第一章9『互いの差』


● ● ●


 拳と槍が交錯する。

 刺突と殴打。横薙と蹴打。応酬は止まらず加熱する。

 幾度の雷撃、幾度の火炎、幾度の氷塊。

 体術と魔術を織り交ぜた舞踏は、互いの得手をはっきりとさせながら踊られる。

 男は体。女は魔。

 陰と陽の関係のままに、交錯は続く。

「――――!」

 突き出された槍をツトムが半身になって躱す。

 その上で、胸の前を抜けていく穂先に対し彼は手を差し出して押さえつけにかかった。

 槍が突きの最先端へと至り引き戻されるタイミングで、ツトムは拘束を試みる。

 しかしそんな彼の手を、槍自身が拒絶した。

 エレナの身体を、腕を渡り伝って、魔力が雷撃と化して槍の周囲に放散される。

 それを受け、即座にツトムは跳び退る。

 大きく、放電から離れ、エレナからも距離を取るように。

 だが、

「――っ」

 彼女は彼を逃がさない。

 帯電させたばかりの槍を大きく振り回し、彼の逃げた先ごと薙ぎ払う。

 槍本体は離れていく彼に到底当たるはずもない。

 しかし、その間合いを伸ばすように纏った雷撃が飛び出していく。

「――――」

 発射された。

 振り払った槍の軌跡を雷撃が忠実になぞり、扇形にツトムの周囲一帯へ襲いかかる。

 左右への逃げ場を封じられ、ツトムは堪らず上空に跳び上がる。

 そこへ、

「≪ライトニング≫」

 雷撃が一直線に突っ走る。

 狙い澄ましたように、エレナの穂先がツトムへ向けられ、その先端から雷撃が放たれた。

 高速で迫るその一撃を前に、ツトムは無防備に空中を浮遊するしかない。

 だから、

「≪フレア・ボム≫!」

 言葉と共に、ツトムは迫る雷――ではなく、天高くへと手を掲げて翳す。

 その手の中心に、即座に小さな火が灯り、そのまま一気に爆発した。

「――――」

 支えのない空中で、爆圧がツトムを襲う。

 そうして彼は、天とは逆の、“真下”の地面に向かって勢いよく飛ばされる。

「ッ!」

 足裏から地面に激突しながら、しかし彼は身を折り手を突いて、衝撃をいなしながら止まる。

 そして、

「≪アクセル≫!」

 瞬発した。

 脚部を強化し、ツトムは力強く地面を蹴り出す。

 低姿勢を保って駆けていきながら、地を這う様にエレナへと突貫する。

 そんな彼の接近を、彼女が容易く許すはずもない。

「――!」

 即座に槍は彼へと向け直され、雷撃が一直線に襲いかかる。

 高速のそれに対し、しかしツトムは構わず突っ込んだ。

 ど真ん中直撃コース。

 それが当たる直前で、

「――――ッ!」

 ツトムは地面を片手で押し出し、身を捻る。

 速度を微塵も落とさず一回転しながら、走る軌道を身体一つ分だけ横にズラす。

 雷撃が彼の真横を無為に抜けていく。

 そうしてそのまま、ツトムははひた走る。

 回避に速度は殺されず、直進コースはほぼそのまま。

 最速最短で、エレナへと向かっていく。

 彼女まで、あと少し。

「――――」

 そんなツトムの姿を前に、当の彼女は思わず固まっていた。

 上か左右に避ける。

 そんな予想していた展開と、目の前の実際が違っていたために、彼女は固まる。

 だが、その驚愕も刹那のこと。

 すぐさま彼女は追撃へ移ろうとして、しかし、

「!」

 ツトムの方が、一歩早く動く。

 彼女へと至る、最後の瞬発。

 高速で跳び上がりながら、ツトムは拳を引き絞る。

「――っ」

 それを視界に捉えたエレナは、即座に追撃に見切りを付け、ガードへと転換する。

 槍を身体に引き寄せ、横倒し、彼との間に遮蔽を作る。

 ギリギリだ。かなりギリギリで、だけど確かに彼女はそれを間に合わせた。

 だから、

「――――ッぁ!」

 強い衝撃に呻きながらも、しかし彼女の身体に拳はめり込まない。

 ツトムの拳は、ただ槍の中腹を殴りつけるのみで、彼女には至らなかった。

