第三章2『新たに出来た友達の、“らしさ”を知って』


● ● ●


「眠そうね」

 授業終了直後、不意に掛けられた言葉にタクミ=マサカは振り向いた。

「いや、なんつーか頭パンクしそう……」

「これだから直感野郎は」

 よくもまあここに入れたわね、と辛辣に告げるのは幼馴染みのリン=キミハだ。

 そんな棘だらけの言葉に対し、半笑いを返しながら、

「そりゃおめえ――」

 言ってきた張本人を指差す。

「俺にはお優しい家庭教師様が付いてるからな」

 冗談めかして告げた先、そこから返るのは苛立ちを如実に露わにした見下しの視線だけだ。

 ハッ、とリンは一息で嗤い、

「だったらもうちょっと感謝の気持ちを態度で示しなさいよ」

「マジ感謝してます!」

 言われた台詞に、タクミは両の手を合わせながら軽いノリで頭を下げる。

 そして、

「つーわけでこれからもよろしくお願いします」

 間髪入れずに続けた矢先、ゴチンという聞き慣れた音と共に小さな痛みが頭を襲う。

 頭をさすりつつ顔を上げれば、手をチョップ型にしたままのリンが、まだまだ変わらぬ見下しの視線を送り続けてそこにいた。

 あんたねぇ、とリンは嘆息すると、

「少しはアイツを見習いなさいよ」

 指差すのは一つの席だ。

「?」

 しかし、そこには誰もいない。

 リンの方も知らなかったのか、辺りをキョロキョロと見回し、その当人を探す。

 そして、

「あ、いた」

 呟いたリンの視線の先へ、タクミもまた振り返る。

「おうおう、勉強熱心なことで」

「アンタもああやって自分から学びに行きなさいよ」

「そりゃ無理なこって」

 互いの視線の先、そこにいるのは真面目な顔をした金髪の同級生。

 ツトム=ハルカだ。

 ツトムはなにやらダイグウジに質問しているようで、答えを聞いてはメモを取る。

 それが二、三分続いた所でダイグウジは一度時計を確認し、苦笑しながら何かを告げる。

 ツトムはそれを聞くと一度頭を下げ、メモの類いをしまって自分の席へと向き直る。

 その時、軽く驚いたような視線がこちらとぶつかり合った。

 笑みを浮かべながら近付いてきたツトムに、

「ご立派だねぇ優等生」

 笑ってタクミが告げると、ツトムは、え?、と言わんばかりに小首を傾げ、しかしすぐに得心した。

「ちょっと解決したい“問題”があってね。先生に聞くのが手っ取り早いと思っただけだよ」

「そこですぐ先生に聞ける辺りが優等生らしい気がするけどね」

「そうかな?」

 そうだよ、とリンと二人して告げた先、ツトムは苦笑するばかりだ。

「で? 問題って何だよ?」

「いや、ちょっと、アウレカムさんのことでね」

 頬を掻きながらの彼の台詞に、リンと二人、顔を見合わせる。

 そして、

「「恋愛相談?」」

 同時に告げた先、

「……違うよ」

 珍しくツトムが呆れたようにこちらを眇め見ていた。

 だから、

「いや、だっておめぇ……、なぁ?」

「ツトムがあの子のことで気にするのってそれぐらいじゃないの?」

 からかうように二人して続けた言葉に、

「ち・が・い・ま・す」

 そりゃあ気にならないと言えば嘘になるけどそんなこと先生に相談するとかまさかそんな、などとブツブツブツブツと呟くツトム。

 そんな彼へ向けて、

「じゃあ何が問題なんだ? 住所とか連絡先でも知りたかったのか?」

「いつもどこにいるかーとか、一緒に授業は受けられるかーとか?」

 更なる言葉を二人してぶつけると、

「……いやだからそういうのじゃなくて」

 ツトムは呆れながら溜息を吐いてみせる。

 そして、

「彼女にどうやったら勝てるかって相談をだね――」

 さらっと、よく分からないことを言っていた。


● ● ●


「…………」

「…………」

「?」

 リンとタクミが黙ってこちらを見つめるのをツトム=ハルカは疑問しながら眺めていた。

「…………ん?」「…………え?」

 たっぷり熟考数十秒。

 素っ頓狂な声を上げてから、二人は互いの顔を見合わせてはこちらを覗くのを数度繰り返し、そして、

「ちょっと待って、何言ってんのお前?」

「あれ、アンタこの前の試合一緒に見てたよね? もしかしてアレ幻覚だったの?」

「…………」

 ハッハッハ、ハッハッハ、と冗談交じりに笑い合う二人をツトムはまたも眇め見つつ、

「……割と本気で言ってるんだけど」

 告げた台詞に、二人がピクリと止まった。

 そして、

「馬鹿かオメエっ!?」「馬鹿なのアンタっ!?」

 阿吽の呼吸でほぼ同じ台詞が飛んでくる。

「えぇ…………」

 こちらとしては本気も本気なのでさすがに馬鹿呼ばわりされることには文句も言いたくなる。

 ……まぁ確かに自分でも多少馬鹿みたいだとは思うけど。

 性分だから、仕方ない。

 こちらがムッと口を引き結んで二人に抗議の目を向けていると、

「あ、うん、ごめん。馬鹿だったわ、君」

「勉強は出来ても、頭のネジは吹っ飛んでるのかぁ……」

 いつも通りに揃って顔を覆い、呆れた溜息が目の前で零されるのだった。

「別に俺だって一朝一夕で勝てるとは思ってないよ? きっと何年、何十年って掛かるだろうし、もしかしたら一生追いつけないかもしれない。だけどさ――」

 そう、だけど、

「追いつけないからって諦める選択肢は俺にはないよ」

 “彼女”にも告げたことだ。自分を諦めることだけはしないのだと、心に刻んでいる。

 だから、

「勝つための努力を、俺はただ我武者羅にするだけさ」

 それ以上もそれ以下もありはしないのだ。

 そんな風にツトムが告げた先、

「なんつーかさ――」

「あんたやっぱり――」

「「面白いわ」」

 呆れた表情で笑う二人に、こちらも笑みを返すばかりだった。

 分かってもらえるとは思っていない。

 分かっているよと言って欲しくもない。

 分かる訳ねぇと馬鹿にされても、きっと何も感じない。

 自分がそうしたいから、そうしているだけなのだから。

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