第三章3『学びの先達たち』
● ● ●
『リツ=ダイグウジ教授 研究室』
そう書かれたネームプレートの前に、ツトム=ハルカは立っていた。
理由は一つ。ダイグウジへの質問が持ち越されてしまったから。
授業終了後の短い時間では質問に答えきれないと、ダイグウジに放課後研究室まで来るようツトムは言われたのだった。
だからこうして、その扉の前に立っている。
多少の緊張を感じつつも、ツトムはノックを一つして中からの返事を待つ。
「どうぞー」
それに応じたのは聞いたことのない声だった。ダイグウジではない。
疑問しながらも、
「失礼します」
ゆっくりとツトムは目の前の扉を開けた。
扉に手を掛けたまま中の様子を少し覗うと、数名の学生達がそこにいた。
くつろいでいるような、馴染んでいるような、とにかく居心地良さそうに彼らはテーブルを囲んで座りながら、入ろうとしているこちらを物珍しそうに眺めている。
明らかに上級生達だった。
「どちらさん?」
彼らの内の一人がこちらに声を掛けてくる。
だから、
「ダイグウジ先生に相談があって来たんですが……」
答えながら部屋の奥まで見回すが、肝心のその人は見当たらない。
「先生ならまだだから、入って待ちなよ」
言いながら手招きする彼らの下へ、ツトムは軽く頭を下げながら近付いていった。
「あれ?」
不意に一人の女生徒が声を上げた。
「どした?」
「いや、何かどっかで見たことある顔だな~って」
「知り合い?」
「ん~~」
少し呻ってから、思い出せないや~、と彼女はテーブルにグデっと突っ伏す。
そんな彼女に周りは呆れながらも、
「んで、一年坊。相談って何だ? 勉強か、魔法か、それともまさかの恋愛か?」
ニッと笑って問い掛ける。
ここでも恋愛相談だと言われたことに苦笑しながら、
「えっと、まぁ、ランキング戦に向けてちょっと魔法関係の相談がありまして」
ツトムはそう答えた。
それを聞いた彼らは、ほぉー、と感心したようにこちらを見つめる。
「入学したてだってのに、熱心なことで」
「俺なんてその頃遊び感覚だったぜ」
「そうそう。試験って言っても実質お祭りだもんねー」
「知り合いの調理部なんかは稼ぎ時だって張り切ってたぜ?」
「うちのクラスにも新入生勧誘だーってやる気満々の子いたわー」
ワイワイワイワイと進んでいく上級生達の会話に、ツトムが一人置いていかれていると、不意にガチャリと扉を開く音が背後から聞こえた。
「あ、ダイグウジ先生。おはようございまーす」
「ちわーす」
どうやら目的の人物が来たようだ。
上級生達の気安い挨拶に対し、
「はい、こんにちは」
聞き慣れた優しい声音が応じていた。
ツトムが振り返れば、いつも通りの柔和な笑みを浮かべたリツ=ダイグウジがそこにいた。
部屋に入ってきながらこちらを発見するなり、
「もう来ていたのですね。お待たせして申し訳ない」
ダイグウジは苦笑しながら謝罪する。
だから、
「いえ、こちらこそ急な相談に乗って頂きありがとうございます」
ツトムは感謝の言葉を述べつつ、深く頭を下げる。
そんなこちらを見て、ダイグウジは微笑んで、
「本当に君は礼儀正しい人ですね。皆さんにも君を見習ってほしいものですよ」
ねぇ? と投げられた言葉に対し、受け取った上級生達は、
「俺達がこんなくつろいでるのはダイグウジ先生が好きだからっスよー?」
「優しいし、親しみやすいし、色んな事教えてくれるしー」
「そもそも先生、フワッとしてますもん。こっちも当てられますわ」
気安い調子で思い思いの言葉を返してみせた。
それを聞いたダイグウジはただただ苦笑するばかりだ。
「そんで先生」
上級生の一人が不意にこちらを指差す。
「そいつの相談って何? 面白そうだから手伝おっか?」
ニヤっとしながらの彼の提案に、ダイグウジの方もニッコリと微笑み返し、
「そうですね。皆さんにもお手伝い願いましょうか」
告げられた教師の台詞に、いえー! と上級生達は軽い調子で喜んだ。
そして、
「では、特別授業を始めます」
そんなダイグウジの言葉に、はい!、と応じたのは自分も含めたここにいる全員だった。
● ● ●
「さて皆さん、まずは彼の現状と目的について確認しましょうか」
ダイグウジがそう言うのをツトム=ハルカは真横で聞いていた。
上級生達の前、いつかの集会よろしく皆の前に立たされている形だった。
ダイグウジは続ける。
「彼の目的は“ある生徒”に勝つことです」
言いながら確認するように向けられた視線に対し、ツトムは頷きを返す。
「私の知るかぎり、現状では彼がその生徒に勝つことは不可能と言っていいでしょう」
分かっていた事とはいえ、実際に専門の教師に断言されるとより説得力が増す。
……そう、今のままでは決して駄目なんだ。
故にこその、この時間。
「だから彼は私を訪ね、方法を求めてきました」
ですが、とダイグウジはなおも続ける。
「実際問題、私としても今すぐ彼を勝たせてあげることは不可能でしょう」
