第二章7『Sランクと、そこを目指す者達の差は?』


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「面倒ですのでまとめてかかって来ても良いんですのよ?」

 上位者にのみ許された修練塔最上層。その中心でエレナ=トールブリッツは告げていた。

 それは傲りでも慢心でもなく、己の実力を知るが故の言葉だ。

 昨日、Sランク相当と称された少年の戦いを同級生達は知った。

 それは圧倒的というには程遠く、A・Bランクの者ならば十分に善戦できる戦いだった。

 夕刻に掲載された記事にも、辛くも全勝、といった内容が書かれている。

 つまりSランクと言ってもそこまでの実力差はなく、怯むことなく挑んだとしても十分に戦えるのだと証明された。

 ――そんな風に、彼らは“勘違い”してしまった。

 それを哀れだとは思わない。しかし他人を見る目がないとは思う。

 一体全体あの戦いを見てどうして辛勝などと思えるのか。

 試合時間が長ければ拮抗しているとでも言いたいのか。

 ……ああ、全くもって見る目がないですわね。

 ツトム=ハルカは、たとえ相手がC・Dランクの者であっても戦闘に時間が掛かるだろう。

 それは彼の攻撃法が体術だけであり、大技や決め手としてやや弱いことに起因する。

 更に言えば、体術とは接近戦で真価を発揮するものなのだから、始めから相手が体術使いだと知っていれば当然間合いを取るに決まっている。

 その状況で圧倒するというのは中々に厳しい。

 それこそアマネ=ムトウ程の極まった実力でなければ無理というものである。

 ついでに言えば、彼は相手を見過ぎる癖がある。

 絶対的な自分の戦術があるわけではなく、相手の戦術に合わせて己を組み替える。

 それは常に後手に回るということで、時間の要る作業だ。

 嵌まれば強いが、圧倒とはほど遠い。

 結果的に彼をそこまでの実力と見てしまうのは仕方のないことなのだろう。

 だが――

 ……だからといって私にまでそれが通じるはずもないでしょうに。

 彼と己は違う。魔力の有無も、戦術も、生き方も。

 だから己は己のやり方で戦おう。

 強者とは、驕らず、高ぶらず、堂々と構えるもの。

 そうしてただ示すのだ。己が強者たる由縁を。


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「――――!」

 雷光がステージ中を駆け巡る。その中心で、エレナ=トールブリッツだけが凛と立つ。

 彼女を除く全ての生徒は、ただ地に伏して、意識を飛ばす者すらいた。

 彼らは彼女にそれぞれ個別で挑んだ者達。

 しかしエレナはそれらをまとめて一挙に引き受けた。

 十数名の挑戦者達は驚き戸惑いながらも、彼女の強気な態度にその提案を受け入れた。

 少なくともこれだけの人数がいれば評価は低くとも勝ちはするだろう、と。

 そう思って彼らはエレナに挑んだのだが、

「一人ぐらい立ち上がってもよろしいんですのよ?」

 結果はご覧の有様だった。

 彼女の言葉に数名が立ち上がろうとする。

 既に満身創痍と言って差し支えないが、それでも立ち上がろうとする者はいた。

 彼らは皆Aランク。

 しかし彼らを指して他のAランク達は言うだろう。

 身の程知らず、実力差すら測れぬ馬鹿者共めと。

 彼らはAランクであっても、Bランクに近い存在。所謂下位のAランク。

 だからこそSランクとの差はより歴然としたものとして存在してしまう。

 なにせ上位のAランク達であればもっと慎重を期しているから。

 彼らにとってSランクとの戦いはせめて後半、できれば次学期まで保留するものだ。

 そもそも受験時点の実力でランキング付けは為されている。

 それで授業も碌に受けておらず、春休み分しか鍛錬の機会もないというのに、一体どうして彼らに勝てると思うのか。ここは近場の者と戦いつつ、上位者の実力を測る時期だろうに。

