第一章10『共に競い合える人』


● ● ●


「まったく……。君達、そういうことはランキング戦でやりたまえよ」

 二人の戦いに割って入って来たのは一人の女性だった。

 男物のスーツを身に纏い、そっと両者へ静止の手を翳す、達人然とした女性。

 体育教師、アマネ=ムトウだ。

 彼女の襲来を前に、

「…………」

 不満の顔をエレナが、呆然の顔をツトムが見せる。

 二人はしばらく固まって、だけど不意に、

「はぁ……」

 気が抜けたと言わんばかりに溜息を吐き、まずエレナが魔法を解除する。

 それを見たツトムもフッと息を吐き出して、構えを解いた。

 そうしてエレナが、いきなり登場してきたアマネに対し、

「ただの訓練でしょう? このぐらい」

 不満を隠しもせずにそう告げた。野暮なことをしてくれる、と。

 そんな彼女の態度に、アマネは苦笑して、

「その割には結構ボロボロじゃないか」

 その身体を指し示す。

 それを聞いたエレナは、自らの身体を見下ろした。

 確かに所々衣服が破れ、肌が見え隠れしているが、言うほどボロボロではない。

 だから彼女はなおも反論しようと口を開きかけ、

「――っ」

 だけどそれをアマネが手で制した。

 まぁ待ちたまえ、とそんな風に言いながら、

「君達の戦いをこんな所で終わらせるなんて実に惜しいと、そう思わないか?」

 続いた言葉に、しかしエレナはまだ不服そうだった。

 だからなおもアマネは告げていく。

「フルアーマーでない君と、未だ己の武器を持たぬ彼。果たしてそれは本気の戦いと言えるのかね? そんな決着で、本当に満足できるのだろうか?」

 どう思う?、と彼女は再度エレナへ問い掛ける。

 それは、二人の実力を正確に知っているからこその問い掛けだった。

 アマネの言葉を前に、

「それは……、確かに」

 自らが万全でないことを自覚しているエレナは、ようやく納得の言葉を口にした。

 対するツトムの方は、アマネの言葉にピンと来ず、何とも言えぬ表情を見せるばかりだ。

 “己の武器”とは一体どういうことなのだろうか、と。

 そんな彼の反応に、アマネは楽しそうに笑う。

 そして、

「まだまだ君も、課題が山積みだろう?」

 ただそう告げた。

 気付いていないだけで、やれることは色々あるのだと。

 そんな彼女の言葉を受けて、

「そう、ですね」

 ツトムもまた、確かに納得の言葉を口にした。

 そうしてアマネは、試合の中断を受け入れた二人に向けて、

「ということで、来週までこの勝負は私が預かる。よいかな?」

 そんな風に言ってのけた。

 返ってくるのは、渋々といった感じの頷き二つ。

 うむ、と二人の返事に満足したアマネは、

「では、今日はもう帰りたまえ。来週まで精々精進するんだよ?」

 それではまたな!、と子供染みた笑みで告げながら、颯爽とこの場を去って行く。

「…………」

 急に現れて、急に取り仕切って、急に帰っていった嵐のような教師を前に、

「……何なんですの、あの人」

「まあ、悪い先生ではないと思うよ」

 呆れた顔を浮かべて、二人はただただ苦笑した。


● ● ●


 その後、アマネの登場に戦意も失せた二人は、共に着替えを済ませて訓練室を後にする。

 借りた鍵を受付に返し、外へ出て、共に帰路を行く。

 並んで歩む、その中で、二人は特に言葉を交わすこともなく、ただ黙々と進み続けた。

 そうして分岐路に差し掛かると、エレナが立ち止まり、己の道を指し示す。

「では、私はこちらなので」

 彼女の言葉を受け、ツトムもまた立ち止まり、彼女へと向き直る。

「…………」

 夕暮れの中で、同じ金の髪を持つ男女が向かい合い、立ち尽くす。

 周囲に人はいない。

 ただ二人の少年少女だけが、そこにいる。

 二人は互いを見つめ合い、しかし何故か一向に口を開かない。

 何を言うべきか、言うべきことがあるのか、分からないまま、ただ時間だけが過ぎていく。

 それは数分にも満たない僅かな時間。

 だが、当人達の感覚で見ればあまりにも長い沈黙だった。

「ふふ」

 長すぎるその沈黙に、エレナは思わず吹き出していた。

「何か言って下さってもよろしいんですのよ?」

「あ、いや……はは……」

 沈黙を破って投げられた彼女の問い掛けに、ツトムもまた苦笑して、

