。

「貯蔵庫の魔力は魔導具にしか使えない。確かに一般的にはそのように認識されています。ですがそれは溜まっている魔力の性質が一律化されており、その扱いが非常に難しいからです。ではもし仮に、その魔力から性質を削ぎ落さず、本人の魔力のみで満たした貯蔵庫ならばどうでしょうか?」

「む」

 言われた内容に反対派が一瞬詰まる。確かにそれは、一考の余地がある方法だった。

 だから、

「……それって可能なの?」

「聞いたことないな」

「そりゃ自己生産なんてしないでしょ普通。本末転倒じゃん。日頃の魔力消費を抑えるための貯蔵庫だよ?」

「でもやれる可能性はあるな」

 議論が進む。疑問が生じる。そうなったならば、疑問の検証を識者に求めずにいられない。

「どうなんすか、ダイグウジ先生?」

 問われた教師は、ふむ、と少し考え、

「私も専門ではないので詳しくは分かりませんが、皆さんの仰る通り可能性はあると思います。貯蔵庫は何にでも使えるように性質を削ぎ落としている訳ですから、性質を残すというのはむしろワンステップ減らすだけで可能とも考えられますからね」

 詳しくはカジ先生あたりに聞かないといけませんが、と笑って答えてみせる。

「よし!」

 希望のある解答が得られたことに、上級生達はガッツポーズを一つ。

「これで保有量の問題は解決だな!」

 イエーイ!、と喜ぼうとしたその矢先、

「いや待て!」

 一人が待ったを掛けてくる。

「貯蔵庫を本人の魔力だけで満たすと言うが、それは簡単なことだろうか?」

 事前に結構な準備が必要ではないだろうか?、と問いを投げる。

 それでは新たなデメリットが生まれて意味がないのでは、と。

 そんな急な問いに、しかしこの方法を導き出した者は、

「あ、そこで生産力の高さが功を奏します」

 分かっているとばかりに、さらりと答えてみせた。

「自分の魔力のみを溜めていく関係上、本来であればより多くの魔力を貯蔵するためには長い期間を必要としますが、彼の場合ですと、その期間をかなり短縮できると思います。なにせ生産力の高さと保有量の少なさが合わさった結果、睡眠時や休息時などを筆頭に人一倍魔力が溢れやすくなっていて、それを溜めるだけで十分な魔力が貯蔵できるわけですから。それに一般的な人ならば意識的に余剰分を生み出して溜めなければならないのに対し、何もせずとも常時溜まっていくというのは、日常への影響のなさの観点からも十分有用なことかと。まあ確かに今すぐの解決とはなりませんが、十分これからに希望は持てる方法だと思います」

 続いた説明に、ここでそれが活きてくるのかー、と他の上級生達は感心するばかりだ。

 そう、この方法は決して誰にでも通用し得るものではない。

 特定の条件が揃っているからこそ、その有用性が際立つ。

 そういう方法だったからこそ、これが実現可能なのか、ここにいる誰もが早く知りたがった。

 だが答えがあるのはここではない。

 ならばどうする?

 そんなの決まっている。

「じゃあ、早速実証に行きましょうか」

 生徒に混じりながら、己もまたその可能性の証明が気になるリツ=ダイグウジはサッと立ち上がり、告げた。

「今からっすか!?」

 驚きながらの問い掛けに、もちろん、と笑って頷くダイグウジ。

「善は急げ、ですよ。カジ先生なら大抵研究室に篭もってると思いますし」

 言われた台詞に皆は苦笑を返すばかりだ。

 そうして教師の先導の下、全員が立ち上がっていく。意気揚々と、答えの正しさ欲しさに。

 向かう先は工学棟。

 貯蔵庫への自己魔力貯蔵と、その使用の検証を行いに専門家の巣窟へと飛び込むのだった。

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