第一章8『実力、意気、共に良し』


● ● ●


 ……いきますわ!

 エレナ=トールブリッツは初手から突貫した。

 徒手空拳相手にわざわざ距離を詰めるのが愚の骨頂であるのは承知の上。

 だけどそれ以上に、彼がどう対処するのか見てみたいという衝動が勝った。

 そうして狙うのは相手の胴の中心。突き出した穂先が相手の胸部へと即座に迫り、

「――――」

 しかし手応えは返ってこなかった。

 直進の勢いのまま相手を越えて、奥の空間へと抜けていく。

 速度を一気に落とし、反転。エレナは相手の位置を確認した。

 見れば、彼の位置はほとんど変わっていなかった。

 直線軌道のこちらを最低限のステップだけで躱したということか。

「……速いな」

 彼が呟いた一言に、エレナは笑って見せる。

「こんなのまだまだ序の口ですのよ?」

 余裕たっぷりに告げながら、エレナは再び動き出す。

 ……“魔力なし”でどこまでやれますの?

 心の中で期待しながら、エレナは先程に比べれば明らかに遅い疾走で距離を詰めた。

 初撃は速度重視の、ただ瞬発しただけの突貫だ。

 だから今度は技術ありきの近接戦を望みに行く。

 そうしてエレナは射程に彼が入るなり、大槍を突き出した。

「――――っ」

 避けられたので、もう一度。

 僅かな緩急を付けながら、そのまま突きを連続させていく。

「…………」

 そんなこちらの連撃を、一定の間合いを保ちながら彼は器用に避けてみせる。

 たとえ更に連撃の密度を上げていこうとも、その全てを軽い所作で彼は避け続けた。

 なるほど、確かに回避能力は高いようだ。

 体術を教師に認められただけのことはある。

 だが、まだまだこれから。

 ……そんな程度で私に勝てるなどとは思わないでくださいまし。

 故に、エレナは次なる一手を彼へと叩きつける。

「多重化」

 避けきれぬ攻撃をくれてやるとばかりに。

 エレナの周囲で、魔力が収束する。

 十数個の圧縮球が、一瞬で生まれるや否や即座にその形を変えていく。

 槍の穂先と同じ、鋭利な刺突の形へと。

 そんな魔力の槍を侍らせながら、エレナは一瞬槍を引き溜めて、

「ッ!」

 敵へ向けて一気に突き出した。

 同時、魔力の群れがその動きに沿って射出される。

 金属の槍を中心に、その外周を分厚く埋め尽くしながら魔力の槍が一斉に突貫した。

 それは刺突という点の攻撃を重ねた、面の攻撃。

 こちらのそんな突撃を前に、

「――――!」

 彼は反射的に大きく跳び退った。

 ……それで避けたつもりですの?

 ニヤリと不敵に笑うエレナと槍本体を置き去りにして、魔力の槍だけがなお突き進む。

 主の下を離れ、射出の言葉通りに飛んでいった。

 それを見た彼は、こちらの視線の向こうで再び跳び退る。

 魔力槍の直線上から逃れるように。

 だが、

「っ!?」

 魔力槍の群は、その悉くが彼の逃げた方へと緩やかにその穂先を変えていく。

 理由は簡単。先の動きを見越し、エレナが追尾性能を軽く付加しておいたから。

 決して避けられぬ攻撃を、彼に与えるために。

「…………」

 そうして見据える先で、彼がまた跳んだ。

 冷静な顔付きをして、左右に軌道を振りながら二度三度と跳ぶ。

 だが、魔力槍は当然の如く彼を追い掛け続けた。

 その意味するところを理解したのか、彼が不意に止まる。

 ただジッと、迫る来る槍の群を彼は見つめ、

「――ッ」

 当たる、そのほんの寸前で、再び跳んだ。

 ギリギリまで攻撃を引き付けてから、後ろへ、短くステップを踏むように彼は跳ぶ。

 速度は槍とほぼ同じ。しかし僅かに彼の方が速い。

 そうして彼は着地するや否や、一気に身を沈め込む。

 そして、

「≪ストーンウォール≫!」

 発動の声と共に、彼の目の前で岩塊が一気にせり上がる。

 勢いよく地面から生え出たそれは、

「――――」

 彼に迫るこちらの魔力槍へと、“下”から殴りつける様にぶち当たった。

 槍の穂先が、一瞬で跳ね上がる。

 結果、槍は全てあらぬ方向へと弾き飛ばされ、自らの速度のままに地面へ激突した。

「――――――――」

 パンパンパンと、自ら放った魔力が連続で砕けていく音を、エレナは聞いた。

「…………」

 その中で、思わず呆然と立ち尽くすエレナ。

 視線の先では、役目を終えて自壊する岩の向こうに無傷の彼が立っている。

 だからエレナは、ただ彼へ向けて、

「貴方、魔法が使えないのではなかったんですの?」

 素朴な疑問をぶつけていた。

 エレナが呆然としたのは何も彼の対処法に驚いたからではない。

 予想していた結果と違う光景が目の前にあったから、ただ疑問で固まった。

 ……どういうことですの?

