第二章8『少年少女の想い人』
● ● ●
この日のランキング戦終了が近付く中、試合を終えたツトム=ハルカと他二人は、のんびり残り試合の観戦を楽しんでいた。
そんな彼らとは対照的に、周囲の人々はいそいそと退場を始めていく。
それを多少疑問に思いながらも、ツトムは静かにモニターを眺め、同級生達の動きをチェックしていく。特に知らない戦い方をする生徒の試合は、見ていて非常に面白かった。
そんな風に感じながら、黙々と試合を見ていると、
「――っと、そろそろじゃね?」
「何が?」
「ほら、あの子だよ。あの子。ツトムの一目惚れちゃん」
「ああ。昨日の」
隣でタクミとリンが何やら話し出す。
「ほら、行こうぜ。良い場所なくなっちまう」
言って、立ち上がるタクミに、
「? 何の話?」
疑問をぶつけると、
「え?」
むしろ何故分からないのか、という顔をツトムは返された。
「あれ? もしかしてツトム知らないの?」
「何が?」
「いや、ほら――」
言いながらリンは学生証を操作し、一つの画面を見せてきた。
『遂に決定! 1年Sランク同士の戦いが明日最終試合にて開催!』
そこに書かれた文字に、
「これは?」
「昨日の夕方の記事」
言われた答えに、すぐさま自分の学生証を取り出し、その記事を読む。
対戦するのは、
「……アウレカムさん」
「そういうこと」
「むしろなんで知らなかったんだオメエ」
聞かれた質問の答えは、ひどく単純だった。
「いや、なんか自分の名前がチラッと見えて、恥ずかしくて見れなかった」
「あー、なんかちょっと分かるかも」
「そうか?」
二人の正反対の反応にこちらが苦笑していると、
「ま、いいや。分かったならとにかく行こうぜ」
「ああ」「ええ」
タクミの告げた台詞にリンと二人、揃って立ち上がる。
そうして会場へと揚々と三人は歩を進めていった。
途中、多くの人が同じ方向へ歩いているのにツトムは気が付く。
……そうか。
何故周囲が移動し始めたのかここに来てようやく得心がいく。
ようするに自分達と同じ目的だったということ。
誰にとっても、“彼女”は特別な存在なのだ。
「――――」
目を閉じ、思い起こすのは間近で見た彼女の姿。
可憐で美しく、だけどこの場にいる誰よりも強いだろう少女の姿。
きっと向こうはこちらのことなど気にも留めていないだろう。
だけどこちらにとっては非常に気になる相手だ。
……これが恋なのか何なのかはまだよく分からないけれど。
出来ることなら色々と話してみたいし、色んな事を教えてもらいたい。
だけど残念ながら機会に恵まれず、彼女とは入学式以降全く会えていない。
このランキング戦で会えれば、なんて都合の良い期待もできないだろう。
なにせ彼女は破格の才能を持つ者。自分のような不出来な者に関わる謂われなどないのだ。
ならばせめて、その実力から学ぶべきものを学ぶとしよう。
いつか彼女であっても届かせられるように。
● ● ●
徐々に人が増えていくその場所で、エレナ=トールブリッツはその時を待っていた。
アンヌ=アウレカム。
ゴルド=ルクセリオ。
自らの目の前で交わされた彼らの試合、それが始まるその時を。
「…………」
一人だ。どうしようもなく一人だ。周囲には人々が粛々と座っていくが、エレナはただ一人その場に座り込んでいる。暇潰しに話す相手などいよう筈もない。
それを嫌だと思うほど軟弱ではないが、つまらないと思う程度には人の中で過ごしてきた。
「はぁ……」
知らず溜息が漏れる。
アンヌの試合は楽しみではある。彼女が実際どれほどの実力なのか興味は尽きないし、それこそ自分が戦いたいとすら思っているのだ。
……結果が見え透いてしまっているのが疎ましいですけれど。
入学式のあの日、集会で示された事実を鑑みれば、この会場に集った人間が束になっても彼女に敵わない可能性が容易く予想できた。
だから少しだけ気後れしている、と言われれば否定しようも無い。
「はぁ……」
再度の溜息。
そんな規格外たる彼女の実力を知る機会を設けてくれたのが他ならぬゴルド=ルクセリオであるというのが余計に気に食わなくて、情けなくなる。
……あんな猫かぶり男に先を越されるとは。
慇懃無礼。その言葉そのもののような彼に、エレナは少なからぬ憤りを感じていた。
嫌みたらしく、傲慢で、人を見下すことを当たり前に思っているあの態度、それがどこまでも高貴さとはかけ離れているから許せない。
……貴族とはああいうもの、と思われているのが余計ですわね。
つまるところ傍からすれば自分とアレは同じ物だと思われているということ。
それが堪らなく苛つくのだ。
確かにエレナ自身も強気で上から目線染みた態度はあるだろう。
だがそれはあくまで己の実力を知っているからこそ。
周りを見下してはいない。むしろもっと見上げさせてくれとさえ思っている。
真逆なのだ。自分とアレは。
立場も、経歴も、気構えも全て、真逆を行っている。
だからこそ余計に気に食わない。
そんな相手と、見上げ追い掛けるにたる彼女の試合を一人で見るというのはどうにもいらぬストレスを感じてしまいそうで、
……せめて話の合う方が隣にいれば。
そう思いはするものの、果たしてそんな相手がいただろうか?
