第二章9『戦わずとも分かること』


● ● ●


 闘技場の中心で、アンヌ=アウレカムとゴルド=ルクセリアは共に向かい合っていた。

 両者の様相は真逆と言っていい。

 ゴルドの方はまさしく完全武装。見るからに高価で性能の良さそうな装備を、まるで普段着のように全身余さず着こなしている。徹頭徹尾、完璧なるオーダーメイドの専用装備は、誰もが羨む代物だった。

 一方のアンヌは、一切の武装を身に付けておらず、それどころか制服姿そのままで、そこに立っていた。ただ翻るスカートの下に、長めのスパッツだけを新たに穿きながら。

 そんな彼女の姿に、

「装備はどうしたんだい?」

 表情だけは笑いながらも、しかしゴルドは確かな不快感を滲ませて相手へと問い掛ける。

 彼の言葉に、アンヌは何を言ってるんだとばかりに小首を傾げて、

「別に必要ないよ?」

 サラリと答えてみせる。

「……ふざけているのか?」

 彼女のあまりの態度に、ゴルドは思わず苛立ち混じりの文句を投げつける。

 舐められていると、そう感じたから。

 そんな彼を前にしても、当のアンヌはただただ困惑するばかりだ。

 本当に装備なんて必要ないから。

 そうして噛み合わぬ二人のやり取りを見かねてか、

「まぁ待ちたまえ」

 一人の女性が仲裁に入る。

 審判として二人の間に立つ、アマネ=ムトウだ。

 彼女は二人の内、まずゴルドの方を手で制し、次いでアンヌの方へと向き直る。

 そして苦笑を滲ませながら、

「アウレカム君、気持ちは分かるが、一応は武装してくれないか?」

 気安い調子で彼女へとお願いをする。

 教師からの言葉にアンヌは小さな溜息を吐きながらも、渋々と頷いた。

 そんな彼女に、ゴルドはますます苛立ちながらも、

「まったく、早く着替えてきたまえよ」

 意趣返しのようにわざとらしく大きな溜め息を吐いてみせて、そんな風に告げていた。

 彼の催促の言葉に、アンヌは一度会場を出て行くのかと思えば、

「別にここでいいよ」

 何てことない顔で、そう言ってのける。

 それを前に、

「なに……?」

 一体全体何なんだこの女は、と言いたげに訝しむゴルド。

 そんな彼の視線の先で、

「すぐ終わるから」

 アンヌはさっと手を振った。

 慣れた様子で自らの手の平に集めるのは魔力の光。

 集まる量は拳大の見た目に反して、あまりにも莫大な量だった。

 そして、

「な――――」

 ゴルドの驚愕の呻きの中、光が一気に変形していく。

 変わり形作られるのは柄、鍔、刃。

 変形が始まってから一秒と掛からず、“それ”は完成を見た。

 そうして彼女がスッと握るのは、黄金色に輝く“一振りの剣”。

「――――」

 金属質のその全身は、上から降り注ぐ照明の光を鋭く跳ね返して煌めく。

 意匠はどこまでも簡素で、一切の華美装飾がない。

 ただ剣として求められ、剣として働くためだけの姿で、“それ”は自らを表している。

 しかしだからこそ余計に、その姿はある種の優美さを周囲に見せつけるのだった。

 この剣は“魔力”によって作られた。

 しかしそれが疑わしいほど異様な存在感が、“それ”にはあった。

 密度が、凝縮率が、固着度が、度外れているという言葉が生易しいほど極まっていて、もはや剣はそこに確かに存在していた。

 魔力ではない、確固たる“物体”として。

 そうして、

「これでいい?」

 剣の創造者は、何の感慨もなく目の前の相手へと問うた。

 極々当たり前に、酷くいつも通りに、自分が為したことの意味すらどうでもいいとばかりに、彼女は問う。

「…………」

 その態度に、そして引き起こした現象自体に、ゴルドだけでなく会場中が息を呑む。

 お前は今なにをした?、と

 そんな呆然が渦巻く中で、だけど最も早く我に返ったのは事態を間近で見たゴルドだった。

 彼は驚愕を無理矢理に押し殺し、

「……いい、とも」

 どうにかそれだけを彼女に告げる。

 そして、強い怒りを抑え込むように一度だけ口を強く引き結んでから、

「…………」

 持ち前の自負を支えに、頭を切り換えていく。

 たとえどれだけの荒唐無稽が目の前で起ころうと、それが何だ?

 元よりこの女に魔力で勝てるなどと思っていない。

 ただ“それ”だけがこの世の全てではないと、ゴルドは何より知っているだけだ。

 だから、

「さあ、始めよう!」

 ここでこいつを打ち負かし、己こそが一番だと知らしめす。

 それだけが、ゴルドにとっての全てだった。


● ● ●


「まったく、ふざけてますわね」

 観客席からその異常事態を見たエレナの言葉にツトム=ハルカは同意せざるを得なかった。

 彼女が指しているのは、眼下で繰り広げられたアンヌの行い。

 “それ”は、常軌を逸していた。

「――――」

 彼女の手に、“剣”がある。

 魔力によって生み出された“一振りの剣”。

 しかしあれはそこらの代物とは一線を画す。

 なぜならあれは、魔法に非ず。まさしくただの剣そのもの。

 魔法を行使して、彼女は本物の剣を生み出したのだ。

 それがどれほどのことなのか、ツトムを含めたここにいる全員が理解出来る。

「…………」

 確かに魔力による物体の生成自体は、魔法の中で当たり前に行われていることだ。

 岩壁を作る、氷を生み出す、植物を生えさせるなどが良い例だろう。

 しかしそれらはあくまで魔力が一時的に変容しているに過ぎない。

 だから、魔力供給が断たれれば勝手に霧散していく。

 ならば魔力を物体として完全に固定しようとするとどうなるか?

 魔力の物体化、実はそれ自体の理論は既に存在していた。

 だが誰もが知るその結果は、“使えない”の一言だ。

 それに必要なのは想像力と、最高度の技術と、何より莫大な“魔力量”。

 手で持ち運べるサイズの物を作るのにさえ、数十人単位の全魔力が必要ともなれば、割に合わない以外の何物でもなかった。

 たとえ自分の好きな形に作れて、何もない状態から道具を生み出せるのだとしても、実用性が皆無ならば何の意味も無い。

 まして普通に今ある物体を加工して作った方が手間もコストも掛からないとなれば、それを使おうとする者などまずいない。

 故に誰もにとって魔力の物体化とは、夢物語にすぎない。

 しかし、

「――――」

 “彼女”は違った。

 そんな夢物語を、“彼女”はたった一人で現実へと変えてみせた。

 それも当然のように、何てことないように。

 だから、

「化け、物……」

 誰かが呟いたその一言に、だけどきっと誰も否定を返さないだろう。

 決して派手なことではなかった。

 ただ静かに、当然の如く行使されたその事実が、だからこそ彼女の“異様さ”を際立たせる。

 これこそが彼女の“真実”。規格外の証明。

 桁が違うなどという生易しい表現では決して片付けられない、人々との“隔絶”だった。

 遠い。遥か遠い。ツトムも、エレナも、ゴルドも誰も、全てを置き去っていく。

 彼女こそ、誰も届かぬ高みに立つ者。

 彼女に勝てる者など、何人たりとて存在しない。

 それこそ、彼女がそう望みでもしないかぎりは。

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