第三章4『今までの自分、知らなかった自分、だけど変わらぬ自分自身』
● ● ●
検査、というものを受けた経験は少ない。
ダイグウジや上級生達の指示の下、幾つもの測定を受けながら、ツトム=ハルカはそんなことを考えていた。
確かに幼少期には病気の事もあり、一般的な人よりも多く検査を受けていたとは思うが、結局それもその頃だけだった。
先天性の魔力欠乏症。
それ自体は決して珍しい症例ではない。まして重度とは言い難い程度の症状であれば、最初の診断だけで全ては事足りる。後は経過観察をして、しばらくすればそれもお終い。
その後は、むしろ検査の機会は減ったと言っていい。
なぜなら健康的な人が異常を異常と診断されるのに対し、軽症の者は適度な異常が正常として診断されるのだから。
むしろ必要以上に負荷を掛けるのは症状を悪化させかねないと、初期診断さえ伝えてしまえば、後はひどく簡単な検査が待っているだけだった。
どうせ大抵は専属医師が付いているものだから。
「…………」
そう考えると、医者の下に行くのを意地でも拒否していた昔の自分はひどく厄介だったろう。
だけど子供ながらに嫌だったのだ。
親や祖父母、親戚の人達の時間を奪ってまで、迷惑を掛けるのが。
どうせ行っても問題なしで終わと思っていたし、実際そうだったから。
それこそ専属医師が一番の手抜き検査だったのかも知れない。
「?」
思わず出てしまった思い出し笑いに、周りが不思議そうな顔をするのも構わず、思考は続く。
……なんだか新鮮な感じだ。
指示に従っては魔力を出したり、止めたり、ただ何もしなかったりと随分と久々な経験をしている。
……精密な測定なんて、いつ以来だろうか?
思い出せないし、思い出した所できっと大昔だ。今とは全然違う。
そう考えると、日頃の成果が今こそつまびらかにされるということなのかも知れなかった。
それは堪らなくワクワクするのだけれど、ほんの少しだけ不安も覚える。
……自分がやって来たことに、意味はあっただろうか?
分からない。周りに迷惑を掛けたくなくて、心配されたくなくて、自分を駄目な奴だと思いたくなくて、必死だった。
だから一人で抱えて、一人で突っ走ってきた。
周りに相談しなかった訳ではない。だけどそれはあくまで知識の教授を求めただけ。
気概や志の如何を問うたことはない。
だからこそ、改めて思うのだ。
……自分はこれで良いのだろうか?
問う心は、だけど即座に一蹴される。
……良いとか良くないとかそう言う話じゃあ、ないんだよなぁ。
いつからだろう。迷惑を掛けたくない、が、真っ当でありたい、に変わったのは。
いつからだろう。自分は駄目な奴なのか、という問い掛けが、自分を諦めるものか、という決意に変わったのは。
分からない。忘れてしまったし、何かきっかけがあった訳でもない気がする。
ただ必死に走る内に、走ること自体が楽しくなって、もっと先へ、もっと先へと、そう思うようになっただけな気もする。
そう考えると、随分と子供じみた感覚で自分は自分になったんだなと笑ってしまう。
ああ、そうだ。何か大層な出来事があった訳でもなく、誰か凄い人物に出会った訳でもない。
ただ、こうありたいと自分が思って、そうあろうと努力した。それだけ。
……なら結果の如何に何を不安がる?