「――――」
いた。そう、いるじゃないか、あの男が。彼女に気に掛けられ、自分自身も気に入った男が。
だがますます増え始めているこの人の群の中から彼を見つけるというのか?
……いいえ、見つけてみせますわ!
それこそ凄く良い暇潰しな気がしたから。
● ● ●
「こんにちは」
会場に着いて適当な席に三人で陣取っていると、ツトム=ハルカは不意に声を掛けられた。
そちらへ顔を向ければ、笑みを浮かべるエレナ=トールブリッツがそこにいた。
「ご一緒してもよろしいですの?」
彼女の問い掛けに、並んで座るタクミとリンへとツトムは視線を送る。
二人は彼女の登場に驚き、僅かに緊張しながらも、どうぞどうぞ、と手で促して応えた。
「ありがとうございまし」
礼を言いながら、彼女はこちらの隣に座る。
そんな彼女に向けて、
「よく見つけたね」
ツトムは気安く笑いかける。
会場には最終試合にも関わらず大勢の人々が集まり、多分に用意されているはずの観客席もほぼ埋まっていた。にも関わらず、この中から自分達を見つけたということはそれなりに苦労をしたのではないだろうか?
そういう意味でのこちらの問い掛けに、エレナは楽しそうに微笑み返しながら、
「あなたと見るためなら、その程度の苦労は呑みますわよ?」
当然でしょう、とからかう気満々といった表情で答えてみせた。
それに対し、ツトムは苦笑しながら、
「その言い方は勘違いされるから止めてくれないかな?」
言った台詞に、
「本当なのだから止めませんわ。まあ、どう解釈するかはあなた次第ですけど」
彼女はただただニッコリと微笑むばかりだ。
そんなこちらのやり取りを見て、後ろの二人がコソコソと囁き合う。
「……え、何? アイツってモテんの? もう彼女できてんの?!」
「……知らないわよ」
「くっ……、これがXランクの実力ってやつか!」
「ま、あんたよりはあっちの方がいい男なんじゃない?」
何やらごちゃごちゃとよく分からないことを言い合っている二人に向けて、
「違うからね」
否定の言葉を送ってから、ツトムはエレナに問い掛ける。
「それで? やっぱり君も今日の試合に興味があるのかな?」
「興味も何も、申請に立ち会いましたもの。見ない筈がありませんわ」
そうして返ってきた彼女の答えに、ツトムは少々驚いた。
試合の申請に立ち会ったということはあのアンヌ=アウレカムと話したということか。
やはりエレナ程の実力者ともなれば彼女の目にも留まるということだろうと、ツトムは思わず納得する。
そんなこちらの気など知らず、
「彼女にはぜひとも勝ってほしいものですわ」
エレナはにこやかにそう告げる。
「どうして?」
彼女の不意の言葉に投げたこちらの疑問に、
「相手が少々気に喰わないから」
ですわ、と彼女はわざとらしく溜めてから、そう続けた。
怒気を孕んだような彼女の視線の先、今まさに対戦者二人が入場して来ていた。
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