 ああ、そういう意味でなら、実に都合のいい馬鹿共だよ、君ら。

「くっそぉ……!」

 そんな一部の観客からの無言の嘲笑を察したのか、彼らは無理矢理にでも立ち上がる。

 たとえ武器を杖にしてでも、互いを支え合ったとしても、このままでは終われない。

 そんな彼らを見て、対する彼女は感動などしない。むしろそれは当然の行為だと思っていた。

 故に、容赦など一切する気はない。

「強くなって出直していらっしゃい。お相手はいつでもして差し上げますわ」

 彼女はただ蹴散らす。強者として、悠然と構えながら。


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「……なぁ、お前ホントにアイツと訓練したのか?」

 嘘だよな、と続いた問い掛けをツトム=ハルカは聞いた。

 今まさに、目の前で十秒と掛からず決着した試合を見たタクミ=マサカからの質問だった。

「そうだけど?」

 前に話しただろう、とツトムはありのままの事実を返す。

「その時は確か途中で中断させられたんだっけ」

 隣の少女――リン=キミハが結果を確認してきたので、それに頷いてみせる。

「でも、あのまま続けていれば勝ったのは間違いなく彼女だよ」

「……今の見てた感じだと、中断されるまで続く方がおかしくね?」

 半ば引き気味のタクミの言葉にリンも激しく頷いている。

 そうして、

「ちなみにさっきの攻撃が来たらどうすんの?」

 彼女が聞くのは開幕直後の落雷について。

 アレにどう対処すべきか仮に答えるとしたら、

「避ければいいんじゃないかな?」

 まずそれしかないと、ツトムは思った。

「は?」「え?」

 意味が分からないと言いたげな二人の反応に、逆にこちらが驚いてしまう。

「いやだってそうだろう?」

 いやいやいや、と彼女らは首を振る。

「避けれてないじゃん……」

 指で差すのは会場から医務室で運ばれていく対戦者達だ。

 確かに彼らは彼女の攻撃を避けられなかった。

 しかしそれは、

「多分、大きな物として見過ぎているからじゃないかな?」

 あの落雷は広範囲系の魔法だ。

 確かに各人を狙っての攻撃だが、実際に狙っているのはあくまで場所。

 だから別段追尾性があるわけではなく、敵手を認識している訳でもない。

 ただ一定範囲に雷撃を降らせるだけ。

 ならば後は簡単で、安全地帯へ避難するか、それが無理なら自分に直撃する分だけ防御するなり迎撃するなりすればいい。

 大きさに惑わされて判断を遅らせるのが一番の危険だろう。

 あの攻撃速度ならなおさらそれは致命的と言える。

 そもそも相手の魔法がどんな物であるか止まったまま把握しようとすること自体、愚の骨頂。

 後手に回る危険は力量差があればあるほど如実に跳ね上がるのだから。

 そんな風に説明してから、

「まあ、ああいう乱射で空間を潰すタイプの魔法なら、範囲内を避けながら進んだ方が次に繋げやすいけど」

 ツトムはただそう付け足した。

 すると、

「……範囲内で避けるってどういうことよ?」

 タクミが呆れ混じりに質問した。

「普通に降り注ぐ奴を全部避けるだけだけど?」

 自分の所に偏って落ちてきたりはしないのだから隙間は生まれやすい。

 後はそこをかい潜っていけば、無防備な相手に一発撃てるかも知れない。

 そんなこちらの説明に、

「やっぱお前も大概だよなぁ……」

 タクミが苦笑いしながら告げた言葉に、リンが再び激しく頷いた。

 正直、それぐらい出来ないと今ここにいられる自信はない。

 こちらのことをこの二人は随分と評価してくれているようだった。

 だから逆に、

「そろそろそっちの実力も見せてほしいな」

 ツトムが笑みで告げた言葉にタクミが一瞬固まってから、不意に笑い、

「ま、そうだな。そろそろ俺もやってみっか!」

 よし、と彼は立ち上がる。

「なら、私も行こうかな」

 続くようにリンも立ち上がった。

「もしかしてコンビで行くのか?」

 こちらの問いかけに、

「いんや」「まさか」

 口を揃えて否定する二人の姿に思わず苦笑してしまう。

「じゃあ、楽しみにさせてもらうよ」

 二人を見送った後、ツトムは会場へと視線を移す。

 既にそこからエレナは去り、次の試合が始まろうとしていた。


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 タクミとリンの試合は思いの外すぐに執り行われた。

 二人は数十分おきに数試合を戦った。

 参加者は昨日に比べれば増えているものの、一試合自体はそう長くないためトントン拍子に進んでいったのだ。

 二人の試合内容はまさしく正反対と言える。

 タクミは勝ちよりも負けが多い。

 少し詰めの甘い部分が目立ち、勢い任せで押し切ろうとしては返り討ちに合う、というのが多かった。しかし、決まれば多少の実力差を跳ね除ける爆発力があった。

 対してリンは負けよりも勝ちが多い。

 対応力が高く、臨機応変に対処しながら徐々に追い詰めていくことができるため上手く勝ちに繋げられている。だが、いかんせん決め手に欠けており、実力差が一定以上あるとジリ貧になって負けてしまっていた。

 試合後に合流した二人に、そんな感想をツトムが告げると、

「そうなんだよなあ……」「分かってはいるんだけど」

 どうしたものかと揃って唸る。

 そんな二人を見て、ツトムはニッコリと笑う。

「課題があることはいいことだよ。今度訓練に付き合おうか?」

 その言葉に対して、

「頼むわ」「お手柔らかにね」

 二人も苦笑しつつ承諾するのだった。

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