どんな現実を突きつけられても、それを乗り越えてやれば良い。いや、乗り越えたい。
だから、
「はい、終了です」
その言葉を前にしても、ツトムの心は揺るがず晴れやかだ。
● ● ●
「ふむ」
やはり、とリツ=ダイグウジは目の前に示されていく結果を見ながら心の中で納得した。
ツトム=ハルカ――彼の入学試験を見て以降、自らの内に立てた仮説がそこには明確に示されていたのだ。
「やっぱ魔力量低いねー」
「ん~、でも流動性はかなり高いよね」
「精密性も中々じゃねーか?」
研究生達も彼の数値を見てはそれぞれの見解を述べていく。
そうして意見を交わしていけばいくほど浮き彫りになる事実は、
「てか魔力量とか属性適合なんかの才能系除けば全般的に高くね?」
彼という少年が、非才でありながらどれほど努力してきたのかということばかりだ。
「?」
当の本人は話に付いていけず不思議がっているのが本当に可笑しい。
「君は誰かに師事を受けたりはしているのですか?」
笑顔で問うた先、彼は、
「いえ、特には。多少叔父や従兄弟に相談したりはしてますが、基本的には独学で訓練しています」
何てことはないようにそう答えていた。
「では実際どのような訓練を?」
さらに問うと、えっと、と彼は少し考え、
「とりあえず毎日の走り込みと、体術、魔法の訓練が主でして、あとは瞑想や知り合いと組み手をしたり、スポーツ含めて魔法戦も一応はやってますね」
答えた内容に、周りの研究生達がジッと彼を眇め見て、
「え? なに? それ遊ぶ時間とかあんの? 部活漬け的なアレなの?」
呆れたように質問する。それに対して、彼は困ったように苦笑しながら、
「なんと言いますか、一度決めて始めたら日課になってしまいまして。一応友人と遊んだりもしてますから心配されるようなことでは」
スポーツなんかは完全に遊び感覚でやってますし、と答える彼に対し、
「趣味は訓練ですって感じだな、おめぇ」
いや別に本人がそれでいいならいいんだろうけど青春真っ盛りでどうなのそれ?、と研究生達は揃って頭を抱えるばかりだ。
そんな彼らに対し、ダイグウジは一つ手を打ち、
「ではそろそろ説明に移りましょうか」
本題へと戻らせる。
「さてハルカくん。今まさに測定した君の魔力についてそれぞれ説明していきましょうか」
そうして指し示すのは、まず魔力量だ。
「分かっていたとは思いますが、君の魔力量は一般的なそれの十分の一ほどです。これは初級魔法の使用についてはさして問題ないですが、中級魔法を常態的に使うには少々不足し、上級魔法を使おうとすれば魔力枯渇に陥りかねない量ですね」
こちらの説明に対し、
「え?」
不意に驚いた声を上げるハルカくん。
「? どうかしましたか?」
むしろそのことにこちらが驚き、彼へと質問を投げる。
すると、
「あ、いえ。中級魔法、使えることは使えるんだな、と」
ハルカくんは戸惑ったように答え、
「ずっと使えない物だと言われていたので」
理由を話す。
それを聞いて得心する。
「確かに数年前であれば中級魔法を一度使うのも一苦労だったとは思いますし、危険も伴ったと思います。ですが君の身体も日々成長しているんですよ? ましてここ数年の伸び率は幼い頃よりも急激に上がりますから、別段不思議なことではありません」
丁寧に説明を加えてあげれば、彼は納得したように頷いた。
だから次の項目へと移る。
「では次に君の属性適合ですが、これは概ね一般的ですね。完全に不可や全体的に低い、といった特殊な事例はなく、あくまで得手不得手はありつつも適合値自体は通常通りの値で推移しています。元々精霊との相性は魔力量には依存しないので当然の結果ですね」
こと属性適合に関してはそれ以上の説明は必要ない。元々後天的にどうにか出来る部分ではないからだ。
なのでどんどん次へ次へとダイグウジは説明していく。
「さらにその次、流動性や精密性、出力値などの技術系や体力系の値についてですが、これらは日頃の訓練の賜物ですね。一般的な値よりも十分高い数値が出ています」
よかったですね、と声を掛ければ、ホッとするでもなく驚いたようでもなく、ただ照れたように笑うのがいかにも彼らしい。
「さて、各数値を見ましたが、この中でも特に注目すべき部分があると私は考えています。どこだと思いますか?」
問い掛けるのは研究生達を含めたここにいる全員に対して。
こちらの言葉に、皆はしばらく考え、
「魔力操作系ですかね?」
「持続力とか?」
「意外と出力値なんじゃねーの? これ多分持ってる魔力一度に全部出せる筈だろ?」
様々な意見を交わしていく。
それを微笑ましく見守っていると、
「で? 先生、答えどれよ?」
問い掛けが来た。
だから、答える。
入学試験の時に感じたこと。ランキング戦を見て確信したこと。そして測定して確実な物となったこと。
「それは――」
● ● ●
「“魔力生成量”です」
問いの答えを、ツトム=ハルカは耳にしていた。
告げられた言葉に、検査結果を上級生ら共々覗き込む。