「あまりこういうのには慣れてなくてね」

 告げた台詞に、エレナはからかうように更なる問いを投げる。

「こういうの、というと?」

「いや、それは、その……、女の子と二人きりっていうことというか何というか……」

 そんなツトムのしどろもどろの返答に、エレナは、では、と不意に割り込むと、

「私のことは女ではなくこう思って下さいまし――」

 不敵な笑みを浮かべながら、

「“ライバル”、と」

 ただ、そう続けた。

「…………」

 彼女からの言葉に、ツトムはしばし呆然とする。

 だがすぐに、そうだね、と笑みを零して、

「君の好敵手であれるなら、それはとても光栄なことで、そう在り続けるためにも――」

 告げる、己の在り様を。

「頑張っていかないとね」

 頑張る。諦めない。折れない。挫けない。決して、決して――

 その想いの強さは、常人からすればもはや狂気だ。

 しかし相対する少女もまた、彼に近い感性を持っている。

 故にここに、絆は生まれる。

 二人は切磋琢磨し、高め合うための比翼連理。

「改めて――よろしくお願いいたしますわ。ツトム=ハルカさん」

「こちらこそ、よろしく頼むよ。エレナ=トールブリッツさん」

 共に掛け替えのない敵手を見つけた二人は、だからこそその存在に敬意を表す。

 そうして互い強く握手を交わしてから、それぞれの道へと進むのだった。


● ● ●


「……やれやれ」

 アマネ=ムトウは夕空の下で一人安堵していた。

 つい先程、ツトムとエレナの勝負に己が割って入れたのは、本当にただの偶然だった。

 いつもの如く寄った≪修練場≫で、馴染みの受付の子に挨拶がてら話をすれば、出て来たのは二人の訓練馬鹿の話。

 そりゃあ入学式の日だってのに一年生が来たとなれば話題にもなる。

 確かに彼らの性格を考えれば≪修練場≫を利用すること自体は必然であるのだが、

「まさかいきなり使うかね? 普通」

 もうちょっと祝賀の余韻に浸ってもよいのではないだろうか?

 しかも、

 ……よりによって二人一緒に利用するとは。

 その事実にただただアマネは呆れ、そして勝負を止められたことにやはり安堵した。

 あんな良いカードを、誰も見ていないところでやられては堪ったものではない。

 だから止められて良かったと、アマネは正直に思う。

 これで楽しみがまた一つ増えたのだから。

 それは自分勝手な理屈だったが、しかし彼らに期待しているからこその干渉でもあった。

 ツトム=ハルカは努力の人だ。その身体に病気を抱えながら、あれほどの強さを持っているのは何より心が強いから。その生半可でない精神力が、彼を常人たらしめない。

 対するエレナ=トールブリッツもまた努力の人といえる。彼女の家は旧家であり、その存在は高潔の体現そのもの。そんな家の期待に、彼女は余すことなく応えている。だからより高みへ上り詰めることに否はなく、そのための努力を喜んで受け入れる。すなわち彼女もまた強靱な精神の持ち主だった。

 両者等しく向上心の塊で、そんな二人のぶつかり合いは果たしてどれほど心躍るだろうか?

 だが、アマネは思う。

「……まだまだやれることはあるだろう?」

 今日の彼らの不完全を。

 エレナ=トールブリッツは、既に己の型を持っている。

 相手の型がどうであれ、変容することのない絶対不変の戦闘様式。しかし今回の状況では、その真価は発揮できない。武器が整っておらぬが故に。

 対するツトム=ハルカは、未だ己の型の確立が疎かだ。

 体術を主軸にするにしても、それを補助する周囲の体制が整っていない。己の装備を持たぬのが良い証拠。だからまだまだ完成にたる余地がある。既製品でも何でもいい。せめて詰められるところを詰めてから彼には戦ってもらいたい。

 そんな彼らの、これから始まる切磋琢磨の第一歩。

 それをこんな場所で、明らかに不完全なまま消費されては、こちらが困る。

 なぜなら――

「期待しているよ。君達の錬磨と、君達が“彼女”に挑むその時を」

 そうしてアマネが思いを馳せるのは、“埒外の少女”。

 存在するだけであらゆる常識を覆す遥か高みの存在。

 向上心の相乗効果は、果たして“彼女”に届くだろうか?

 その未来に、アマネはただ胸を膨らませた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る