方法論でどうにかなるものではないと、隣の教師は告げてくる。
それもまた分かりきっていたことだった。
だから今すぐどうこうしようという気は無い。だがいずれ、そう思う気持ちは変わらない。
「はいはーい」
不意に、上級生の一人が手を挙げる。
「先生がそこまで言うってことは相当な相手ってことだと思うけど、どんな子なの? ランクは? 順位は? そもそもこの子はどうなのよ?」
それにさ、と彼女は続け、
「先生が無理だと思ってることを私達がどうにかできるもんなの?」
一気に質問を重ねてきた。
それに対し、ダイグウジはニッコリと笑みを返す。
「確かに私は現状無理だと断言しました。ですがそれはあくまで現状の話ですし、彼の今後まで私は推し量りたくない。それに彼の方に諦める気はなさそうですから、より多くの選択肢を今のうちから考えさせてあげたいのですよ」
「つまり突飛な意見大歓迎ってこと?」
「ええ。皆さんが持つ、年長者として、研究者として、一個人としての自由な発想を教えてあげて下さい」
先生の言葉に、了解~、と気さくに応じる上級生達。気の抜けるような雰囲気なのに、どこか頼り甲斐を感じるのが不思議なものだ。
「さて、もう一つの質問にも答えないといけませんね」
言って、ダイグウジがこちらを見る。
「相手が相手ですし、対策を取るためにもそれぞれの情報について詳しく開示すべきだと私は思いますが、どうですか?」
それは自分と“彼女”のことを話していいか、という質問だった。
自分に関しては当然問題ない。彼女に関しては――
……あまり気にするタイプではなさそうだな~。
そもそもこと実力に関して言えば、自分が知っていることなどランキング戦の一試合だけだ。
それこそ横に立つ教師の方が彼女を入試を担当した分、より詳しい筈だ。
だから、
「お願いします」
そう告げることを、ツトムは躊躇わなかった。
「分かりました」
では、とダイグウジは続け、
「彼が相手するのはSランクで第一位の、アンヌ=アウレカムさんです。タイプで言えば私すら越えるオール万能型。そしてここにいる彼の名はツトム=ハルカくんです」
告げられた内容に、上級生達は、ふ~ん、と軽い相槌を打ってから、
「「「?」」」
不意に疑問符を浮かべ、固まった。
「え? アレ? それって確か昨日の――」
「記事にもなってたアノ……?」
「天使事件の一年じゃねーか!?」
アレに勝つ!?、などと上級生達がわいのわいのと騒ぎ出すのを慣れた調子で見守りながら、
……天使事件なんて呼ばれてたのか。
ツトムはそんな感想を抱いては、騒ぎが収まるのをいつも通りに待ち続けた。
「てか今思い出したんだけど、この子も記事出てたじゃん!」
「あ!? アレか! Xランクとか何とか言われてた奴!」
「え? 待って。確かあれって魔力欠乏だからとか何とかが理由だったよね? つまり何!? 魔力からっきしのくせに、あの魔力オバケに勝とうって!?」
馬ッ鹿じゃねーのッ!?、と全員が全員こちらに振り返りながら揃って告げた台詞に、ツトムが返せるのは苦笑だけだ。
「いやオメエ、あはは、じゃねーよ! 無茶って分かる? 無謀って分かる? 勝算とか勝つ見込みとか考えたことあんのかテメェ!?」
そうして言われた言葉に、告げるべきは一つだ。
「もう決めたんで」
そうだ。もう決めた。
勝てるかどうか、ではない。勝とうとするかどうか、挑んでいくかどうか、だ。
だから、
「挑むのを諦めたりはしません」
それだけは、絶対だった。
こちらが告げた言葉を、彼らはどう受け取ったのか、
「……ああ、こいつ、馬鹿な人だ」
「頑固、意固地」
「ヒュ~。挑戦的~」
各々呆れ交じりに告げながら、最後には苦笑を浮かべてみせていた。
そして、
「はい皆さん。驚愕タイム、終わりました?」
しばらく静観していたダイグウジが不意に手を叩いて告げた言葉に、ウィース、と上級生達は応えて黙る。
しかし、
「はい先生ー」
再び一人が手を挙げる。
「現状あれに勝てないのは分かったしー、この子も色々問題抱えてるのも分かったけどー? それってー、解決できるもの何ですかー?」
聞かれた質問に、
「そのための授業ですよ?」
しれっと応えるリツ=ダイグウジ。
そんな教師を、なるほど、と神妙な面持ちで見つめる上級生達。
正気か?、と続けて言いたげな彼らに、ダイグウジはニッコリと笑みを返すと、
「アウレカムさん、彼女に対して個別の対策を考えるのは無駄ですね。対策のしようがないです。なので今回はハルカくんの長所、短所の洗い出しを行って、如何に戦闘での選択肢を増やせるかを考えたいと思っています」
具体的にこれから何を議論し、何を解決していくかを説明していく。
「という訳で」
言って魔法学教師はこちらに振り返ると、
「ちょっと検査、しましょうか?」
こちらの肩を掴みながら、はにかんだ。
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