第二章3『人の溢れるその場所で――』


● ● ●


 ≪ランキング戦≫の会場である修練塔には大勢の人が溢れていた。

 激流のように内と外を行き交う人々。

 それはスタッフであったり、観客であったり、参戦者であったり。

 それぞれの目的に合わせ、皆が祭りへと興じていく。

 ここに集っているのは、何も一年生だけではない。

 むしろその逆、一年生でない者の方が明らかに多かった。

 それは教師であり、上級生であり、学外の人間だ。

 この行事は祭りである。

 試験という形を取りながら、どこまでも祭りという形に納まっている。

 だからこそ有名なのであり、内外共に人気があった。

 なにせここでの活躍が、そのまま後の評価に繋がるのだから。

 それは成績としての評価だけではない。将来性であり、人としての魅力を評価される。

 そこにいる人々全員、教師かどうかなど関係無く、上級生から同級生、果ては外部の人間に至るまで、全ての人から評価を受ける。知られていく。

 それこそがこの場であり、この戦い。

 であれば無論、参加する側の目的も様々だ。

 成績を求める者、力試しをしたい者、ただ戦いが好きな者、人気を取りたい者、周りに合わせて楽しもうとする者。

 そうして多種多様な人間が集まった結果がこの大混雑。

 そんな喧騒の中に、参戦側として初めて放り込まれた生徒三人が紛れ込む。

 ツトム=ハルカ、マサカ=タクミ、リン=キミハ。

 彼らはやって来た当初こそ人の流れの中にいたが、そのあまりの激動っぷりに混乱し、今はただ通路の隅に避難して、行き交う人々を眺めているところだった。


● ● ●


「すっげぇ活気だな……」

 タクミの呆れ混じりの呟きに、ツトム=ハルカは頷きを返すばかりだ。

 見渡すかぎりの人、人、人。

 避難先であるこの廊下ですら、人の往来がなくなることはない。

「これじゃ試験じゃなくて文化祭っつーか、大会じゃね?」

「ま、実際その通りでしょ」

 タクミの感想に、リンが遠くの喧騒に辟易しながら応える。

「一年生の中で誰が強いか、誰が凄いか決めるんだから、完全に大会だよねぇ」

 彼女の言葉に、確かに、とタクミと二人して頷く。

「トーナメントやリーグ戦でないのが、ちょっと特殊なぐらいかな?」

「そりゃあ、こんだけ人数いて一回こっきりにしないんなら、そうもなるでしょ」

「なんつーか改めてやべー学校来たなぁって実感するわ……」

 三人して呆れつつ、だけどその当事者であることにどこか可笑しさを感じながら、行き交う人々を眺め続ける。

 そんな中で不意にツトムは思った。

「それにしても上級生多いね」

 人の群を作る制服姿を見渡すと、探すまでもなく上級生が見つけられる。

 その事実を前に、

「一年生の試合なんか見て面白いのかな?」

 続けたこちらの疑問に、リンが、さあ?、と肩を竦めて首を振る。

 そして、

「ただのお祭り感覚でしょ」

 内容にはそこまで興味ないんじゃないかな、と口にする彼女。

「意外に実力じゃなくて美少女とかイケメン後輩探しだったりしてな!」

「ソウカモネー」

 すぐに割って入って来たそんなタクミの冗談を、彼女は棒読みで流しつつ、

「気にしたって意味ないよ。それとも気になる先輩でもいるの?」

 からかうように続いた言葉に、ツトムは思わず苦笑する。

「別にそういうわけじゃないけど、さすがにこう大勢に見られると思うと中々緊張しそうだなと思ってね」

 そんな風にツトムが彼女に応えてみせると、

「皆の前で美少女と見つめ合った男がよく言うわね」

 さらりと返されたその言葉に、え?、と意味が分からず首が傾ぐ。

 ……何のことだ?

