第二章2『学ぶ意味、学ぶ基礎』
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「さて皆さん。魔法とは、何でしょうか?」
リツ=ダイグウジは優しく微笑みながら、目の前に並ぶ生徒達に問い掛けた。
入学式の翌週、午後に≪ランキング戦≫を控えた授業の中での問い掛けだ。
教師からの問いに対し、生徒達は何を言っているのか分からないと言いたげにキョトンとしたまま反応を返さない。
そんな彼らを見て、ダイグウジは苦笑する。
「特に難しく考えないで下さい。皆さんの思う“魔法”という物を答えて下さい」
言って、ダイグウジは近くの生徒を指名する。
指名されたのは女子生徒。彼女は、ええと、と戸惑いながら、
「魔力を使った技、でしょうか?」
述べた答えに対し、ダイグウジが笑顔で頷いた。
「そうですね。それが最も基本的な魔法の定義です」
ホッと胸を撫で下ろす女子生徒から視線を外し、では、と次なる質問をダイグウジは生徒達に投げ掛ける。
「皆さんにとっての魔法とは何でしょうか?」
問い掛けるのは女子生徒の後ろ、いかにもアウトドア派といった感じの男子生徒だ。
彼は、うぇ、と当てられたことに一瞬嫌な顔を浮かべてから、
「……スポーツで使う物、っスかね?」
笑って誤魔化しつつ、答える。その回答に対し、ダイグウジは再びニッコリと笑みを浮かべ、
「そうですね。皆さんにとってはそちらの方が馴染み深いかも知れません」
彼の答えを肯定した。
そうして男子生徒からも視線を外すと、ダイグウジは生徒全体へと視線を移す。
「皆さんにとっての魔法とは、勉強する物であり、運動で使う物であり、身近に存在する物、というわけです。そしてその関係は社会でも同じことが言えます」
彼は続ける。
「長い歴史の中で、人類――いえ、我々生命は生まれながらに魔力を宿していたがため、それを扱う多くの術を生み出してきました。明かりのために火を起こし、畑のために水を操り、住処のために土を組み上げた。そうして魔法という技術は、我々生命にとって持って然るべき技能となり、より多くの需要に応える技法となりました。結果、現在の我々は魔法無くしてあり得ぬ社会を築き上げてきたのです。例えば交通、例えば通信、例えば娯楽。私達の生活の至る所に魔法は存在しています」
教師の話す内容にいまいち付いて来れないまま、生徒達は彼の言葉を聞き続けた。
「だからこそ我々は“それ”に対してより深い理解と、扱う意味を考えなければなりません。皆さんが将来どのような職に就くかは分かりませんが、直接的にせよ間接的にせよ魔法とは一生付き合っていかなければならないのです。ならばその仕組み、理屈、因果に対し、無理解でいる訳にはいかない。そのための授業、そのための“魔法学”です」
そうしてダイグウジは皆に向けてニッコリと笑って告げると、
「さあ、“魔法学”を始めましょうか」
改めて、己の授業を始めていった。
● ● ●
「今更説明するまでもねーが、“魔導具”が何か、お前ら分かってるかー?」
ぶっきらぼうにそう話すのは無精髭を生やした教師――コウヘイ=カジだ。
「この教室を照らす証明も、お前らに渡された学生証も、街中走ってる車なんかも、みーんな“魔導具”だ」
教室内に居並ぶ生徒達の反応を待たず、カジは続ける。
「ま、当たり前のように使ってるから分かると思うが、“魔導具”ってのは要するに魔力を動力源にした機械のことだ。回路や魔石を使って精霊を誘導し、魔法を使用者の性質に関わらず発動させる」
手に持った教科書をヒラヒラさせながら、
「要するに魔力さえありゃあ誰でも使える便利道具ってこったな」
カジは面倒そうに己の分野たる“魔導具”を説明していった。
「基礎理論自体は結構昔から各地で提唱されてたが、実際ここまで発展したのはほんの数百年前からだな。その頃の世界がどうだったか、なんてのは散々世界史でやってるから分かりきってるだろうし、そこは割愛してだな」
ペラペラと教科書のページを無意味にめくりながら、カジは話を続ける。
「そんでまあ……、一般に普及してからここまで、誰でも使えるっつう汎用化の道を進んできた“魔導具”も、最近じゃネタが尽きてきて、ある程度適性ありきの商品ってのも増えてきてな? 中身の基本構造自体は変わりゃしねーが、個人個人の“魔力性質”に多少合わせることで使用者も開発側もコスト削減しようってのがここ最近の流行りだな。中には自分の性質に完全チューンしたオーダーメイド品なんて高価なモンもあるが、一部の金持ちだけだな、そんなマニアックなモン持つのは」
魔法学のリツ=ダイグウジとは違い、一切生徒に問い掛けることなく、淡々とカジはそんな風に講義を進めるばかりだ。
そして、
「あとはそうだな……、携帯貯蔵庫なんてのも最近は出て来ててな。魔力の貯蔵自体は魔導具とか生まれる前から魔石やら何やら使って非効率的にでも行われてきてたが、魔導具と一緒に効率化の波がそっちにも行ってな? ちょいと昔は緊急の魔力源程度だったのが今じゃ小型化やら魔力清浄化やらが進んで、大抵の魔導具に備え付けられてるようになってらーな」
なおも長々と適当に話し続ける自分自身に面倒を感じながらも、カジは湯水のように沸いて出る“魔導工学”話を止められなかった。