「ああ、こりゃ確かに高い――」
そうして上級生の一人が納得の声を上げようとして、しかし不意に固まった。
「?」
それを周りの皆は疑問に思いながら、改めて検査結果を眺め続けた。
「あ」
また一人、誰かが声を上げて固まる。
「え? 何? 何なの?」
固まった二人に向けて上がる疑問の声に対し、二人は顔を見合わせて、
「これってさ、もしかしなくてもやばいよね?」
「ああ、普通じゃ絶対ぇならねぇっていうか、あり得ねぇっつう――」
「だから何なんだよ!?」
再三の疑問に対し、いやな、と片方がそっと結果を指し示す。
そして、告げる。
「魔力生成量がさ、魔力量上回ってるんだよね、コレ」
「――あ」
指摘された内容に、皆が固まった。
それは、そんな結果を出した自分自身も含めて。
生成量が魔力量を上回る、数値だけを見れば大したことではないのかも知れない。
だがその本質は荒唐無稽な現実を表している。
なぜならこれは――
「持てる量より生む量のが多いってか」
誰かが発した呆れ交じりのその言葉こそが、真実だった。
「ハルカくん。訓練の際に意識を失ったりしたことはありますか?」
困惑したこちらに問い掛けてきたのはダイグウジだ。
「いえ、特には。確かに始めの頃は少し気怠さや息切れのようなものを感じましたが、しばらく経てばそれもなくなりましたね」
告げた答えに、ダイグウジは、ふむ、と軽く口元を押さえ、
「習慣的な欠乏状態の継続による生成量の増大と身体適合の結果ですかね? 継続した期間が長いからこその結果だとしても、やはり稀有な例であることに変わりはない、か」
ブツブツと小声で告げられた内容に、しかし上級生達が反応する。
「いや、それにしたって先生よぉ、生成量が魔力量より多いってさすがに異常すぎない? いくら過酷な欠乏状態の継続つったって、こうはならんでしょ?」
「確かにそうかもしれません。しかし彼の元々の魔力量が低かったというのが逆に功を奏したという可能性もあります」
「それだったら欠乏症患者みんなこうなってないとおかしくないですか~?」
「軽症であることも重要なのかも知れませんね。恒常的な欠乏状態でもなければ、基本的な魔法使用すら不可能な程でもなく、ある程度の魔法使用――つまりは一定以上の負荷を掛けた上で継続的かつ超長期の訓練によって起こり得た結果ではないかと」
「うへぇ~、条件厳しい~」
「論文一つ書けるな、コレ」
「一つ所か今後継続的な観測対象になる事案では?」
目の前で繰り広げられる議論をただただ唖然としながらツトムは聞きつつ、教師と上級生達のやり取りが終わるのを静かに待った。
そんな最中に思うのは自分自身について。
……魔力欠乏症だけならそう珍しくはなかったはずなんだけどなぁ。
なにやらここに来て新たな“特別”を手にしてしまった気がする。
良い意味での“特別”は、初めてかも知れない。
……いや、違うな。
“特別”、それすなわち周りとは異なっているということ。
それは自分にとって何も病気に限った話ではない。
挑み続けること。諦めないこと。立ち上がり続けること。
それを宣言し、やり進め、止めないことでどれだけ“おかしい”と言われたことか。
周りに驚かれる経験は、それこそ思い返せば驚くほど多い気がする。
だから思いの外、自分は多くの“特別”を持っているのかも知れない。
……それもまた違うな。
“特別”なんじゃない。
ただ自分らしくあろうとしただけ。自分がしたい通りに、思った通りに突き進んできただけ。
その結果周りと違っていったとしても、構わないと躊躇わずに思えただけだ。
始めから違っていた者は普通“一般”に憧れるのかも知れない。
周りと変わらず、周りと同じように扱われ、周りと同じように生活していく。
それを望ましいと思うのかも知れない。
だけど自分は違った。
真っ当でありたいという願いは確かにある。
だけどそれは心配や迷惑を掛けたくないからで、周りと同じになりたい訳ではない。
むしろ一般的と呼ばれるモノより一段高い所を目指しているのだ。
そうでなければ安心させられない。もう大丈夫だと、胸を張って言えないから。
だからきっとこんな自分は、“特別”の中でも“普通”じゃない。
だけどそれを凄いことだとも思わない。
……だってこうありたいと思っただけだからなぁ。
結局のところ、自分は“自分らしさ”が何より大事なのかも知れない。
ならば今目の前のこの現実もまた、“自分らしさ”を貫いた結果だろう。
驚きこそすれ、決して“特別なモノ”ではない。
なにせ検査で判明しようとしなかろうと、この身体とは一生付き合っていくことになるのだから。
「……………………」
そうして思索に耽りつつ、眺めていた先生達のあれやこれやの議論は、しかし、
「とりあえず保留で」
誰かが告げたそんな一言をきっかけに、唐突に、そしてあっさりと終わりを迎えるのだった。
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