 そうして疑問するこちらの横で、

「ああ、あれか」

 タクミの方は、どうやら彼女の言った言葉の意味が分かったらしく、すぐに相槌を打つ。

 何かを脳裏に思い出しながら、

「まぁありゃ見惚れちまうのもよく分かっけどよ」

 さすがにあそこまで堂々とは見れねーわ、と彼はこちらに苦笑してみせるのだった。

「ええっと……???」

 そんなタクミの言葉を聞いても、ツトムはまるで意味が分からず、困惑するばかりだ。

 だからただただ首が傾ぎ、それが九十度に差し掛かろうとしたその時に、

「ぷふっ」

 堪えきれぬとばかりに、リンが目の前で吹き出した。

 彼女は告げる。

「いや、ほら、あれよ。集会の時の、彼女。何だっけ名前?」

「アンヌ=アウレカム!」

「そう、その子。 ……ってかよく覚えてたわね、バカのくせに」

「同級生の美少女の名前を忘れるほど落ちぶれちゃあいねーぜ?」

「あっそ」

 そこは褒めろよ、とタクミの文句に、褒める要素ある?、とニッコリ微笑むリン。

 そんな二人のやり取りを聞いて、ツトムもようやく得心した。

 同時、即座にかつて自分がした事を思い出し、思わず口元を覆う。

「いや、まあ、その、あれは……、何というか、魔が差したというか……、あの、その……」

 恥ずかしさで顔が赤くなっていくのを自覚しながら、ツトムは馬鹿みたいに言い訳しようと口を開き、だけど上手く言葉にできないでいた。

「――――」

 不意に脳裏に思い出されるのは、真正面から見つめた一人の少女の顔。

 端正で、綺麗な顔立ちが、記憶に鮮明に焼き付いている。

 その事実に、

 ……そうだ。確かに俺は彼女に見惚れてしまった。

 納得する自分自身をツトムは自覚した。

 綺麗だと、可憐だと、そう思ったから彼女に見惚れた。

 だけど――

 ……きっと、それだけじゃない。

 こんなにも強く彼女に興味を抱いているのは、彼女が己と“真逆”だから。

 劣る自分の“特別”とは違い、度外れて優れた“特別”を持つ彼女。

 自分よりも、遥か高みにいる彼女。

 だからこそ求めてしまう自分がいる。焦がれている自分がいる。

 羨ましいとか、そういうことじゃなく――

 ……挑戦してみたい。

 その気持ちだけが胸に浮かんでくる。

 無理だ、諦めろ、無駄な足掻きだ。たとえ誰かに、それこそ彼女自身にさえそう言われても、きっとこの気持ちは変わらない。どんなものを見せられようとも、変わることはない。

「――――」

 彼女のことを考えれば考える程、浮かんでくるのは笑みばかり。

 だからツトムは、二人に言い訳するのを止めていた。

 そうしてただ微笑むばかりのこちらを前に、

「もしかして一目惚れ?」

 からかい半分にリンが告げてくる。

 だから、

「そうかもしれない」

 スッと告げたその答えに、後悔はない。

 リンもタクミも、こちらの言葉を聞いて一瞬呆け、だけど不意に笑ってみせた。

「そっか、そうなんだ」

「いや、応援するぜ、俺はよ。良いじゃねーか! 青春じゃねーか! いやー俺もそんな相手に出会いてーなあ!」

 ニヤニヤニヤニヤと笑みを浮かべながら、二人はこちらを小突き、肩を組んでは応援の言葉を掛けてくる。

 それを嬉しく思いながら、三人で笑い合っていると、

「あら、楽しそうですね」

 不意に掛けられた“新しい声”をツトムは聞いた。

 ゆったりとした空気を纏い、これまたゆったりとウェーブ掛かったピンクの髪を揺らす女性。

 エレノート=ヘスティアが、そこにいた。


● ● ●


「それは運動部の子達が目ぼしい子をチェックしてるからですよ~」

 もちろん遊びに来てる人もいますけど、とヘスティアが答えるのをツトム=ハルカは聞いた。

 三人で彼女に挨拶を済ませてから、少し気になった上級生が多い理由を聞いてみた結果、返ってきた答えがそれだ。

 そういう理由もあるのか、と改めてツトムは納得する。

「先生達も同じ理由ですか?」

 ヘスティアに向けて、更にリンが問い掛ける。

「大体はそうですね。部活とか研究室とか、体術や魔術の実践素養をザッと見るには都合が良いんですよ。理論や知識の実力は筆記で分かりますしね」

 すぐに返ってきた彼女の言葉に、三人揃って、へぇ~、と声を漏らす。

 その様子に、ヘスティアが微笑む。

 そして、

「あなた達は今日は参加しないんですか?」

 告げられた問いに、ツトムは一度二人と顔を見合わせてから、

「俺は参加しようと思ってます」

 その言葉をヘスティアへと送った。

 残る二人はもう少し考えてから、

「まだどうしようか考えてます」

「同じく」

 苦笑してそう答えると、ヘスティアはニッコリと優しく笑ってみせた。

「焦らなくていいですよ? 焦って怪我でもしたら大変ですから」

 そうして告げられた彼女の言葉に、三人はただただ笑みを返すばかりだ。

 その後もヘスティアとツトム達はもう少しだけ話し、

「それじゃあ私はこの辺で失礼しますね」

 不意に告げられたその言葉と共に、ヘスティアはこの場を離れていく。

 去り際に、

「頑張ってくださいね」

 小さく手を振る彼女に向けて、三人もまた手を振り返しながら、彼女を見送った。

 ヘスティアの姿が人混みに紛れて消えるのを見てから、

「さて」

 ツトムはそう口にした。

 タクミ達へと振り返り、

「俺はそろそろ受付行くけど、二人はどうする?」

 問い掛ける。

 ヘスティアへの言葉通りに、動き出していくために。

 こちらの言葉に、

「やっぱ今日はパスかな」

「俺はお前の試合見てからもうちょい考えるわ」

 それぞれから返る答えを聞いて、ツトムは、そっか、と頷いた。

「んじゃ俺らはここで待ってるから、お前は受付行って来いよ」

「ああ」

 そうして二人に一旦別れを告げて、ツトムは受付へと向かうのだった。

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