 だが、エレナの危機がそれで去った訳ではない。

 衝撃に後ろへ地面を滑る中、彼女は正面でなお動く敵を見る。

 一撃で終わるなどとは思っておらぬからこそ、彼はまだまだ動き続ける。

「ッ!」

 行った。

 一直線に、ガード姿勢のままの彼女へと、ツトムは即座に追い縋る。

 そして、

「――――ッ」

 二撃目が来る、そう思った直後、エレナは自らの周囲を吹き飛ばしてやろうと考えた。

 魔力を爆発させ、弾き飛ばす。

 彼が避けるにしろ飛ばされるにしろ、それで距離は開き仕切り直しができる。

 そう思っていたのに、

「え?」

 彼女の予想は、再び現実と乖離する。

 目の前、迫ってくるのは拳――ではない。

 ただ大きく広げられた手の平が、そこにある。

 その事実に、エレナの対応がまたも遅れる。

 彼女が己の魔力を爆発させるより早く、

「≪フレア・ボム≫」

 その言葉が紡がれた。

 エレナの目の前、生まれ始めるのは火の球。

 文字通り目と鼻の先で、それが爆発していくのをエレナは見ていた。

「ぐっ」

 視界が一気に、白く染まる。

 そして直後、黒へと変わった。

 反射的に目を閉じた自分自身を、エレナは自覚したのだ。

 暗闇の中で爆発音が耳を打ち、そして、

「≪ストーンウォール≫!」

 その言葉を彼女は聞いた。

 同時、エレナは身構える。

 いつかの槍と同じく、下から直接ぶち当ててくる気か、と。

 しかし、衝撃は来なかった。

 何かがせり上がる振動を感じてはいるのに、だけど痛みも衝撃も中々襲ってこない。

 また、とエレナが自らの予想外に歯噛みしていると、

「っ!」

 ようやく衝撃が彼女を襲った。

 しかしそれは思っていた以上に軽く、そしてやたらと数が多い。

 細かな何かが、エレナの身体に飛来していた。

 それは彼女の身体中に当たっては、そのままポタポタと地面に落ちていく。

 おそらくそれは岩の破片だと、見えぬ視界の中で彼女が予想していると、

「≪フライ≫!」

 再び彼の声を聞いた。飛翔するための言葉だ。

 空中から襲い掛かる気かと、そう理解して、

「!」

 エレナは即座に行動した。

 逃すまいと、目を瞑ったまま彼が先程までいた正面に槍を大きく振り回す。

 だが、手応えはない。

 故にエレナは無理矢理に目を見開いて、彼がいるであろう上空へと視線を送った。

 不明瞭で色の薄い視界の中で、それでも彼女はツトムの姿を、動く影を探し見る。

 しかし彼の姿はどこにも見当たらない。

 何故、と疑問し、更に上へと視線を動かそうとしたその時、

「こっちだ!」

 “真下”から、そんな声が聞こえていた。

 直後、

「――ぐ、ぁあっ!!」

 腹部に拳がめり込んでいくのをエレナは知覚していた。

 そしてそのまま、

「――――」

 一気に後方へと吹き飛んでいく。


● ● ●


 散々転げ回ってから停止したエレナは、ふらつきながらもゆっくりと立ち上がる。

 そんな埃塗れの彼女に向けて、

「思わぬタイミングで喰らうと結構キツいだろ?」

 同じく埃塗れのツトムがゆっくりと近付きながら、笑って告げる。

「ええ、その通りですわね」

 それに対し、服についた土埃を払い除けながら、彼女も応える。

 ツトムに向けて、ただただ苦い笑いを浮かべながら。

 そうして彼女は告げる。

「≪フライ≫。あれは私を上に誘導したのですのね?」

 己が直撃を喰らった、その原因を。

 確認の問いに、ツトムは頷きを返して、

「俺の力じゃそこまで自由に飛び回れないからね。今みたいに使う方が有効なんだよ」

 苦笑しながらそんな風に答えてみせる。

 彼の言葉に、まんまと嵌まった自分自身を自覚して、

「……まったく、勉強になりますわ」

 呆れの溜息を零しながら、エレナは首を振って反省する。

