第二章1『ただ生まれ持ったが故に』


● ● ●


「――――」

 その光景を前に、少年はその場にへたり込んでいた。

 齢十にも満たぬ少年だ。

 体は震え、目は見開かれ、心は凍っている。

 彼が抱くのは“恐怖”。生存本能に訴えかける、原始的な“恐怖”だ。

 怖い、恐い、コワい。目の前にいる“モノ”が怖くて堪らない。

 何故? 分からない、分かりたくない。

 どうして? 知らないし、知る気も無い。

 ただ理解できるのは、“コレ”には決して勝てないということ。

 彼が見つめる“モノ”。

 それは、

「…………」

 “少女”だ。少年と同い年ぐらいの、たった一人の“少女”。

 だが、彼女から溢れる“モノ”、それが彼女をただの少女たらしめない。

 それは、“魔力の漂い”。

 ただありのまま、身体から自然と溢れ出るだけの、魔力の“流動”にすぎなかった。

 にも関わらず、その密度はあまりに規格外。

 そこにあるだけで、“それ”は世界を歪めて映す。

 大気を侵食し、空間を圧迫し、周囲にその存在を否が応にも知らしめながら、何も分からぬ稚児のように無遠慮に、その尋常ならざる魔力の圧をまき散らしていく。

 それに敵意はない。害意はない。ただそこにあるというだけ。

 たったそれだけで、それだけなのに、少女は暴嵐の核となる。

 “それ”に恐怖するのは人の性。絶対的強者に対する自衛本能だ。

 だから少年は恐怖する。理屈が分からずとも、本能で分かってしまうが故に。

 そしてそれは“万人”に言えること。

 男が恐怖する。女が恐怖する。大人が恐怖し、老人も恐怖する。

 その場に居合わせた全員、老若男女を問わず、天才か凡夫かも構わず、唯一人の例外もなく、“それ”を見た瞬間に全員が恐怖する。

「――――」

 そうして訪れるのはどうしようもない沈黙だ。

 誰も彼も動かない、動けない。

 動くことができるのはただ一人。

「……?」

 周囲の反応に、“埒外の少女”は首を傾げる。

 なぜ黙る? どうして己を見つめている?

 何がどうなっているのか、少女にはまるで分からない。

 なぜなら少女にとって、それは何かをしたという認識すらない行為だったから。

 脅かした訳でも、怒った訳でもない。

 ただ、

「お前もっとやる気出せよ」

 そう言われたから、応えてみせただけ。

「――――」

 何てことない遊びの時間。

 彼女が通う教育施設。その中での出来事だった。

 広い庭園に皆を連れ出し、先生は言った、みんなで勝負をしましょう、と。

 そうして疎らに始まる競争は、何処までも稚拙で騒がしい。

 だがそれが子供というもの。十数人程度の子供達が、周りの大人達に微笑ましく見守られながら遊んでいるに過ぎない。

 そんな中に“彼女”はいた。

 どこか性格的にもズレていた彼女は、渦中から少し離れて一人気ままに遊んでいた。

 そこにやって来たのは一人の少年。

 生意気盛りで目立ちたがり。皆を自分が引っ張っるんだと粋がって、周りの対応も相まってそれその通りにリーダーとなった少年。

 他の子達の中心で遊んでいた彼は、自分を無視して一人遊ぶ彼女が気にくわなかったのか、苛立ち混じりに声を掛けた。

「…………っ」

 そうして現状が、出来上がる。

 沈黙の中で、彼女は己に集まる視線を痛いほど感じていた。

 それは純真無垢な少女であっても、不安を覚えるほどの奇異の目。

 目が見える。恐怖で震え、虚ろを宿す目の数々が。

 痩けて枯れた忌避の目は、ただただ少女の脳裏に焼き付いて離れない。後悔と恐怖と共に。

 そうして少女は世界と己の関係を知った。知ってしまった。

 時が流れ、流れれば流れる程に、彼女は理解し続ける。

 己の在り様と、周りからの認識を。

 誰も彼もが己を前に、膝を折る。頭を垂れる。絶望に屈する。

 そして最後に“仕方ない”と諦める。

 “こんなもの”に勝てるはずがない。勝とうと思うこと自体間違っていると。

 だから少女も諦めた。

 己が受け入れられるという現実を。誰も己の隣には居てくれないのだと。

 そう理解して、少女――アンヌ=アウレカムの中で全ては“諦められた”。

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