 魔力がないと、つい先程の集会で説明されていたではないか。

 だというのに、彼は魔法を使ってみせた。

 当たり前のように。手慣れた様子で。むしろかなり上手く。

 だからエレナは疑問する。彼の魔力について。

 先天性の魔力欠乏。そういう病気があるのは知っている。

 誰もが――それこそそこいらの動物や植物ですら当たり前に持ち合わせている筈の魔力を、生まれながらに持っていないということ。

 それがどれほど特殊で、稀であるかなんて大して考えるまでもなく分かる。

 だからこそ、そこにエレナは特別な物を期待した。

 そんな身の上でありながら、この学園にいるという事実に大いに期待したのだ。

 Xランクなどという、同等の実力と聞かされてしまえば当然興味が沸くのも仕方なかろう。

 故にエレナは彼を誘った。

 何か特別な力や戦い方が彼にはあるのだと、そう思ったから。

「…………」

 だけどそんなこちらの期待と、目の前で起きた事象は大きく異なっていた。

 彼には魔力があった。

 ならば魔力欠乏とはどういうことだ?

 ……嘘?

 あり得ない。

 ……隠していただけ?

 わざわざそんなことして何の意味がある。

「???」

 そうしてこちらが不思議がって首を傾げていると、視線の先の彼が不意に苦笑した。

「初級魔法ぐらいは使えるよ。もっとも、それ以上は難しいけど」

 次いで告げられたその言葉に、エレナはようやく得心した。

 つまり、

「全く使えぬ訳ではないんですのね?」

 告げた台詞に、彼は笑って、

「そこまで奇特な病気じゃないさ」

 そんな風に答えていた。

 その言葉を聞いて、エレナは自分の勘違いを自覚する。

 要するに、彼の魔力欠乏とは“完全”な物ではないのだ。

 本当に魔力を持っていないのではなく、あくまで一般平均よりも欠乏しているということ。

 それは、奇病難病などではない。

 国中探せば、数千人は同じ症状の人間が見つかるような、そんな程度の病気。

 決して、世界中でたった一人などと言える程の物ではない。

「…………」

 そう理解した瞬間、エレナは目の前の彼という存在に、改めて驚いてしまう。

 彼は到底本物の“特別”などではない。

 誰も持たぬ何かを持っているのではなく、誰もがなり得る些細な“違い”を持っているだけ。

 多少ありふれた程度の、しがない“特別|”でしかなかったのだ。

 にも関わらず、今、己の前に立てているということ。この学園にいるということ。

 それがどれだけ“異常”であるのか、果たして彼は本当に気付いているのだろうか?

 ……まさしくハンデを背負った上でここにいると、そういうことですのね。

 不断の努力。

 たとえ生まれた時から人と違っていたとしても、なお頑張り続けた鍛錬の結晶こそが今の彼。

 強靱な肉体と、精巧な技術と、それを適切に扱う思考とが、それを物語っていた。

 だから回避一つとっても防御一つとっても、彼はこちらとまともに戦えている。

 ……それは結構凄いことなんですのよ?

 己の実力を知ったればこそ、エレナは強くそう思う。

 彼に足りないのは、ただ強い魔法が使えないという一点だけ。

 魔力が人より少ないという、たったそれだけ。

「ふふ」

 故にこそ面白いと、エレナは笑みが浮かぶのを止められなかった。

 “普通”より劣って生まれながら、“普通”を越えてみせた彼に、俄然興味が湧いてくる。

 何より――

 ……この人は私と同じ匂いがしますわ。

 彼はそうなれるような生き方をこれまでしてきたのだということが、嬉しくて堪らない。

 この身もまた、不断の努力を是とする者だから。

 故に、

「改めて言いましょう、私が勝ちますわ!」

 真実競い合おう。

 ……貴方と、私で!

 腕試しは終わり。

 ここから先は“勝負”の時間。真っ向ぶつかっていく時間だ。

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