「貯蔵って簡単に言ってるし、お前らも簡単に使ってると思うが、そもそも魔力ってのは個人性質なんてのを持ってるからな? それ無視して一緒くたにすると色々と問題が出て来て、だからそれを一旦平にしてやらねーとだな――」
意識せずとも出てくるそんな言葉の数々を発しながら、カジは生徒達を見やる。
生徒達の態度は様々だ
熱心にメモを取る者。ボーっと話半分に聞き流す者。聞く耳持たずと教科書をパラパラめくっている者。そして――
「――つーわけで“魔導工学”ってのは、そんな魔導具を研究したり開発するための学問だ。将来的に何だかんだで役に立つだろうから、まあ嫌いにならない程度に勉強してくれ」
締めの言葉を言いながら、カジは一人の生徒に向けてジーッと視線を送る。
その生徒は教師に眇め見られているのにも気付かず、黙々と作業していた。
ただひたすらに頭を捻り、首を傾げ、ふと閃いては紙に記す。
そんな行為を“彼”は授業中ずっと行っていたのだ。
「……おいコラ」
カジが告げる。注意の言葉を。
しかし件の生徒は一向に気付かない。
「てめーコラ、スターク……」
再度の警告も無視し、黙々と、忙しなく、何より楽しげになおも彼は紙へ書き記し続ける。
だから、
「聞けや! アルト=スターク!」
怒鳴りながら、カジは拳大の魔力弾を生徒――アルト=スタークに投げつけた。
球は一直線に勢いよく飛んでいき、そして、
「あいたァ!」
アルト=スタークのおでこに、クリーンヒットした。
「もう……、いきなり何するんですか、カジ先生」
彼は球が直撃したおでこをさすりながら、教壇の教師に向けて抗議の声を上げる。
それに対し、
「テメェが人の話も聞かずに設計図描いてっからだボケ」
「えー、だってつまんないんですもん。全部知ってるし」
怒りを露わにする教師へ、しかしアルト=スタークは何てことないように応じてみせた。
そんな彼の態度に、カジはピキピキとこめかみに血管を浮き上がらせながら、
「上等だテメェ、後でその設計図研究室持って来い! 全部分かってるんならさぞや良い出来なんだろうなぁ!?」
言い放った台詞に、
「そりゃもちろん!」
自信満々で応じるその男子生徒に、カジはただただ頭を抱えるばかりだ。
「……好きになりすぎるとああいう面倒なのになるから、他の奴らは嫌いにならない程度に頑張ってくれ。相手する俺が面倒臭え」
苛立ちを抑えながら告げられたそんな教師の台詞に、他の生徒は苦笑を返すしかなかった。
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「体術、と聞くと物騒に感じるかな?」
アマネ=ムトウは運動場で生徒達にそんな言葉を投げ掛けた。
「戦いの術、という皆の抱いている印象を否定はしないし、怒りもしない。なにせその戦いにこそ誇りありと思うような輩ばかりだからね、この業界は」
冗談めかした笑みを浮かべながらアマネは続ける。
「もっとも、業界は業界でも、軍隊だとか格闘技だとかそういうのだけを指しているわけじゃないよ? スポーツもまた体術の系譜だ。身体を使う術、なのだからね」
己の胸に手を当て、アマネは自らの身体を生徒達に指し示す。
「走るにしろ、跳ぶにしろ、殴るにせよ、蹴るにせよ、物を持ち上げる行為ですらも、身体を使った技に他ならない。そこには然るべき理があり、方法があり、上達がある」
いいかね、とアマネは人差し指を立てて、皆へと告げる。
「身体とは何よりの資本だ。生きるにおいて決して逃れられず、離れられぬ檻そのもの。だが同時に、自由を与えてくれる翼でもある。飛び方を知り、より良い飛行法を追求していけば、自ずと新しい未来へ進む力に変わる」
だから、とアマネは繋げ、
「皆も己というものの扱い方を知ってもらいたい。魔法を使うにせよ、魔導具を使うにせよ、身体こそが全ての始まりなのだからね。寝そべって魔法を使うなんて、かっこ悪いだろう?」
告げられた教師の言葉に、生徒達は思わず笑っていた。
そして、
「さあ、準備運動から始めようか」
小気味良い笑みを浮かべながら、アマネは授業を開始した。
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三者三様。己の分野を極めんとする若手教師三人は、やり方も様々に生徒達へ指導する。
そんな彼らのように、この学園の教師達は高いレベルを維持しながら、それを生徒達に波及させ、次なる世代を次々と輩出してきた。
その理由たるは言うまでもなく、実力を重んじているから。
身分も出自も才能も経験も関係なく、より良い者が上に立つ。
だが同時に、その“上”という部分を一つとせず、それぞれの分野を尊重した上での競い合いをさせてきたからこそ、この学園は広く社会に貢献してきた。
そんな実力至上主義の競争の内の一つが、まさにこれから始まろうとしている。
≪ランキング≫戦。
すなわち体と魔、そして心を競う実力勝負だ。
誰しもが全霊を尽くし、疲れて動けなくなるまで戦う試練であり、同時に“祭り”。
見る者も戦う者も、等しく熱狂する息抜き混じりのその競争が、今、始まる。
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