第二章5『“彼”の戦い、それを見る者』


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 ランキング戦のルールは以下の通りだ。

 一、戦闘不能及び降伏宣言により決着とする。

 二、戦闘状態の判定は任命された審判が行う。

 三、武器の使用は可。

 四、過度な危険行為は全力を以て阻止及び制裁が加えられることに注意されたし。

 その他にも細かなルールはあるが、以上四つが基本原則である。


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 基本事項を頭に思い出しつつ、ツトム=ハルカは選手控室で静かに開始の時を待っていた。

 周りには同じように待機中の生徒や試合を終えた生徒が何人も出入りしている。

 そんな彼らに混じり、『運営委員』の腕章を付けた生徒が入って来る。

 彼は良く通る声で告げた。

「一年A組のツトム=ハルカさん。まもなく開始ですのでステージまで移動してください」

 彼の指示に従い、ツトムは、よし、と一息を入れてからステージへと向かう。

 対戦相手は無論先程の彼だ。

 実力の程は分からない。だから持てる力を以てただぶつかっていくのみ。

 そうして心を決めている内に、ツトムはステージ脇へと到着していた。

「オッス!」

 不意に声を掛けてきたのは対戦相手のクラスメイト。

 別の控室からやって来た彼は、自らのユニフォームと武器を手にしている。

 背に担がれているそれは幅広の直剣だ。

「ホント今回は受けてくれてありがとな。ま、お互い楽しくやろうぜ!」

「ああ」

 ニッと笑う彼にツトムもまた笑みを返しつつ、お互い次の指示があるまで待機する。

 そうして、

「ではお二人共、会場まで案内しますので私に付いて来て下さい」

 やって来た運営委員の指示に従い、二人はステージへと入っていった。

 ゲートをくぐり、まず二人の目に映ったのは広大な空間だ。

 楕円形に広がるそこは、数百人が十分すぎる余裕を持って並べる広さを持っていた。

 その外縁には観客席が設置されており、結構な数が埋まっている。

 高い天井には幾つもの照明が並び、観客席へ向いた特大モニターが複数浮かぶ。

 モニターに分割されて映るのは現在行われている試合の模様。

 会場は十近いスペースに別けられ、それぞれのスペースは直方体の魔術結界で覆われていた。

 そんな結界の中で、試合は順次執り行われていっている。

「――――」

 案内に従い、二人はその内の一つへと入った。

 審判に名前を呼ばれ、それぞれ所定の位置に着く。

 周りには撮影役の生徒や、救護班、評価役の教師など何人かが控え、観客席からはモニター越しも含めた幾つもの視線が集まっていた。

 実際に立ってみると予想以上に大きく感じた舞台に、二人共が多少の緊張をしつつも、正対した状態で開始の合図を静かに待つ。

 そして、

「お互い準備はよろしいか?」

 審判の確認に二人共威勢よく返事をしてから、

「では、始め!」

 試合が、始まった。


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 初手から突っ込んだのはツトム=ハルカではなかった。

 相手が直剣を下段に構え、一気に距離を詰めてくる。

 ツトムは慌てず待ち構え、相手が剣を振り上げ出したタイミングで、後ろに跳ぶ。

「≪バーニング・スラァァッシュ≫ッ!!!!」

 相手は回避されると見るや、斬り上げた剣を水平に構え直し、気合十分の叫びと共に横薙ぎの斬撃を放つ。

 刀身に生まれた炎が剣の振り抜きと共に発射され、ツトムへと飛来した。

 ツトムは再度跳躍。高度を高く、上へと跳躍する。

 緩やかに上空を飛翔するこちらの下を、炎が虚しく通過していく。

 ツトムは綺麗な着地を決め、背後で爆発する炎の風に背を撫でられながら、敵を見た。

「ぅぉぉおおおおオオオオオオ――――!」

 目の前、相手は自ら放った斬撃を追いかけるように突っ込んできていた。

 肩に担がれた直剣が目の前で大きく振り下ろされる。

 それを相手の剣の持ち手外側へ、小さくサイドステップ。

 更に続いたこちらへの斬り上げを、ツトムは刃の向こうへ前方宙返りで超えて行く。

 相手の驚いたような一瞬の遅れの後、返しの刃が背後から迫るのを空気で感じ、ツトムは前方へ跳びながら空中で身体を反転させた。

 刃は空を斬り、二人は正対した状態で制止した。

 試合開始直後、僅か数秒の出来事だった。

 しかし両者は相反した状態にあった。

 片や息を乱しながら目を見開き、剣を振り終えた姿勢のまま固まる者。

 片や整った息遣いのままゆったりと構える者。

 こと接近戦において、確かな実力差がそこには存在していた。

 焦ったように構え直した相手は、

「≪ファイア・シュート≫!」

 炎の弾丸をツトムに向けて放っていた。


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 複数の爆発音がステージから響く。

 原因は炎魔法の乱発だ。

 複数の弾丸が敵を狙って飛び続けるが、ただの一度も相手には当たらない。

 それを、観客席の皆は見ていた。

 誰かが言う。

「めちゃくちゃ避けるな、アイツ」

「Xランクって奴だろ? Sランク相当とか言ってなかったか?」

「でも避けてばっかだよ?」

「魔力ないから防げねえんじゃねーの?」

「相手確かBだろ? もしかして普通に俺達でも勝てちゃったりするんじゃね?」

 冗談交じりの会話は総じてツトムを評価するものだ。

 体術は見た感じ凄いようだが、やはり魔力はないらしい。

 だとすれば自分達でも勝てるかも知れない。

 Xなどと特別扱いされているが所詮はその程度か。

 彼らは魔力のないツトムに対し、同情と共に奇妙な親近感を抱いていた。

 きっとアイツは凄く努力していて、俺達と同じで天才なんかじゃない。

 努力の限界を感じながら、それでも頑張っている俺達と同じ側の人間なんだ。

 教師達から特別扱いされているのも病気のおかげ。

 それさえなければ俺達と同じで、むしろ病気なんてハンデを背負ってしまった可哀相な奴。

「…………」

 そんな彼らの“くだらない”会話に、“彼女”はほんの少しだけ苛立ちを感じていた。

 今、下でステージを駆ける彼があんな程度で終わるとでも?

 かつて見た戦いは、こんな生易しいものではなかった。

 だから、

「少し甘く見過ぎですわよね?」

 不意に掛けられた言葉は彼女の心を代弁した物。

 彼女が振り返った先、そこにいたのは金の髪を掻き上げる少女だった。

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