 今になって彼女はようやく理解した。彼が行った、一連の流れを。

 光で視界を奪い、岩で気配を眩ませ、言葉で行動を誘う。

 後はただ懐に入り込み、不意打ち一発。

 そうしてまさに狙い通りに、彼はエレナを打ち抜いたのだ。

 その事実に、やられた側のエレナはただただ感心していた。

 随分と色々やってのけてくれる、と。

 そんな彼女に向けて、

「まだ続けるかい?」

 ツトムがサラリと問い掛ける。

 ここで終わってもいいんじゃないかと、そう言いたげな問い掛けだ。

 それを聞いたエレナは、そうやってこのまま勝ち逃げしようとしている彼に、

「当たり前ですわ」

 当然のように、そう答えてみせた。

 まだまだ。勝負はまだまだ始まったばかり。

 たかだか一発上手く入れられた程度で調子に乗るなと、彼女は言外に告げている。

 だからエレナは、“次なる動き”を始めていく。

 ツトムに向け、自らを披露するように両の腕を広げると、

「今度はもっと雷撃多めで行きますわ!」

 彼女は楽しそうに笑いながら、ただただ己の力を解放した。


● ● ●


 盛大に笑うエレナを前に、逆に顔が引き攣っていくのをツトム=ハルカは自覚した。

 彼女の背後、そこに広がっていく光景がこちらを思わず戦慄させる。

「――――」

 光があった。バチバチと弾ける、雷撃の球。

 それは数十にも上り、エレナの背後に浮遊しながら、その姿を変えていく。

 槍だ。雷撃の槍が、いつかの倍以上の数、そこにある。

 だが、そんな物はまだまだ序の口だった。

「…………っ」

 ツトムは、“それ”を前に息を呑む。

 エレナの左右、そこに現れた一際大きな二つの光が、その姿を“それ”へと変貌させた。

 “それ”には四肢があった。

 “それ”には顔があった。

 そして“それ”には、こちらを見つめる眼があった。

 だというのに、その存在は“雷撃そのもの”。

 バチバチと弾ける身体が、そこにある。

 例えて言うなら、雷撃の獣――“雷獣”がツトムの目の前で息づいている。

「――――」

 大型犬と同程度の大きさをしたそれら二匹は、ただただ何度か首を傾げ、ツトムを見つめる。

 ジッと見つめ、見定め、主を一瞥してからまたこちらを見つめ直す。

 その行動には、確実に意志が見て取れた。

 ……何だよ、それ。

 イカレている。ふざけている。堪ったもんじゃない。

 これこそがSランクということなのか?

 彼我の絶対的な魔力の差を、ツトムは確かに現実として目にしていた。

 その事実を前に、ツトムは“恐怖”する。“諦観”を抱く。

 勝てるものなのか?、と負の感情が生まれてくる。

 だけど同時に、

 ……やってやろうじゃないか!

 そう思う気持ちも確かにあった。

 確かに怖いし、不安はある。

 だがそれが何だ。それがどうした。

 やってみなければ分からないし、たとえもし今勝てなくとも――

 ……いつか必ず届かせて見せるとも!

 そう思えたら、挑む心は止まらない。

 そうだ。それこそが自分の“生き方”。

 ただ決して――

 ……自分を諦めない。

 それだけが、胸にある。

「…………」

 ツトムの身体に力が入る。ギチギチと、全身が呻る。

 顔に浮かぶのは、どこまでも笑みばかり。

 そんなこちらに、向こうの彼女も笑っている。

 さあ、始めよう。続きを。“挑み”を。

 いつかそうしてここに来られたように、今もまた、ツトムは挑み続ける。

 己よりもずっと高い、その場所へ。

 だから、いざ尋常に――

 ……勝負しようかァ!

 心の中で吠え叫び、激発する。

 その寸前で、

「そこまで!」

 急に割って入った新たな声を、ツトムは耳にしていた。

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